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ロレンツォのオイル 命の詩 :Lorenzo's Oil (1992/米)

E71.3 脂肪酸代謝障害(副腎白質ジストロフィー)

【staffs】
監督 :ジョージ・ミラー
出演 :ザック・オマリー・グリーンバーグ(Lorenzo)、ニック・ノルティ(Augusto Odone)、スーザン・サランドン(Michaela Odone)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★★+(4plus per5)
【prot】
 5歳の聡明な少年ロレンツォは、学校での奇妙な行動をきっかけに、不治の難病ALD(副腎白質ジストロフィー)を発見される。数年の命を宣告され徐々に歩行や言語に障害が現れる中、食事療法も免疫療法も効果が無い。
 両親は、必死になって自ら治療法を探し始め、父は、極長鎖脂肪酸の産生を抑える食事療法がかえって血中極長鎖脂肪酸を高めていることをヒントに、ある推論をたてる…。
【impression】
 これもメディカル系の映画の筆頭にあがる映画です。
 実話をもとに作成され、考証も正確。厳密なリアリティの上になりたったストーリーと演技が、共感と感動を呼ぶ…という、良質な映画の1つの典型だと思います。
【staffs】
 ニック・ノルティとスーザン・サランドンが、ALDの子どもを持つ親を好演しています。個人的には、ニック・ノルティは、『ケープフィア』で見せた、弁護士で、頼りになりそうでいて、イマイチ頼りにならない父親役とダブるところ、そして、スーザン・サランドンは、『テルマ&ルイーズ』で見せた、「立ち上がる女」とダブるところが、この映画に深みを与えました。まあ、こういう見方は邪道なんでしょうが。
 もちろん、ザック君の好演も見逃せません。

【medical view】
 この映画で主題となっているALD(副腎白質ジストロフィー)は比較的珍しい病気の上に、病気の成り立ちが複雑であるため、なかなか一般には理解されにくい病気だと思います。詳しくは、この病気を持つ患者の家族の方が作っておられるサイト(ALD)がとても分かりやすく、そして詳しいので参考にしていただければと思います。
 メディカル系のテレビ・映画をよく見られる方なら、ER第5シーズンでダグ(ジョージ・クルーニー)がシカゴを去ることになったのもこの病気がきっかけ…と言えば思い出されるでしょうか。モーゲンスタンER部長退職後に採用された偽医者の部長(アマンダ)が、オイルは?とお母さんに聞き、母親が、もうそういう時期ではないの…と答える場面(うろ覚えですが)がありましたが、あれはロレンツォのオイルのことなんですね(偽医者がよく勉強しているものです…あ、この映画見てたのか、そうだよな、初期にしか使えないということすら分かってなかったのだから)。
 映画の方だけ見ると、父親の推論というか論理展開は、納得のいくところで(自然科学的着想だし)、あたかもロレンツォのオイルでALDが救われるかのように見えてしまう部分があります。しかし、実際は、そう単純ではないようです。今のところ、ロレンツォのオイルは、確かに幼少期発症の型の一部に一定の効果があるが、エビデンスは明確でなく、もっか、研究段階にあるようです。つまり、残念ながら、この映画より、ERの方が正確な考証のようです。このあたりのことは、メリルストリープ主演の「誤診」やとともに、いずれ論じたいと思います。
 ちなみに、「ロレンツォのオイル」は、日本では保険適用になっていません。これも、エビデンスが明確でないことが大きな要因でしょう。一方的に制度を否定するつもりはありませんが、大変な病気を抱えつつ、それ以上に負担をかけるというのは、心情的には納得しにくいところです(ちなみに、保険の適用はありませんが、日本薬局方に収められているため、薬監の手続きをとれば、選定医療として混合診療の例外扱いにはなりますが…詳しい説明は省略します)。
 いずれにせよ、大変残念なことに、現在、ALDの治療は希望が少ないと言わざるをえません。その中で、医療従事者側ではなく、患者側の知恵と努力の結晶であるロレンツォのオイルが、一筋の光を投じていることは、特筆すべきでしょう。
 この映画では、医師側、患者会の「体制側」とロレンツォの両親の対立が映画の中で描かれますが、これも興味深いところです(この点については、アメリカ医療制度の紹介で有名な李啓充氏のページ(医学書院)が参考になります)
 ところで、この映画に関して、ネット上で、「副賢白ジストロフィー」という不可思議な語句が飛び回っています(「副腎白質ジストロフィー」に似て非なる語句ですね。ちょっと検索してみて下さい。びっくりするくらい多いです。)。誰かが間違えたのをそのままコピーペーストしている間に広まったのだと思います。ネットの情報のいかがわしさと、意味も分からない専門用語を無理に使おうとする哀しさと、自らにも戒めなくては…と思いました。私の名前は、「賢」という字が入るのですが、以前、教えていた看護学生から「腎」と間違えて書かれることが数度あり、妙に納得したことがあります(何しろ腎臓の「腎」ですので)。それと、逆ですね。だけど「白ジストロフィー」ってなんだろうなあ。

 さて、ここからは、知性と教養のあると自信のある方のみがお読み下さい。そうでない方が読むと、妙な偏見に至る可能性があります。
 ALDという病気は、X染色体に乗っている遺伝子が発症をもたらす、伴性劣性遺伝というタイプの病気です。具体的には、X染色体上のALD遺伝子情報のキャリアである母親から、基本的には、2分の1の確率で息子にだけ遺伝する病気です(伴性劣性遺伝でも娘に全く症状が出ないということではありませんが、例えばALDの場合、娘が発症するとしても症状はマイルドで中高年になってからとのことです)。同様の病気で、比較的知られているのは、血友病や筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)があります。
 したがって、この病気を持つ息子を授かった母親というのは、愛する息子の不幸だけでなく、それが自らの遺伝によるものという冷酷な事実と、二つの衝撃的な事実を受けとめなくてはなりません(妊娠前に自分がALDのキャリアであることを知る女性も理屈上はいらっしゃるとは思いますが…)。
 つまり、母親が「自分のせいで息子が苦んでいる」という「罪の意識」を持つ場合があるということで、このことが、夫婦間の意識の差にも表れる場合があるようです。いちがいには言えませんが、自分がその立場におかれたと想像すると、母親が自罰的になり、父親が他罰的になるのはやむをえないような心持ちになります。
 この微妙な背景を知りつつ、この映画を見ると、ニック・ノルティとスーザン・サランドンの演技の絶妙さが理解できます。なお、脚本的には、ER第5シーズンの方が深いように思います(母親は、息子が苦しんでいる姿に耐えきれず、ダグに安楽死を懇願するのに対して、離婚して別居している父親は、息子の最期に出会えなかったと、ダグを告訴する)。
 私が、「知性と教養のある」と断ったのは、「遺伝」という言葉を使った瞬間に、多くの知性と教養のない人たちが、「自分に関係ないこと」と妙な安心をすることです。こういう「他人事」的な感覚を持つ知性と教養のない人々は、かえって高学歴や高い社会的地位にある人に多いように思います。私は、こういう人たちやこういう感じ方に強い不快感を持ちます(そういう人の多くは、高学歴でありながら、遺伝と遺伝子の区別もつかない)。
 遺伝子プールという考え方があるのは、理系の方の多くはご存じと思います。また、人類の遺伝子は、通常その数パーセントしか用いられていないということもご存じでしょう。更に、鎌形赤血球症の遺伝子のように、一見、病気をもたらす遺伝子が、特定の地域では生存に有利(マラリアに耐性がある)であるという話もあります。
 人類は、遺伝子プールという共通の種の源泉を共有し、個々の底では全てつながっているようなイメージでしょうか。なにやら、ユングの集合的無意識のような話ですが。
 こういう感覚で、ALDのような遺伝疾患を考えると、それが、我々人類にとっての共有の「財産」であると同時に、共有の苦しみであり、ある意味、我々を代表して苦しんでおらえるとしか思えません。ヒューマニストぶっているようですが、科学的合理的な発想に立てば、おのずとそういう考えに至ります。
 だからこそ、「他人事」的なメンタリティーは、無教養で無知性のものとして、と感じるのです。
 この当たりについて興味を持たれた方は、テーマは異なりますが、統合失調症について書かれたデイヴィッド・ホロビン著「天才と分裂病の進化論」をご参照下さい(統合失調症も、「遺伝」と結びつけて、「他人事」とする無教養な人々が多い疾患の1つだと思いますので)。
【tilte, subtilte】
 ストレートな原題ですが、邦題はそれにサブタイトルをつけています。
 配給会社がつけそうな副題ですが、どうなんでしょうかこの副題は…。私が気にするほどのことはないですが、無神経な副題のような気もします。

【books】
 関連書籍は販売されていないようです。
 なお、上で紹介した、この映画について言及している李啓充氏の週間医学界新聞の連載は、まとめられて、医学書院から『アメリカ医療の光と影 医療過誤防止からマネジドケアまで』として発売されています。
【videos, DVDs】
 レンタルDVDがリリースされていて、比較的多くのショップで扱っているようです。

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by harufe | 2004-12-31 09:53 | ICD E00-E90内分泌栄養代謝疾患


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