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しばらくお休みします

しばらくお休みして、これまでの記事のメンテのみを行います。
来年2月頃に再開しますので、また宜しくお願いします。

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# by harufe | 2005-09-03 13:46

ヒトラー ~最期の12日間~ DER UNTERGANG (2004/GER)


彼の敵は世界

全てを目撃した秘書が今明かす、衝撃の真実。

【staffs】監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル、原作:ヨアヒム・フェスト(『ヒトラー 最期の12日間』)、トラウドゥル・ユンゲ(『私はヒトラーの秘書だった』)
出演: ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)、アレクサンドラ・マリア・ラーラ(トラウドゥル・ユンゲ)、ユリアーネ・ケーラー(エヴァ・ブラウン)、トーマス・クレッチマン(ヘルマン・フェーゲライ)、コリンナ・ハルフォーフ(マグダ・ゲッベルス)、ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス)、ハイノ・フェルヒ(アルベルト・シュペーア)、ウルリッヒ・ノエテン(ハインリヒ・ヒムラー)、クリスチャン・ベルケル(シェンク博士)
【prises】第77回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、第17回ヨーロッパ映画賞男優賞(ブルーノ・ガンツ)ノミネート
【my appraise】★★★★+(4 plus per5)
【prot】
 1942年11月下旬、東プロイセンのラステンブルクの司令本部“狼の巣”。10人ほどの若い女性の候補の中から、ユングは、ヒトラー自身の面接を経て、ヒトラーの秘書に選ばれる。
 それから3年、1945年4月20日、ヒトラー56歳の誕生日、ユングは、ベルリンの首相官邸の地下防空壕で、ヒトラーの副官達、そしてヒトラーの愛人エファーと共に、ヒトラー最期の12日間を迎えようとしている。
 57歳の誕生日を迎えるヒトラーは、パーキンソン病の震えが隠せず、融通の利かない妄想的な作戦で副官たちを慄然とさせる…。
【impression】
 砲下の防空壕の中で、人間ヒトラーが、衰え、蒙昧し、最期を迎える姿が描かれている。銃弾や砲火の衝撃音、一瞬にして生命が失われていく映像、頭の底が麻痺するような2時間半、あっという間に過ぎる。20世紀の怪物に人間としての新しい光を当てるにとどまらず、生と死の一線や、真実の意味を問い直している。
 私の中では10年に1つの映画です。必ず劇場で見ることをおすすめします。
【staffs】
 ドイツの映画というと、どうも、安上がりのホラーを想像してしまいますが(日本の映画も外国ではそう思われているかもしれませんが)、この映画はドイツ映画の常識を破るお金をつぎ込んだようです。
 もちろん、主演のブルーノ・ガンツの演技もさることながら、この女優、アレキサンドラ・マリア・ララの抑えた美しさと演技もなかなかのものです。彼女のドイツ語のHPで、久々にドイツ語を読もうと努力する気になりました(もちろん、途中でやめましたが)。」

【medical view】
 ヒトラーが1941~2年頃より、死の瞬間まで、パーキンソン病に苦しんでいたことは、多くの研究者の一致した見解です。映画の中でも描かれている体を低くかがめる姿勢、1秒間に4~5回の左手の震え(ヒトラーが晩年、上の写真のように、右手で左手を押さえているのは、左手の震えを隠すためだそうです)、これらは典型的なパーキンソン病の症状であり、また、同じ作戦に固執し、途中から方針が変えられない融通のなさは、パーキンソン病に現れる精神的特徴である「保続(ほぞく)」という見方をする人もいるようです。
 パーキンソン病は、アルツハイマー病を除けば、神経難病のなかでも、おそらく最も知られており、最も頻度が高い病気です。同じ症状でも、薬の副作用や脳炎の後遺症(『レナードの朝』参照)など、明確な原因が別にある場合は、「(続発性)パーキンソン症候群」と区別します(パーキンソン病についての解説は全国パーキンソン病友の会のページ等をご参考下さい)。
 パーキンソン病の症状の原因については、かなり解明されています。脳幹(中脳)で運動を微調節している部分の連絡が、なんらかの理由でうまくいかなくなるというのがその原因です。
 単純に言えば、神経細胞を伝わる電気的信号を通じて、我々は、考え、生き、活動しているわけです。神経細胞がネットワークとして働くのは、神経細胞から別の神経細胞に電気信号を伝えることが可能となっているからで、これを可能としている物質を、「神経伝達物質」といいます。この神経伝達物質は数多くありますが、パーキンソン病で問題となるのは、ドーパミンという神経伝達物質です。脳内でドーパミンが欠けることによって、脳幹の黒質細胞と線条体への連絡網が損傷されてしまうのです。ということで、パーキンソン病の治療は、このドーパミンを外から補うこと(実際には、脳血管関門を通るように、Lドーパという薬物を使うこと)になります。Lドーパの効果は、時に劇的で、これは『レナードの朝』でも描かれていますが、今なおパーキンソン病治療の中心的な地位をしめています。ただ、パーキンソン病は、ドーパミンが欠けているだけではなく、脳幹部ドーパ系の神経細胞そのものが変質し脱落するため、Lドーパの薬物療法は限定的な効果しかもたらしません。それでも、パーキンソン病の治療法の開発が、その後の中枢神経系の疾患に対する治療戦略に光明を与えたことだけは間違いありません。

 パーキンソン病は、イギリス人パーキンソンが報告し、その業績をフランスの神経学の泰斗シャルコーが発掘することで世に知られました(発見者に敬意を払い「パーキンソン病」と名付けたのはシャルコーです)。これらの発見は、いずれも19世紀です。その後、第一次大戦後に、パーキンソン病の病変が黒質に発見されますが、ドーパミンにまでたどり着いたのは、戦後(1960)になってから、佐野勇およびH.Ehringer & O.Hornykiewiczの功績によるものです。この発見により、『レナードの朝』にあるような、Lドーパ療法が開発され、現在の治療戦略の基礎が確立したといって良いでしょう。なおLドーパによる治療が開始される10年以上前(1949年)に、抗コリン薬の治療が始まっています。これは、脳内でドーパ系とは逆の働きをしている、コリン系(アセチルコリンという物質を神経伝達物質として使用している)が相対的に強まることを抑えるという治療法で、現在も、補助的に使用されている治療法です。

 以上のように、ヒトラーが生きた時代にはパーキンソン病という診断はついても、治療の手がかりは全く存在していませんでした。いくら当時最先端にあったドイツ医学とはいえ、ヒトラーの病気には全く手をこまねいているかしか、なかったのです。
 ところが、ヒトラーの主治医モレルの行っていた奇妙な処方が、ヒトラーのパーキンソン病になんらかの治療的効果をもたらしていた可能性があるのです。モレルはヒトラーに取り入り絶大な信頼を得ることに成功していましたが、実は相当な藪医者だったようです。なにしろ、ヒトラーがパーキンソン病であることに、長い間全く気がついていなかったくらいです。ヒトラーが潰瘍を患っていたこともあり、モレルは、大量の薬や注射の処方をヒトラーに対して行っていました。その中に、覚醒剤であるメタンフェタミンや、コカインがあったようです。特に、メタンフェタミンは、ドーパミンと類似の構造を持ち、ドーパミンの神経系に作用します(そのために覚醒剤としての精神作用がある)。パーキンソン病に対して、メタンフェタミンを用いるとどのような効果があるかは専門医であっても分からないでしょうが、薬理学的には、ドーパミンと同様の働きをする、つまり、相当に治療的な効果があると考えられます。気力が全く失われたヒトラーが、モレルの注射で見違えるようによみがえったことは、秘書ユンゲの著作にも描かれています。この注射の頻度は徐々に高まっていたようで、おそらくは、覚醒剤依存の状況になっていたようです。
 こうなると、先ほど、ヒトラーが同じ作戦に固執することをパーキンソン病の「保続」から説明しましたが、それだけでなく、誇大的で強い興奮に満ちた言動は、メタンフェタミンから説明することも可能ということになります。

 このように、なぜ、大戦開始前後は、天才的で悪魔的な軍事・政治的な才能を発揮したヒトラーが、1930年代後半になると、建設的な構想力を全く失い、妄想的で一つの作戦に固執するようになったのか、そして、なぜ、ヒトラー率いるナチスドイツが、徹底的に壊滅の道を選んだのかが、歴史の謎とされています。これらは、総統の「病」にその原因を求めることが可能かもしれません。
 しかし、今度は、そんな総統盲従するだけだった幹部達のメンタリティも疑問になります。戦時中のわが国のように、国全体が洗脳されていたということなのでしょうか。

【tilte, subtilte】
 原題の"Der Untergang"は、日が沈むことや沈没を表す語で、ここでは「没落」「滅亡」「破滅」の意です。英題は"Downfall"ですが、日本語は強引なタイトル。「滅亡」で良いと思うんですけどねえ、センスがないなあ。
 しかも、「ヒトラー~最期の12日間~」というのは正確ではないのです。
1945年4月20日:ヒトラー56歳誕生日
1945年4月21日:ソ連軍ベルリン市内への砲撃開始
1945年4月22日:ゲッペルス、地下要塞に家族を呼び寄せる。
1945年4月23日:ゲーリングからヒトラーへ権限移譲の電報、ヒトラー激怒。
1945年4月24日:シュペアー地下要塞辞去。ヒムラー単独講和申し入れ。
1945年4月25日:空軍グライム大将、女性パイロット・ハンラ・ライチュ、決死の到着。
1945年4月28日深夜:ヒトラー・エーファ結婚
1945年4月29日:ヒトラー遺言作成
1945年4月30日:ヒトラー・エーファ自殺、遺体焼却→【11日目又は9日目】
1945年5月1日:ゲッペルス夫妻、子どもを無理心中。
1945年5月2日:赤軍が首相官邸を占拠。
1945年5月7・8日:デーニッツ無条件降伏に署名
 このように、12日間は描かれているが、ところどころでとんでいますし、そもそも、ヒトラーの最期の12日間でもないのです。したがって、「第三帝国崩壊の12日を描く」ならまだ良いですが、もっと単純にそして原題に沿い、「滅亡」とした方が良いと思うのですけどね。

【books】
 原作は2冊、ジャーナリストで歴史家でもあるヨアヒム・フェストの『ヒトラー最期の12日間』と、ヒトラーの秘書であり映画の一番最後に本人が登場するトラドゥル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』です。いずれの著作も、怪物ヒトラーではなく、人間ヒトラーを描き出すのに成功しています。映画が扱っている期間の設定は、フェストの著作に沿っていますが、内容的にはユンゲの著作に沿う部分が多いようです。ただ、映画には、両原作には描かれていない内容や、原作にやや反する内容もあります。フェストによれば、ヒトラー最期の期間に関する関係者間の記憶には、驚くほど不一致があるそうで、この映画も原作以外からの情報に寄ったのかもしれません。
 『私はヒトラーの秘書だった』を読んだ人には、この作品に描かれている1943~44年の安定的な期間、すなわち、ヒトラーを中心に夜ごとの集いが行われ、ユングが、ヒトラーのユーモアと紳士的な態度に親密な感情を深めていく期間についても、もう少し描かれるべきだと感じるかもしれません。それだけ、ユングの原作のヒトラーの紳士的で人間的な側面は、ある意味脅威であり、人間ヒトラーに新しい光を与えるように思うからです。
 ところで、フェイルは、ヒトラーの固執を、彼がそもそも持っていた「破壊衝動」あるいは「破滅衝動」から説明しようとしています。これも大変おもしろい仮説ですが、やはり、パーキンソン病の症状として理解する方が説得力があります。

 ヒトラーの病気については、小長谷正明『ヒトラーの震え、毛沢東の摺り足』、リチャード・ゴードン『歴史は患者でつくられる』に従いました。

 以上、今回の話は、パーキンソン病で苦しむ患者さんに不愉快な内容だったかもしれませんが、お許し下さい。

【videos, DVDs入手しやすさ】
 まだ上映中です。是非、是非、見に行って下さい。

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# by harufe | 2005-08-28 21:10 | ICD G00-G99神経系の疾患

運命の瞬間(とき)/そしてエイズは蔓延した AND THE BAND PLAYED ON (1993/US)

B20-B24 ヒト免疫不全ウイルス[HIV]病

【staffs】監督:
出演:マシュー・モディン(ドン・フランシス博士)、アラン・アルダ(ロバート・ギャロ博士)、パトリック・ボーショー(リュック・モンタニエ博士)、ナタリー・バイ(フランソワーズ・バレ博士)、フィル・コリンズ(エディ・パパサノ)、リチャード・ギア(マイケルベネット)、スティーブ・マーティン(兄がエイズで死んだ男)、チャールズ・マーティン・スミス(ハロルド・ジェフ博士)、リチャード・ジェンキンス(マーク・コナント博士)、リリー・トムリン(セルマ・ドライツ博士)、アンジェリカ・ヒューストン(ベッツィ・ライス博士)、グレン・ヘドリー(メアリー・ガイナン博士)、デビッド・クレノン(ジョンストーン)、バッド・コート(「アンティーク」のオーナー)、チェッキー・カリョ(ウィリー・ローゼンバーム博士)、ウージー・カーツ(ジョンストーン夫人)、ソウル・ルビネック(ジム・カラン博士)、イアン・マッケラン(ビル・クラウス)、ローラ・イネス(血友病患者の母)
【prises】
第51回ゴールデン・グローブ賞作品賞(TVムービー/ミニシリーズ)ノミネート
【my appraise】★★★★-(4 minus per5)
【prot】
 1980年代、アメリカの大都市SF、LA、NYで、若く健康な男性が、リンパ節の腫脹やサイトメガロウィルスの感染、あるいはカポシ肉腫、カリニ肺炎といった極めて希な疾患に次々と倒れていく。彼らの共通項は、免疫機能の著しい低下、そしてゲイであること。CDC(アメリカ疾病対策センター)は、この事実をいち早くつかんだ。この「奇病」は、感染によるものなのか、それともゲイが乱用するドラックや極端な性習慣によるものなのか。やがて、この病気は、ゲイ以外にも広がり、エイズと名付けられた…。
【impression】
 ベストセラーのノンフィクションを、テレビ映画に相応のエンターテイメントとして、うまく料理しているように思います。また、豪華スタッフによって、テレビ映画とは思えない奥行きのある作品になっています。
 ただ、明らかにやりすぎも多いと感じます。原作では1登場人物に過ぎないドン・フランシス博士を映画では主人公にしたのまでは良いとして、彼を、徹頭徹尾「真実にいち早く明らかにし、社会に警笛を鳴らしていた信念の人」として、「エゴや官僚主義によって、真実が無視される社会」との対立を描こうとしたのは、明らかに真実を曲げていると思います。当時としてはマイナーなレトロウイルスを専攻していた日の当たらない研究者(ドン・フランシス)が、まだ原因不明の病気を、自分の専門に引き寄せて解釈するのはある意味当然でしょう。それがたまたま真実であったからといって、また、数多い仮説の中で、その仮説が受け入れられなかったからといって、社会の無理解を責めるのは誇張に過ぎると思います。後知恵で人を裁き、なんら教訓を得られないという愚をここでも繰り返しているのではないでしょうか。真実というものは、後生の人間が考えるほど単純ではないのです。
また、ドナルド・フランシスが実際には30代後半ににもかかわらず、20歳代にしか見えない俳優を起用し、同様にビル・クラウスは30歳代半ばにもかかわらず50歳代にしかみえない俳優を起用しているのが、全くもって解せないです。さらに、ガエタン・デュガが化学療法でスキンヘッドにしていたのを、ふさふさの髪にしているというのも、どういうことなのでしょうか。 
【staffs】
1983年1月3~4日、益々深刻になりつつある血液を通じた感染(特に、濃縮血液製剤に頼る血友病患者への感染)についての議論を行うために、ジョージア州アトランタに、CDC、FDA、赤十字、血液銀行、血友病患者等、関係者一同が集まりました。しかし、結局は、血友病の免疫低下が確認された程度で、具体的対策は決定されませんでした(これが、世界で最初に行われた、HIV血液感染に対する公的な議論・決定です)。
 さて、映画でも、このアトランタでの会議が取り扱われており、その席に血友病患者側(患者の母親)役で、『ER緊急救命室』のケリー・ウィーバー部長役でお馴染みのローラ・イネスが出演しております。
 ローラ・イネスも『ER緊急救命室』での意地悪な医師の役柄が板についていますが、この映画でもちょい役ですので、もう少し別の役柄をきちんと演じるところを見てみたいところです。

【medical view】
 エイズがアメリカの同性愛者の間で「奇病」として知られるようになったのが1980~81年。それをCDC(国立防疫センター)が免疫不全を共通とする症候群として警告したのが82年3月。その後、同性愛者以外の麻薬常用者や血友病患者にも感染者が広がっていることが分かり、アメリカ公衆衛生局が関係者を集めた会議で、AIDSという病名が採用された(それまでは、ゲイ関連免疫不全症候群(GRID: Gay Related immune deficiency syndrome)といった名前が使われていた)のが同7月です。
 翌1983年5月にはパスツール研究所のモンタニエが、サイエンス誌上で、ウイルス発見を発表しますが、世界的な理解を得られませんでした(これが結果的には正しかった)。1984年4月にはギャロ博士がウイルス同定を発表、同年9月抗体検査が可能となり、ウイルスが加熱により不活化することが明確になりました。ギャロのウイルスは、モンタニエのウイルスと同一で、どうやら、ギャロがモンタニエのウイルスを盗用したと…いったギャロの研究者倫理にもとる行為やモンタニエとの間とのごたがたは、映画にも描かれています。
 1996年に抗HIV薬の組み合わせでかなりの効果が期待できる(感染してもかなりの確率で発症を抑え、生命予後を延長できる)ことがわかり、現在では、少なくとも、高価な抗HIV薬を負担できる国・層にとっては、絶望の病ではなくなってきています。しかし、この映画で描かれているのは、HIVの治療に絶望しかない時代です(治療やワクチンについては、『ロングタイムコンパニオン』『フィラデルフィア』『マイフレンドフォエバー』『私を抱いてそしてキスして』『野生の夜に』等のエイズを扱った映画で述べます)。

 過去の疾病と人類の歴史を鑑みても、エイズの発見からHIVの発見、抗HIV薬の開発までのスピードは、20世紀の医学の進歩を如実に物語っているといえます。しかし、その一方、そもそも感染力の弱いエイズが、1980年代前半にアメリカで爆発的に拡大したこと、そして、その拡大に歯止めがかからなかったこと、この点を真摯にふり返ったのが、この映画(というより、映画の原作)です。

 エイズの爆発的な拡大には、当時のアメリカ社会的背景、つまり、性の開放とゲイの社会的認知という2つの流れがありました。また、ゲイの公民権活動が盛んとなり、大都市、特に西海岸のロス、サンフランシスコで強い市民権を得つつあったということも重要な背景です。
 ゲイ達は、それまでの後ろめたい罪の意識から開放され、そのエネルギーが性行動に向けられた面もあります。その結果、不特定多数と日に何回も性交渉を重ねる「バスハウス」の登場と加熱に代表されるような環境が醸成されつつありました。これに加え、肛門性交、肛門接吻、オーラルセックスといった多様な性行動が、様々な感染症の温床になっていたのです。1980年当初、サンフランシスコではゲイの3分の2がB型肝炎に感染し、アメーバー症、ジアルジア鞭毛虫症といった胃腸寄生虫病も猛威を振るっていました。映画にも登場したフレンチ・カナチアン航空のステュワード、ガエタン・デュカは、実在の人物で、「ゼロ号患者」と呼ばれていますが、たった1人のゲイの感染が瞬く間に感染を拡大させる構造がそこにはあったのです。

 さて、以上のような構造は、エイズが発見された後、徹底的な対策を講ずるための大きな障害ともなりました。

 まず、ゲイ達が、怪しげなドラッグを頻用することも含め、余りにも多様な性行動をとっていたために、免疫システムが破壊されたことに対して、様々な仮説と検証を必要としたことがあげられます。
 また、迅速で徹底的な対策が必要であったにもかかわらず、そうした対策がとられなかった背景には、ゲイ以外の人の無関心や反発がありました。多くの人々がゲイに限定された問題であると無関心であり、保守的な人々の中には公然と「神の下した罰」と宣言する人々もいたくらいです。当時は、レーガン政権が発足するなど、保守化の流れが強くなっている時期でもあり、この傾向は強められました。この背景には、ゲイが急速に社会的な権利を得たことに対する、反発もあったのではないでしょうか。
 さらに、感染症であることがある程度明確になり、行政が感染の温床となっているバスハウスを閉鎖しようとしても、長年虐げられてきたゲイ達は、それを、自分たちの権利の侵害と捉えました。ゲイ達の繊細な権利意識が、自分で自分の頸を締めさせたともいえるでしょうか。
 それから、これは、意外と知られていないですし、映画にも取り上げられていないのですが、公民権活動の中で権利を得つつあったゲイ達は、市民の義務も積極的に果たし、社会に認められようと行動をとっていました。そのために様々な活動やプログラムを行いましたが、その中に積極的に献血に参加するという活動があったのです。これにより、ゲイから、輸血者、特に濃縮製剤を使う患者に対する感染が拡大してしまったのです。運命の皮肉といわざるをえません。しかも、ゲイであるというだけで献血の場から閉め出すことは、「権利の侵害」として、アフリカ系アメリカ人達を含め大反対にあいました(これは、前述のローラ・イネスの登場場面にありましたね)。当時、アメリカの濃縮製剤に頼っていた日本の血友病患者へ感染が拡大したのには、こうした背景もあったのです。

 もちろん、政府機関の怠慢や血液銀行の利益を守ろうという姿勢(アメリカでは、献血事業は営利事業として行われています)にも問題がありました。権利や個人主義をベースとした、アメリカ民主主義社会が、結局何も決定できなかったという点を原作は克明に描いているようにも思えます。
 しかし、ここで述べたような社会背景がなかったとすれば、感染の拡大はもっと未然に防げたといって良いでしょう。

 さて、アメリカでは、本書を始め、エイズが拡大した過去の歴史について真摯な分析が進んでいます。何がエイズを拡大させたのか、我々は何を反省すべきか、その点について真摯に追求しているのです。
 しかし、我が日本では、どうでしょう。日本のエイズは、アメリカとは全く違う状況の中で感染が拡大しましたから、全く異なる分析が必要となるということです。しかし、そういった分析がほとんど行われていません。ジャーナリスト達は、「役人と製薬メーカーと学者達が、自分たちの利益を維持・拡大するために患者を犠牲にした」という大前提だけで、関係者を非難するだけでした。もちろん、怠慢としかいえない役人や、利己的な学者、自分たちの利益しか考えない製薬メーカーは存在しました。しかし、その構図だけで決めつけようとすることで、何を反省し、何を教訓とし、何を変えるべきかが、全く問われませんでした。
 櫻井よしこ氏のような、日本を代表とするジャーナリストが先頭にたって、ヒステリックに、後知恵で人を裁き、それを社会が喝采するという構図は、薬害エイズを生んだ社会と同じくらい空恐ろしいものと感じます。もちろん、政治や行政の側も真摯にふり返り、反省すべきですが、より知的でよりスケールの大きい本質的分析は、ジャーナリズムの役割のはずです。
結局、我々は、薬害エイズからはほとんど教訓を得ていないのです。また、こうした事件が起こるでしょう。
 この映画や原作を読むにつけ、日本が薬害エイズから何ら教訓を得ていないことに対して、日本の知的水準の低いマスコミやジャーナリストに大いなる責任があるように思えてなりません。
【tilte, subtilte】
 映画の原題は、原作のタイトルそのままです(ただし、原作のタイトルには、”Politics, People, and the AIDS Epidemic(政治、大衆とエイズの流行)”という副題がついています)。この原題”And the Band Played on(そしてバンドは鳴りやまず)”は、1890年頃アメリカでよく歌われた古い歌の題名だそうで、「みんながいつものことだと放っておいた」という意味なのだそうです。ただ、この映画では、それに、「エイズによって失われた命を悼む音楽が止まない」というニュアンスがうまく重なっていて、よい効果を生んでいます。

 その意味で、原作の邦訳のタイトル『そしてエイズは蔓延した』というタイトルは、原題の含蓄はないものの、なんとか合格点をあげられる邦訳ではないでしょうか。
 それに対して、映画の邦題はひどい。誤訳といっても良いと思います。そもそも『運命の瞬間』に該当する「瞬間」がこの映画の中にも、エイズをめぐる歴史的事実のどこにも存在しないのですから。いや、むしろ、「放っておいた」だけ、ということで、「運命の瞬間」がないところに、この問題の困難の本質があるのです。
 この邦題は、そういった映画の内容や本質には、全く興味がない日本語スタッフの安易さが伝わってくるようです。『誤診』もそうだでしたが、テレビ映画で、ビデオ、DVDのみ発売のため、スタッフもレベルが低いのでしょうか。それとも、こうした本質を理解しようとしないのは、それこそ、我々日本社会の本質なのかもしれないです。

今回は、随分、日本社会に批判的な文章になってしまいました…。


【books】
 原作『そしてエイズは蔓延した』はに分かれる大作ですが、読み応えのあるノンフィクションで、夏休みに頑張って読むのはいかがでしょうか。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルビデオがリリースされていますが、よほど大きな店でないと置いていないです。アメリカではセルDVDがリリースされていますので、そちらを利用するというのもあるかもしれませんね。

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# by harufe | 2005-08-14 07:35 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症

ティアーズ・オブ・ザ・サン Tears Of The Sun(2003 / US)

国際医療救助活動(国境なき医師団)

【copy】
“命令違反”
それでも私は、あなたたちを守りたかった――。

【staffs】監督:アントワーン・フークア
出演: ブルース・ウィリス(ウォーターズ大尉)、モニカ・ベルッチ(リーナ・ケンドリックス)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★(3 per5)
【prot】
 1966年ナイジェリアでは、軍事クーデターによりイスラム教系ハウサ族が政権を握り、キリスト教系イボ族に対する圧政と虐殺が始まる。
 米軍特殊部隊のウォーターズ大尉は、そのナイジェリアからアメリカ国籍を持つイタリア系女医を救出する指令を受ける。彼女は、イボ族の難民と行動を共にし、治療を続けており、自分だけが救出されること拒む。しかし、それは米軍の指令では受け入れられないものだった…。
【impression】
 当初「ダイ・ハード4」として書かれた脚本を、設定を変えて映画化したのがこの作品なのだそうです。映画では、「ダイ・ハード」の続編とは、とても感じられなかったです。

 この映画製作の頃、同時多発テロがあり、イスラム=悪VSキリスト教=善の対立で、この映画を作られたのは想像に難くありません。アフリカ屈指の産油国ナイジェリアの現体制に連なる軍政府を、あそこまで「悪」にかくものかなあ、と思いました(しかも、歴史的には、イボ族のジェノサイドは疑問視されつつあるというのに)。
 こういう政治的背景も含め、ハリウッドらしい戦争アクション映画です。

 ちなみに、東部イボ族独立運動であるナイジェリア内戦(日本ではビアフラ内戦と呼ばれています)は、67~70年の期間200万人者死者を出しました。その数は、大国の介入が無かったにもかかわらず、ベトナム戦争、朝鮮戦争並みです。これだけの大規模な死者を出したのは、この映画で描かれているようなイボ族への集団殺害ジェノサイドによるものというよりも、「ビアフラの理念が認められさえすれば、ビアフラ人が1人残らず殺されてもかまわない」と宣言した分離独立・徹底抗戦主義のイボ族・オジュク大佐の役割が少なくありません。
 現在は、ビアフラ共和国は地上から姿を消し、この映画で描かれているナイジェリアの軍事政権がそのまま大統領選を経て民政化しています。部族・宗教間対立はくすぶっているようです。

 武器のこととかは詳しくないのですが、1960年代という時代考証は、これで大丈夫なのだろうかと感じました。
【staffs】
 「イタリアの宝石」モニカ・ベルッチは、この映画でも美しさが光っています。しかし、美しさが光りすぎて、内戦の前線で救援活動に専心する医師役としては、今ひとつな気がします。「マレーナ」のような汚れ役でもない、「マトリックス」のような無機的な美人役でもない演技は、今ひとつなのでしょうか。
この映画は、「マトリックスリローデッド」「マトリックスレボリューションズ」のほぼ同時期に撮られた映画です。

【medical view】
 ノーベル平和賞を受賞した「国境なき医師団」を知らない人はいないと思いますし、この映画を見て、それを思い出した人も多いかもしれません。実は、「国境なき医師団」は、この映画で扱われていたビアフラ内戦(ナイジェリア内戦)を契機に、フランス人医師ベルナール・クシュネールらを中心に結成されました。
 ビアフラ内戦までは、戦争時の人道支援(非戦闘員に対する医療)を担ってきたのは、1864年にアンリ・デュナンによって設立された赤十字でした。しかし、赤十字は、ナチスの強制収容所を訪問しそれを非難せず、しかも赤十字が訪問したことをナチスが宣伝に用いたことから、戦後、大きな批判に立たされました。赤十字国際委員会は、第三者(歴史学者ジャン=クロードファヴェーズ)による調査を受け入れ完璧な総括を受け入れています。しかし、人道援助を行うために、権力に対して口を閉ざさざるを得ないという面が、赤十字の限界として多くの人々に認識されていたのでした。このことが、本映画の背景であるビアフラ内戦において、再度クローズアップされることになりました。赤十字国際委員会は、ナイジェリア連邦政府との合意に重きを置き、国際社会への告発への行動をとらなかったのです。特に、イボ族に対する集団殺害(ジェノサイド)を目撃したフランスの赤十字の医師達は、この「沈黙」を赤十字の限界としてとらえたのでした。
 そうして、赤十字の過ちを繰り返さない、すなわち、緊急医療を行いつつ、本格的援助に向けて、国際世論に対する「耳」にも「目」にもなろうとして設立されたのが、国境なき医師団であったということです。
 国境なき医師団は、その後、様々な矛盾に向き合い、分裂を繰り返しつつも、確実に国際社会における地位を確立してきたといってよいでしょう。

 イラクにおける邦人人質事件以来、この映画を見て、こうした援助に対して、「偽善」だとか「自己満足」だとか「迷惑」だとか、感じる人が増えているように思います。そうした方は、【books】で照会した「人道援助、そのジレンマ」を一読下さい。自分の認識や思考の浅さに気づかされるとともに、フランス人らしい、実践と抽象思考のたゆみなき葛藤に敬意を払わざるをえないと思います。特に、センティメンタリズムと自己賞賛を乗り越えようとすることへの厳しさには敬服します。

 「人道援助、そのジレンマ」の中で、ロニー・ブローマンは、「国境なき医師団」設立となった、ビアフラ内戦におけるフランス赤十字の医師たちは、実は、オジュク大佐率いる分離独立派に利用されていたのではないかと提起しています。こういった、自己の歴史を総括・否定しているところは、なかなか勇気のいるところだと思います。

 国境なき医師団、その後については、『すべては愛のために』について述べたいと思います。

 それにしても、看護などのコメディカルスタッフも参加するのに、「医師団」っていう名称を不適切に感じるのは私だけでしょうか(原語も「医師団」のようですし)

【tilte, subtilte】

【books】
ノベライズが出ています。
 国境なき医師団の実践と理念については、ロニー・ブローマン『人道援助、そのジレンマ』が白眉の書です。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★★
 最近の映画で、人気俳優の共演ですから、どのショップにもレンタルDVDが置いてあります。

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# by harufe | 2005-08-13 22:11 | 基礎医学と医療制度

愛と死をみつめて(1964/Jpn)

C41.0 頭蓋骨および顔面骨の悪性新生物

【staffs】監督:斎藤武市、原作:大島みち子/ 河野実
出演:吉永小百合(小島道子)、浜田光夫(高野誠)笠智衆(小島正次)、原恵子(母)、内藤武敏(K先生)、滝沢修(中山仙十郎)、北林谷栄(吉川ハナ)、ミヤコ蝶々(佐竹トシ)、笠置シヅ子(中井スマ)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★(3 per5)
【prot】
 左顔面に軟骨肉腫を患い闘病生活を送る道子。彼女を支えてくれるのは、暖かい両親と、病院で知り合った誠。しかし、阪大病院に入院する道子と東京の大学に通う誠をつないでくれるのは、手紙と電話だけだ。闘病生活の末、道子は、顔半分が潰れる大手術を余儀なくされるが…。
【impression】
 皮肉なことに、病と純愛はとても愛称が良いようです。それでも、この映画のように実話というのは珍しく、それだけ感慨深いところです。
 この映画の主人公のマコこと、河野実さんは存命中、63歳で、ビジネスコンサルタント、ジャーナリストとして活躍中なのだそうです。週末は野菜づくりに汗を流す日々ということで、少し現実に引き戻されますね。
 興行成績は通常であれば年間1位になる大ヒット(この年の1位の『東京オリンピック』が超ヒット作だったため2位)ですが、映画賞には全く縁がありませんでした。
【staffs】
 年配の方に、「サユリスト」と呼ばれる人たちがいらっしゃいます。この映画を見ると、そのお気持ちが理解できます。知的で、コケットリーと母性を共有する溌剌さは、新しもの好きでいて実は封建的な男の心を惹きつけたのでしょう。
 吉永小百合は、浜田光夫とのペアで、この映画以外でも、「ガラスの中の少女」「キューポラのある街」など、「日活純愛路線」で活躍しました。浜田光夫は、この映画の時点で21歳ですが、もっとおっさんに見えて、興ざめなんです。ただ、昔の大学生はこんなおっさんくさかったのかもしれません。最近、「1リットルの涙」に、主人公亜也の父親役で出演しておられました。

【medical view】
 軟骨肉腫は、中年以降に骨盤や仙骨、背骨に発症することが多いため、道子のような若さでしかも顔面に発症することはとても珍しいといえます。阪大病院で入院治療を受けていたので、おそらく、学会で発表されているのではないでしょうか。悪趣味なので探しませんでしたが。
 軟骨肉腫の進行は遅く、手術により根治できる可能性が高いのですが、化学療法や放射線療法は有効でないため、ひとたび転移・再発が起きると、現在でも、治療は極めて困難ということです。つまり、道子の病気が現在起きたとしても、映画と同様に悲劇的な結末をもたらすということです。
 大変残念なことです。ただ、現在なら、もう少し残された時間を有意義に送ることができるような援助をするのではないかと思います(病気の詳細が分からないのですが、ひょっとしたら、速中性子や重粒子が有効かもしれません)。。
 この映画で、昭和30年代の大学病院の雰囲気がよく分かります。この頃はまだ、大学病院でも、患者自ら炊事をやっていたのですね。
【tilte, subtilte】

【books】
 原作であり、140万部の大ヒットとなった愛の往復書簡「愛と死をみつめて」(大和書房)が最近復刊されています。
 「マコ、泣いてばかりでごめんね」と、青山和子さん歌う同名の歌は日本レコード大賞を受賞したそうです。今では大したことはないですが、当時のレコード大賞は権威があったのです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 最近、DVD化・レンタルリリースされましたので、比較的入手しやすいと思います。しかし、ミコは映画の中で、軟骨肉腫のため、徹頭徹尾左側を隠しているというのに、どうしてDVDのライナーでは普通にしているんでしょうか?誰も指摘しないものでしょうか。

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# by harufe | 2005-08-07 20:28 | ICD C00-D48新生物

マイルーム Marvin’s room. (1996/US)

C92.0 急性骨髄性白血病

【copy】
心の部屋を開けたのは、 まもなく消えるひとつの命。

【staffs】監督:ジェリー・ザックス、製作:スコット・ルーディン / ジェーン・ローゼンタール / ロバート・デ・ニーロ、原作・脚本:スコット・マクファーソン
出演:メリル・ストリープ(Lee)、レオナルド・ディカプリオ(Hank)、ダイアン・キートン(Bessie)、ロバート・デ・ニーロ(Dr. Wally)
【prises】アカデミー賞1996年主演女優賞(ダイアン・キートン)ノミネート、ゴールデン・グローブ1996年女優賞・ドラマ(メリル・ストリープ)ノミネート
【prot】
 フロリダに住むベッシーは中年の未婚女性。寝たきりで認知症の父マーヴィンと、高齢の叔母ルースの面倒をみている。体調の不調でクリニックを訪れると、急性骨髄性白血病と診断される。
 一方、ベッシーの妹リーは、姉ベッシーと折り合いが悪く、20年も連絡をとっていない。リーは、男の子2人を養い美容師をめざし勉強中。長男のハンクは母親に反抗的、自宅に放火し、更正施設に入れられてしまう。
 リーのもとに、ベッシーから骨髄移植のための検査依頼の電話がかかる。ベッシーは、息子二人を連れて、20年ぶりにフロリダに帰る…
【my appraise】★★★(3 per5)
 芸達者な役者をこれだけ集めた割には、肩すかしをくらったような気がします。デ・ニーロが脇役の医師で登場するのですが、脇役の割には存在感があったりするのもマイナス。ディカプリオが一番、素直で良い演技をしているように思いました。
【staffs】
 この映画は、『ギルバートグレープ』『ロミオとジュリエット』『タイタニック』というディカプリオの出世作の間に挟まれて、やや忘れられがちですが(そうでもないか?)、大スターの共演の中で、思春期特有のメンタリティをきちんと演じきっています。最近より、この頃の方が、ぐっと上手かった気がするのですが…。
 ディカプリオはご存知のように(ご存知でないかもしれませんが)、ゲイにも人気が高い俳優ですが、この頃のレオ様は、ゲイの心をも惹きつけるような色気があるように思います。

 メリル・ストリープとダイアン・キートン、ダイアンの方が3歳年上とはいえ、同じ世代。デビューの時期、デビュー早々評価され以降輝かしく長い芸歴、知的な役柄を演じ、私生活も知的で才能豊か、その一方、多彩な男性遍歴…と、一致するところが多いですね。
 ということで、お二人の若い頃の写真を掲載させて頂きました。デニーロは、メリル・スリープとは『ディアハンター』、ダイアンキートンとは『ゴッドファーザー2』と、二人の出世作に共演しており、この映画にも、なにやら因縁めいたものを感じます。もっとも、『ゴッドファーザー2』では、ダイアンキートンとデニーロは全くからんでいませんが。

【medical view】
 骨髄移植の場合、白血球(免疫T細胞)の血液型の一致することが重要になります。
 よく、兄弟姉妹だと一致率が4分の1だということが書かれているのでご存知だろうと思います。
(TBW:白血球の型(HLA 型)の説明と、甥や姪の場合のHLA型一致確率、難病の子どものために子どもをつくることの倫理的な意味について、書くつもりです)


【tilte, subtilte】

【books】
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVDレンタルがリリースされています。オスカーで主要部門にノミネートされた比較的最近の作品ですし、大物俳優がたくさん出ていることもあり、多くのショップに置いてあります。

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# by harufe | 2005-08-06 12:09 | ICD C00-D48新生物

17歳のカルテ Girl Interrupted (1999/USA)

F60.3 情緒不安定性人格障害

【staffs】監督:ジェームズ・マンゴールド
原作:スザンナ・ケイセン
EP:キャロル・ボディ、ウィノナ・ライダー
出演:ウィノナ・ライダー(Susanna)、アンジェリーナ・ジョリー(Lisa)、クレア・デュヴァル(Georgina)、ブリタニー・マーフィ(Daisy)、エリザベス・モス(Polly)、ジャレッド・レト(Tobias Jacobs)、ジェフリー・タンバー(Dr.Potts)、ヴァネッサ・レッドグレイヴ(Dr.Wick)、ウーピー・ゴールドバーグ(Valerie)
【prises】第72回アカデミー賞助演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)受賞、第27回ゴールデン・グローブ助演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)受賞、第5回放送映画批評家協会賞助演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)受賞
【my appraise】★★★(3 per5)
【prot】
 疾風怒濤の1960年代後半、スザンナは同級生の中で一人大学に進学せず、教師と肉体関係を持つ。大量のウオッカとアスピリンを接種したスザンナはERに運び込まれ、半ば強引に精神病院入院に同意させられる。
 医師が下した診断は「境界性人格障害」。同じ病棟には、スザンナ同様、反社会的、人格障害の思春期の少女達が入院している。最初は反発するスザンナだったが、患者のリーダー格リサに惹かれていき、病棟での生活にも馴染んでいく…。作者自身の体験を小説化した作品の映画化。
【impression】
 なかなか面白く見られますが、どうも1960年代の雰囲気がうまく出せていないような気がします。
【staffs】
 原作で描かれているスザンナの自傷行為や離人体験は、この映画では全く表現されていません。その結果、ウィノナ演じるスザンナは、境界性人格障害の少女というより、「時代を先取りして、奔放に生きたことが、当時の社会で、「異常」とされた女性」を演じているようにみえます。そして、ウィノナの視線は、異常である他の患者の少女達を、正常者として見つめる視線として描かれているように思います。
 ウイノナは、原作に惚れ、製作総指揮を買って出たようですが、残念ながら、自己の狭い体験の中で、スーザンの体験を理解し、演じようとしたようにしか見られません。
 それに対し、原作の持つ率直性を体現しているのがアンジョリーナ・ジョリーの演技です。リサの診断名は、反社会性人格障害Antisocial Personality Disorderとなっているようですが、これについても、まずますうまく演じられているのではないでしょうか。

【medical view】
 精神医学というのは、医学の中で、最も非自然科学的な学問です(往々にして他科からいかがわしいと思われがち)。というのも、精神医学が対象としているのが、生物学・生化学的な基礎が不明確な病気で、主として症状と経過だけを手掛かりに「治療」を行っているからです。医学が大きなパワーをもってきたのは、症状と経過によって疾病単位を記述したことに加え、原因や病変を明確にできたことで、根本的な治療が可能になったからです。もちろん、精神科の疾患でも、原因や病変が明らかになり治療ができるようになったものもあります。しかし、てんかんや進行麻痺のように、生化学的生物学的な基盤が明確になれば、精神症状が発生する以前に治療が可能となり、他科の病気になります。
 このことは、診療科目にも現れています。日本では、神経科とは精神科のことですが、英語で神経科Neurologyというと、日本でいう神経内科に当たります(これは、アメリカの医療映画やテレビでしょっちゅう誤訳されている)。
 なぜ、日本では「神経科」という言葉が「精神科」と全く同義の不適切な用法になっているかというと、ドイツ医学の影響ということもありますが、精神の病気と神経の病気を明確に区分する意味が余りなかったという過去の遺物と考えるのが適切だと思います。つまり、神経のことがほとんど解明されていなかった時代の産物という意味です。しかし、現在では、神経系の探求が進み、神経の病気と精神の病気は、かなり明確に線引きができます。正確にいえば、「神経系の異常が明確な病気」と、「神経系の異常だけでは完全に説明しにくい精神の病気」ということでしょうか。当然、両者には曖昧さが遺っています。例えば、精神症状が明確であっても、神経系の病変が明確な場合、典型例はアルツハイマー病ですが、この場合は、日本では精神科と神経内科で対応しています。アルツハイマー病を根治できる治療法が生まれ、精神症状が深刻になる以前に治療できるようになれば、精神科の病気ではなくなることは間違いないのですが、今のところ、なんとなく軽いうちは神経内科、精神症状が重度になれば精神科という線引きがされている(必ずしもそうでない場合も多いですが)のが実態です。
 何が言いたいかというと、治療や原因が明確な病気は他科に譲るわけですから、精神科では常に、治療や原因が不明確な状況で、対症的で、曖昧な対応しかできない運命にあるということです。
 いずれにせよ、現在では、どう考えても、神経科という日本語を、精神科と同義に使うのは不適切だと思います。精神の病気が精神科なら、神経の病気が神経科のほうがごく自然ですし、少なくとも、患者側の立場に立てば妙な混乱があるだけです。神経科の方が、精神科よりもイメージが良いので、というのを理由にする時代ではないような気がします。

 さて、このように不明瞭な精神医学ですが、治療の戦略という面で精神科の病気を分類すると、大きく3つに分類できます。第1に、脳内、特に神経系の異常が主要な原因であり薬物効果や外科的治療が比較的期待できる病気です。ただし、病因の解明や根治する治療法の解決にはほど遠いのが現状です。具体的には、統合失調症や気分障害などの「精神病」や、薬物やエイズや脳腫瘍などによる外因性の病気をここに分類できます。第2に、神経系の生化学的な関与はあるにせよ、心理的なストレス反応という見方をすることが適当で、薬物とカウンセリングが有効な病気です。ノイローゼや神経症、心身症という古い呼び名の病気や、パニック障害や多重人格障害などの最近流行の病気がここに入ります。今でも、日本では、第2のカテゴリーを総称して「神経症」と呼ぶことが多いです。そして、第3に、何か生物学的な異常はあるのかもしれないが、それよりは、性格・人格の極端な偏りと考えられている「人格障害」の一群です。第3のカテゴリーは、最も、医学から縁遠く、カウンセリングや薬物療法が、治癒につながるとは考えられていません。
 第1~第3を合わせて精神障害と呼び、1を精神病と呼びます。第1のカテゴリーは、全く了解できない精神状態や行動に及ぶが、薬が効く。第2のカテゴリーは、よく了解できる精神状態でまあまあ薬が効く。第3のカテゴリーは、了解できるかどうかは、1と2の中間で、薬はほとんど効かない。こんな感じでしょうか。もっとも、こういう分類は、あまり一般的ではないですかね。日本で最もオーソドックスなのは、第1のカテゴリーを内因性、外因性、第2のカテゴリーを心因性と分け、第3のカテゴリーを「精神病質(後述)」として外に出す分類です。

 スザンナの診断名「境界性人格障害」は、第3のカテゴリーに入る病気であり、アメリカ精神医学から生まれた概念です。アメリカは少なくとも1950年代までは、精神分析の時代であって、極端にいえば、全てが精神分析によって解決できるはずだから、診断名は不要である、といったような風潮があったようです。それが、1960年代から、診断が重要だということになり(特に、イギリスと比較して、分裂病などのメジャーな病気すら、診断基準が全く異なっているということが問題視され)、診断基準の明確化の方向に大きくウエイトを置かれるようになります。そうしてできたのが、通称DSMである「精神障害の診断と統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)です。それまでの精神科の診断は、「勘」が重要視されていたのですが、DSMでは、事細かに症状を列記し、その症状が○項目以上あること、などとかなり操作的な診断が可能になりました。ただ、結局は精神科の病気は、生物学的な背景が明らかでないものがほとんどですから、細分化し操作的にすることで「科学」っぽくしているところに、ちょっと馬鹿馬鹿しさがあります。下手な文学性や哲学性を排除したという面で、DSMは画期的ではありますが、それでは面白くないという精神科医が多いことも確かです。

 スザンナの病気である「境界性人格障害」という診断名は、日本では結構最近まで用いられていませんでした。専門家が一般的に使うようになったのは、1980年のDSM-Ⅲが和訳されて以降でしょう(それ以前のDSMの和訳は出版物では見たことがないのですが、正しいですかね?)。
 じゃあ、それまではどうしていたかというと、日本が伝統的に依拠してきたドイツ精神医学の中にある「精神病質」Psychopathyという概念を使っておりました。この診断と「人格障害」では何が違うかというと、基本的に同じものと考えて良いと思います。ただ、DSMの分類や記述がぴたりと当たる症例が増えてきたこともあり、日本でも境界性人格障害あるいは人格障害という診断名がよく使われるようになりました。世界的にも、DSMに依拠する形で疾病分類が変わってきたということも大きかったでしょう。また、そもそも日本の医学が、ドイツ医学からアメリカ医学に依拠するようになってきたということも大きいですね。なお、国際疾病分類であるICDの第10版では、「境界例人格障害」という診断名は採用されておらず、「情緒不安定性人格障害」というの下位概念に位置づけられています。しかも、日本語訳が、なぜか、境界「型」人格障害なんです。

 いずれにしても、生物学的自然科学的な発見から新しい分類が生まれるのではなくて、「こっちのほうが、それらしいから」ということで生まれるのが、精神医学の後進性というか発展途上性といって良いでしょう。それが間違っているとは言いませんが、なんだか、頼りない医学・学問のような気がします。(誤解されないように言っておきますが、精神医学は、一般の方がおもわれるほど、いい加減なものではありません。精神医学は極めて実践的で、妥当性の高い知の技術です。ただ、自然科学的な基盤という意味では、医学の中では相当に頼りないということです。)

 ところで、この「境界」「ボーダーライン」という用語は、少なくとも日本では、やや混乱して用いられているように思います。というのも、「境界例」という言葉が、そもそも、精神病と神経症の中間的な領域の概念であって、今でいう「分裂病型人格障害」「分裂病質人格障害」「妄想型人格障害」を主としつつも、人格障害全般を指していたからです。この傾向は今も続き、「境界例」とか「ボーダー」という言葉を精神科医が使う場合、人格障害全般を指しているか、その中の1つスザンナの「境界性人格障害」を指しているか、2通りの意味があると考えていた方が良いように思います。
 この「人格障害」という言葉は、英語の直訳なのですが、余り良い言葉ではないですよね。この当たり、精神科医達も、得意の「文学性」を発揮して欲しいところです。

 さて、映画の話に戻りますと、1960年代後半、アメリカでは、ケネディ教書に基づき州立精神病院がどんどん閉鎖された(精神障害者を隔離すべきでないという考え方で)時代でもあります(このことは、『カッコーの巣の上で』で述べます)。ただ、州立病院は統合失調症を安上がりな処遇・拘束をしていた病院です。それに対して、スザンナの精神病院は、お金持ち用の私立病院で、しかも思春期で人格障害だけの患者だけを集めたという、今の日本でも珍しい(私が知らないだけか?)病院です。この病院、原作によれば、精神分析をやったり、家族療法をやろうとしていたりするようですが、基本的には、手厚く監視しているだけのようです。
 今の精神科治療では、「人格障害は、性格の甚だしい偏りであって、「治療」するのは極めて難しい」と考えられています。ただ、原作の著者は、境界性人格障害を克服しているようです。また、原作を読む限り、境界例人格障害のメンタリティが理解できるような気がしますし、世間との折り合いのつけかたもあるように思えます。心理療法が有効とは思わないですが、折り合いのつけかたは学んでもらうことは、有効な「治療法」であるような気もします。

 いずれ、統合失調症や気分障害も、解明されてくれば、精神科の病気でなくなることが想定されます。そうなると、最後に精神科に残されるのは、この人格障害の領域かもしれません。「人格障害は病気ではないから治療の対象ではない」という意見も、納得はできるのですが。

【tilte, subtilte】
 原題のGirl, Interruptedは、フリックコレクションのフェルメールの絵画”Girl Interrupted at her music(中断された音楽の稽古)”からとられているようです。原作によれば、スザンナは、自殺未遂で精神病院に入院する前に、(性的な関係を持つ前の)高校の英語の教師とフリック美術館を訪れ、この絵から強い衝撃を受けたようです。「その茶色の瞳を見つめたわたしは、はっとした。彼女は何かを警告していた。音楽のレッスンから顔をあげて、わたしに何かを警告していた。唇を薄く空けて、はっと息を吸い込んで、「だめ!」と行っているように。」(吉田利子訳)
 このエッセンスを伝えた邦題をつけるのは難しいですね。それにしても、原作の邦題からして「思春期病棟の少女たち」とするのは、今ひとつだと思います。「病棟」という言葉が、「患者」として管理されていることにスポットを当てていて、interruptという重要なニュアンスが伝わらなくなっているように思うからです。
 映画のタイトル「17歳のカルテ」も、「カルテ」という「患者」としての管理の方にスポットを当てている上に、なんだかエロ系の陳腐なタイトルです。しかも、スザンナが自殺未遂で入院するのが18歳なのだから、そもそも「18歳のカルテ」とすべき。おそらくは、この映画が封切られた頃、日本では17歳の犯罪が相次ぎ「17歳問題」などと言われたからなんでしょう。こういう安直で陳腐で貧弱で乱暴な発想は、とても哀しくなります。こういう世間の乱暴さが、スザンナの精神を蝕んでいたのかもしれません。

【books】
 原作”Girl, Interrupted”(邦訳「思春期病棟の少女たち」)の著書Susanna Kaysenは1948年生まれ、1987年処女作を発表、8年後の1993年、第2作である本作を発表するや、これが絶賛をあび、即座にベストセラー、ニューヨーク・タイムズで11週間もランクイン、全米ベストセラーとなった。本作を書くに当たって、著者は弁護士を通じて自分の診療記録を取り寄せており、それもあわせて著作に示しています。本書は、読み物としても高いレベルにありますが、境界性人格障害の精神世界に触れるにも必読本です。
 ただ、訳者が、「掲載した診療録などの資料については、煩雑になるのを避けるため、本文に関係ある事項だけを訳出した」という、信じられない暴挙をとっているため、できれば和訳ではなく、原書を手にすべきでしょう。訳者は、著者が示した診療録などの資料を「煩雑」と片づけることが、どれだけ著者の精神世界を無視したものであるか、気がつかないのでしょうか。
 最近出た新書、磯部潮氏「人格障害かもしれない」は、手軽で分かりやすく、人格障害について理解する入門書としては好書です。しかし、この本で『17歳のカルテ』のことを触れているのは良いのですが(p72)、ウイノナ・ライダー、アンジョリーナ・ジョリーがともに「境界性人格障害」と診断されていると書いています。これは、著者の勘違いでしょう(上述のように、アンジョリーナジョリー演じるリサの診断名は、「反社会性人格障害:Antisocial Personality Disorder」ですから)。映画を見ていれば、こんな勘違いするとは思えないのですけどね。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 人気女優の共演、オスカー受賞、最近の映画という要素が重なりますから、どのショップでもレンタルDVDが置いてあることと思います。

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# by harufe | 2005-08-03 11:28 | ICD F00-F99精神及び行動の障害

打撃王 The Pride of the Yankees (1942/US)

G12.9 脊髄性筋萎縮症,詳細不明

【staffs】監督:サム・ウッド
出演:ゲイリー・クーパー(Lou Gehrig)、テレサ・ライト(Eleanor Gehrig)、ベーブ・ルース(Babe Ruth)、ウォルター・ブレナン(Sam Blake)
【prises】
 第15回アカデミー賞作品賞ノミネート、主演男優賞(ゲイリー・クーパー)ノミネート、主演女優賞(テレサ・ライト)ノミネート、脚色賞ノミネート、原案賞ノミネート、撮影賞(白黒)、ノミネート、作曲賞ノミネート、劇・喜劇映画音楽賞ノミネート、室内装置賞白黒ノミネート、特殊効果賞撮影ノミネート、特殊効果賞音響ノミネート、編集賞受賞、録音賞ノミネート
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 ニューヨークのスラムに生まれ野球選手に憧れるルー・ゲーリック。彼は、母親の希望通りコロラド大学に進学エンジニアを目指すが、大学の野球部での活躍がヤンキースの目にとまり、大学在学中に、母親に内緒でヤンキースに入団する。やがて、全米を熱狂させるスタープレーヤーとなり、美しい妻を得て、アメリカンドリームを体現する。
 しかし、そんな彼の幸運と幸福も、彼を突然襲った病魔には勝てなかった。2130試合連続出場を達成後、彼は、惜しまれつつ引退する…。ゲーリックを襲い、死をもたらした病魔とはなんだったのか。
【impression】
 これが1942年、つまり真珠湾攻撃を受けた翌年の映画だと思うと、よくこんな国と戦争したものだと思います。月並みな感想だな。
 ベーブ・ルース本人が出演し、まさか本人とは思えないような、ちゃんとした演技をしています。その他、かつてのゲーリックの同僚達も出演しているとのことですが、私には判別できませんでした。ベーブ・ルースは、ルー・ゲーリックと仲が悪くて、口もきかなかったそうですが。死んでから、仲直りする気になったのか、死んでまで仲違いしているのは大人げないと思ったのか、死ぬ前から仲直りしたかったのか、最後の1つであることを願いたいものです。
【staffs】
 ルー・ゲーリックの妻、エレノアを演じるのは、テレサ・ライト。ヒッチコック『疑惑の影』の主演女優でおなじみですが、『ある日どこかで(1980)』『レイン・メーカー(1997)』にも出ていたようです。『レインメーカー』に出ていたのは、気がつかなかったです(この映画も白血病の保険適用をめぐる医療裁判映画ですので、いずれとりあげます)。
 この時代のハリウッドの女優特有の、透明で無垢な美しさは、ステレオタイプな女性像とは分かっていても、痺れるものがあります。ヒッチコックの映画で主演しただけあって、シカゴの金持ちのお嬢さんという雰囲気はさすがです。色気はないけどね。
 2005年3月9日お亡くなりになりました。

【medical view】
 ルー・ゲーリックの病気は、映画では触れられませんが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。アメリカでは、筋萎縮性側索硬化症は、むしろ、「ルー・ゲーリック病」として知られています。それだけ、ルーゲーリックの突然の引退と死亡が衝撃的だったということでしょう。ALSは現在も原因不明ですが、当時は、日本遠征時に感染したのではないかだというという説もあったようです。なお、ルーゲーリックの他、ショスタコービッチや毛沢東もこの病気が原因で死亡しました。ホーキング博士もALSとして有名ですが、その病気の過程から、ALS以外の運動ニューロン疾患の可能性を指摘する神経内科医がいらっしゃいます。日本のALS患者三人とそのご家族、日本ALS協会近畿ブロックの作られたHPの中で、ホーキング博士の病を得た生活が和訳されています。
 ゲーリックは、1903年生まれ、映画に描かれているようにコロンビア大学在学中にヤンキース入団、1923~39年の17年間プレーし、2130試合連続試合、通算打率3割4分1厘、ホームラン493本、1934年には三冠王獲得など、素晴らしい記録を残しています。しかし、彼は1938年シーズン、特に夏以降、急速に成績を落とし、この年の暮れには、道路の縁石や石につまづいたり、物を落とすようになりました。1939年のシーズンは、1割台の打率で、5月2日自ら申し出て先発をはずれ、それ以降は、グラウンドでプレーすることはなかったということです(映画では、試合途中で、監督に申し出ているように見えましたが、どうなのでしょう?)。
 映画では、ゲーリックが、手指の違和感を覚えたり、スパイクのヒモをほどこうとしてつんのめったりして、発病に気がつきます。実際、筋萎縮性側索硬化症の多くは、こういった形で発症に気がつかれるようです(このほか、食べ物が飲み込みにくい、ろれつが回りにくくなるといった症状でも始まります)。この病気は、運動を支配する神経が少しずつ失われ、それに伴い、体中のあらゆる筋肉がやせていき、徐々にからだが動かせなくなり、食べ物を飲み込んだり、呼吸したりすることもできなくなります。多くは発症から全身が動かせなせなくなるまで、3~5年と急速に病勢が進みます。その後は、栄養や呼吸を摂取する手段、すなわち、中心静脈栄養や人工呼吸器によって生命を維持していくことになります。このように病気が進行しても、感覚や知能、眼球運動は維持され、失禁もほとんどみられません。
 筋萎縮性側索硬化症は「3~5年しか生存できない」と書かれている場合が多いですが、現在では、生命維持の手段を使った場合、肺炎などの疾患に注意すれば、相当長期にわたって生活続けられることが分かってきています。「3~5年しか生存できない」という言い方は、今や不正確で不適切な表現です。
 ただ、いずれにせよ、知能や感覚が保たれながら、体を意志通り動かせなくなる、大変残酷な病気です。介護も長期にわたりますから、ご本人はもちろん、家族や周囲の人たちの苦労も並大抵ではありません。そのために、自ら、人工呼吸器を使用しないことを選ぶ方もいらっしゃるということです。

 実用的な人工呼吸器が開発されたのが1929年ですが今の形式と異なり(陰圧式)、神経筋疾患に用いられるようになったのが1970年後半ということで、ルーゲーリックがこの恩恵に浴することはなかったのでしょう。日本では、1994年以降、在宅での人工呼吸器の使用が保険対象になりました。古い陰圧式の人工呼吸器通称「鉄の肺」は、コーエン兄弟「ビックリボウスキ」でご覧になれます。

 ところで、映画ではゲーリックが受診するのがScripps Clinicということになっていますが、実際に受診したのは、かのメイヨー・クリニックだったということです。1939年6月にゲーリックがメイヨークリニックを受診した際には、ゲーリックの体に異常があることは医学関係者に知れ渡っていて、メイヨーのドクターも事前に心構えをしていたということです。
【tilte, subtilte】
 「打撃王」というと、ゲーリックより、タイカップの名前を挙げる人が多いのではないでしょうか。その意味でも、余り良い邦題とは言えませんし、原題の良さを全く失った貧相な邦題ではないでしょうか。

【books】
 小長谷正明氏「ヒトラーの震え毛沢東の摺り足」を参照させて頂きました。この新書、お薦めです。広い意味の病跡学の読み物としても、とても興味深く読めます。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルは過去リリースされていたようですが、現在ではほとんど見かけません。DVDのセルがリリースされています。
【参考ブログ】
鏡の誘惑、あるいは映画
太陽がくれた季節
桑畑四十郎デン助劇場

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# by harufe | 2005-08-02 08:08 | ICD G00-G99神経系の疾患

フラットライナーズ flatliners (1990/ USA)

救急医療

【copy】
心臓停止20秒、80秒、4分25秒…何が起きたんだ!
あまりにも危険な賭けに挑む5人の医学生。

【staffs】監督:
出演:キーファー・サザーランド(Nelson)、ジュリア・ロバーツ(Rachel)、ケヴィン・ベーコン(David_Labraccio)、ウィリアム・ボールドウィン(Joe)、オリヴァー・プラット(Randy)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★+(2 plus per5)
【prot】
 シカゴの医大の医学生ネルソンは、死後の世界を体験する計画に同級生を巻き込む。彼らは、大学の工事中の建物の中に、除細動器を持ち込み、ネルソンを1分間の心停止後、蘇らせることに成功する。
 ネルソンに続き、ジョー、デヴィット、レイチェルが、徐々に心停止の時間を長くし、人工的に臨死体験を繰り返す。彼らは心停止の間に様々な体験をするが、蘇った後は、皆同様に、過去に犯した自分の罪のフラッシュバックや幻覚に苦しめられる…。
【impression】
 B級ホラーですが、みる価値はあります。臨死体験というのが、流行っていた頃の映画でしょうか。
【staffs】
 この映画は、「『24』のキーファ・サザーランドとジュリアロバーツがこの映画で知り合って婚約したまではよかったけれど、結局、キーファが結婚式ですっぽかされた。」ということで有名です。ジュリアがこの映画に参加した頃は、メグライアンの代役の「マグノリアの花たち」で注目され、更に「プリティ・ウーマン」で大ブレイクした頃でしたが、この映画やキーファとの結婚騒動の頃から長期低迷時代に入ります。この映画のせいにしたくなるほど、B級の映画ですが。

【medical view】
 この映画で「大活躍」するのが、除細動器(正確にいうと体外除細動器)です。医療映画やテレビではおなじみの機械ですね。「下がって!…(バン)」という例のあれです。
 心臓自身には、生理的なペースメーカーの機能があり、体の要求に従って一定の拍動をしています。ところが、何らかの理由で心臓が弱り刺激が加わった場合などに、心筋の各部分、特に心室の心筋がばらばらに興奮する状態(心室細動)になると、数分間で死に至ります。元々心臓疾患で心臓が弱っている場合や、スポーツ中の突然死などの場合に、この心室細動が起こります。こうなると昔は救いようがなかったのです。
 しかし、現在では、この心室細動の際に、瞬間的に強い電流を流す(1000分の2秒に2000~7000ボルト)ことによって、心臓が正常なリズムをとりもどすことが分かっています。これを、除細動といいます。除細動の技術は、1950年代末にベス・イスラエル病院のポール・ゾール医師が開発しました。彼の開発した除細動器は、交流除細動器であり、それを1960年代に現在使われている直流除細動器に改良・開発したのが、ノーベル平和賞受賞者としても著名なバーナード・ラウン医師です。
 除細動器の操作は大変単純で、医師でないと操作できないものではありません。ただ、心臓の状態の把握や、通電のタイミングについては、間違えるわけにいきません。特に通電のタイミングが重要で、心臓周期の前半、T波が現れるときに通電すると、心室細動になる可能性があります(このことは先ほどほどおバーナード・ラウン博士が明らかにされました)。とはいえ、このタイミング自体の判断は、熟練した医師でないと分からないというものではありません。素人でも、ちょっと教えてもらえれば、すぐ、心電図を見て判断できるようになりますし、機械的に判断することもできます(心電図の波形をコンピュータで解析して診断支援するシステムは古くからあり、医師でもそれに頼っている人は結構います)。
 であれば、心室細動による突然死はそこら中で発生していますから、救急車の救急隊員が使用できるべきです。ということで、米国では以前より、救命士が除細動装置を使うことができました。しかし、日本では、つい最近まで救急隊員が除細動装置を使うことはできませんでした。ようやく、平成3年に、救急救命士法ができ、「医師の指示の下」で、除細動することができるようになり、さらに、平成16年から個別に指示を得る必要がなくなりました。
 また、医師や救急車の到着を待っていては到底救命できない場合もありますから、駅や空港などの人が多く集まる場所や、スポーツ施設などで、医療職以外の人間が対応できるようになっていると救われる人が多くいます。日本では、平成16年7月に一般人の使用を認める報告書が出され、現在、色々なところに「自動体外除細動装置」(除細動するタイミングを機器が教えてくれるので、一般人が安全に使用できる)が設置されつつあるのはご存知の通りです(このページをみると設置場所が分かります)。また、このページが比較的正確で詳細な情報を提供しているようです。

 ところで、除細動器は、一旦心臓が止まって脳がダメージを受けた方を蘇生することも可能です。ということは、除細動器が、遷延性意識障害や脳死状態を作り出すこともにもなり、これまでなかった倫理的な問題を産み出す場合があります。「ER 緊急救命室」でも時々この問題が取り上げられていますね。

 ただ、多くの場合、除細動器の技術は、極めて単純安価に、人の生命を救える(しかも、完全に救える場合も決して少なくない)すばらしい技術であり、「医療経済」的にいっても、ある意味理想的な医療技術といって良いと思います。
【tilte, subtilte】
 Flatlinersフラットライナーズとは、「心電図のラインがフラットになった人々」という意味ですね。flatline,あるいはflatliner造語ではなく、辞書をひけば出てくる単語です。

【books】
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 レンタルDVDが出ていますが、置いていないショップも多いと思います。ネットレンタルショップが便利でしょう。

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# by harufe | 2005-07-26 03:42 | 基礎医学と医療制度

ラストコンサート Dedicato a una Stella / THE LAST CONCERT (1976 / Ita, Jpn)

 C95 細胞型不明の白血病

【copy】
だれかに生きる勇気を与えたとき、天使って涙を流すのですね…


【staffs】監督・脚本:ルイジ・コッツィ、製作:オヴィディオ・G・アソニティス、古川勝美、音楽:ステルヴィオ・チプリアーニ
出演:リチャード・ジョンソン(Richard)、パメラ・ヴィロレージ(Stella)、リカルド・クッチョーラ(Stella's Father)、マリア・アントニエッタ(Simone)
【prises】(not worth mentioning)
【prot】
 フランスブルターニュの病院で、白血病で死期が近い少女と、落ちぶれたピアニストが出会う。少女は父を求めるが叶わず、ピアニストは、往年の夢に再起する…。
【my appraise】★★(2 per5)
 う~ん。30年前はさておき、さすがに、今これをみるとしんどいです。筋は素直で嫌いではないのですけど、時代と共に擦りきれているというのは、このことだと思いますが、特に音楽は聴くに耐えません。こんな音楽で作曲家の夢を追いかけるなんて…と、冷え冷えとします。
 そころで、なぜイタリア映画がフランスで撮影されて英語でしゃべっているのだろうか。しかも日本とイタリア共同製作って?
 南仏の映像は、大変きれいです…。
【staffs】
 パメラ・ヴィロレージって、今の基準からいうと、ちょっと厳しくないでしょうか。『スターウォーズ』のレイア姫もそうでしたが、この頃はこういうルックスが好まれたのでしょうね。そういえば、『コーマ』のジュヌヴィエーヴ・ビジョルドもそんな感じですね。特にパメラ・ヴィロレージは、メイクのせいか、随分、年齢が高く見えるような場面があります。

【medical view】
 この頃は、まだ、白血病は不治の病であったということですね。はい。それだけです。
【tilte, subtilte】

【books】
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 最近DVDがレンタルになりました。ネットレンタルショップを利用しましょう。そこまでして見る映画じゃないですが。

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# by harufe | 2005-07-25 14:19 | ICD C00-D48新生物