アイリス:Iris (2001/英)

G30.1 晩発性のアルツハイマー<Alzheimer>病
F00.1 アルツハイマー<Alzheimer>病の痴呆,晩発性


【staffs】監督 : リチャード・アール
出演: ジュディ・デンチ(Iris Murdoch)、ジム・ブロードベント(John Bayley)、ケイト・ウィンスレット(Young Iris Murdock)、ヒュー・ボネヴィル(Young John Bayley)
【prises】2002年アカデミー賞、主演女優賞(ジョディ・デンチ)ノミネート、助演男優賞(ジム・ブロードベント)受賞、助演女優賞(ケイト・ウインスレット)受賞 :ゴールデン・グローブ賞助演男優(ジム・ブロードベント)受賞、英国アカデミー賞主演女優(ジョディ・デンチ)受賞
【my appraise】★★★★(4per5)
【prot】
 若き日のアイリスは、小説家をめざし、知的で、奔放で、複数の男性とつきあう魅力的な女性。ジョンは、そんなアイリスに惹かれたがために、彼女に振り回される日々。しかしアイリスが選んだのは、ジョンだった。
 熟年夫婦となった二人、ジョンのアイリスへの崇拝は変わらない。アイリスは、小説家として成功し、ジョンも大学教授。アイリスは20世紀を代表する作家の1人として尊敬を集め、充実した日々を送っている。
 そんな日々、アイリスの異常に自らも、周囲も気がつく。アルツハイマー病を発症したのだ。アイリスを必死に勇気づけ、介護につとめるジョンだったが…。
【impression】
 主人公のアイリス・マードックは、実在の方(1999年お亡くなりになりました)で、20世紀のイギリス文学を代表する女流文学者とのことです。 日本でも「ユニコーン」とか、何冊かが訳出されています(私自信は、残念ながら読んだことがないのです)。
 映画は、若い時代のアイリスとジョンと、年老いて後のアイリスとジョンの話が同時並行的に進みます。 若きアイリス(ケイト・ウィンスレット!)は、多くの男性と同時並行的につきあい、性的にも奔放です。一方のジョンは、おどおどして、ぶきっちょでアイリスに振り回される一方、ただ、アイリスへの想いは誰にも負けません。 そして、アイリスは、最後にジョンを選びます。 このあたりジョンのアイリスへの崇拝の一途さと、若きアイリスが自分自身に抱く「恍惚と不安」がうまく描かれていているため(ケイト・ウィンスレットがうまい!)、 ジョンとアイリスが結びつくところが、とても自然に写ります。
 ジョンがアイリスを自転車で追いかけるシーンは、映画CMにも使われましたが、『突然、炎のごとく』の場面を彷彿とさせる美しい場面です。
 そして、老いて後のアイリスとジョン。アイリスは作家として成功し、オピニオンリーダーとして確固たる地位と賞賛を得ています。 夫のジョンも大学教授として活躍しますが、アイリスへの崇拝ぶりは全く変わりません。ジョディ・デンチ演じる老いて後のアイリスは、毅然として、若き日のアイリスと、ダブりながら、それでいて、また違う女性としての魅力に満ちています。
2人に子どもはいないようですが、老いた二人の愛の形に、見ている方は引き込まれていきます。 しかし、この幸福は、アイリスがアルツハイマー病を得るところから、大きく様変わりをしていきます…。
 この映画、内容的には、感動する人と、感動しない人がいると思います。ある種の喪失体験を抱えた(「経験した」ではなく)人の方が、この映画の意味は伝わりやすいように感じます。
【staff】
 上の文章からお分かりのように、私は、ケイトウィンスレットのファンです。
 この映画では、裸身を晒して、体当たりの演技なのですが、意外に豊満というか、デブなのでした。多分、役作りにかけては、ロバート・デニーロ並の彼女のこと、きっと役作りなのだろうと思います…。

【medical view】
 痴呆を扱ったシネマは、少なからず存在しています(東芝ケアコミュニティさんのページに、痴呆以外の高齢者介護を含め、ある程度網羅されています)。ドキュメンタリーでも、なかなか見られる機会が少なくなってしまったのですが、もはや古典となった羽田澄子監督「痴呆性老人の世界」 (1986)などが優れた作品です。
 それらは、確かに、痴呆を描き、それをモチーフとした映画ではあるのですが、何か物足りないものを感じていました。この「物足りなさ」の正体が何なのか、自分でもよく分からなかったのですが、『アイリス』を見て、その疑問が解決しました。

 「痴呆の高齢者のケアは、家族がする方がかえって難しい」、とよく言われます。これは、家族が、痴呆になる以前のその人の人格や生き方を知るだけに、この人がこんなはずはない…という想いを強く抱くからだということです。
 痴呆は、その人の記憶を奪い、その人の人となりすら変えてきます。 愛する妻や夫そして、父や母が、自分の描いていた人でなくなってしまうということです。 その中で、手あかにまみれた言葉ですが、「愛がためされる」ということが起きるのではないでしょうか。相手との関係が深ければ深いほど、相手との時間や記憶、そして相手そのものが失われていくことは、とても耐え難いものに違いありません。 ある種の喪失体験に通じる、つらい体験であるような気がします。
 ジョンのアイリスへの崇拝が、若い時代から二人の愛のフレームでした。 そこには、毅然として振る舞うアイリスと、それを無制限で認め、賞賛するジョンがありました。それが若き日から老いて後まで一貫してきたことが、映画では表現されています。アイリスのアルツハイマー病は、それを根底から崩しかねないものだったのです。 そこに、「痴呆のケアの大変さ」で終わらない、大きな問いかけを私は感じます。
 この映画は、英国のアルツハイマー病協会からも表彰されています(DVDにはその内容も納められています)。したがって、ジョディ・デンチの演技力を含め、アルツハイマー病を理解するためにも悪くない映画だと思います。
ただ、この映画、単に「痴呆を理解する」ために見るには勿体ない映画です。まずは、アルツハイマー病を描いたフィルムというより、アイリスとジョンの愛の形を描いたフィルムとして見るべきだと思います。そして、2人の愛の形から、痴呆というものをより良く理解できるようになるのではないかと思います。これはこの映画が、映画としてもオスカーの主要3部門にノミネートされているように、なかなかよくできているからでもあるでしょう。

 ところで、映画の中の「痴呆」は、既に主題としてよりも、背景として使われることも多くなっています。例えば、ジェリー・ザックス「マイ・ルーム」(1996/米)、ロドリゴ・ガルシア監督「彼女を見ればわかること」(1999/英)、今村昌平 「赤い橋の下のぬるい水」(2001)、佐々部清「半落ち」(2003)などです。
 これも高齢化が進んだ先進国における現象ということなのでしょうか。
【tilte, subtilte】
 タイトルは言うまでもなく主人公の名前です。
 邦題に、よくぞ副題をつけなかったものだと思います。うっかり「愛がためされるとき」とか、つけられそうですが。

【books】
 原作は、アイリスの夫で文学研究者でもあるジョン・ベイリーが著した“Elegy for Iris(アイリスへの挽歌)”です。この本は、「作家が過去を失うとき アイリスとの別れ 1」「愛がためされるとき アイリスとの別れ 2」という邦題で、2分冊で訳出されています。
【videos, DVDs】
 レンタルDVDがリリースされています。日本では単館上映だったこともあって、比較的ショップに置いていないようです。こういうときは、DISCASが便利です。
 なお、本作とは直接関係ありませんが、映画照明技師である渡辺生氏が自分の妻トミ子さんを映した「おてんとうさまがほしい」(1995)風 流れるままに アルツハイマー病の妻と生きる」(2000)の2部作(特に「風 流れるままに」の方)は、アイリスと同様な観点で、大変興味深い作品です。

【おことわり】
 「痴呆」の用語は、昨年暮(04/12/24)厚生労働大臣の通達により今後法令等で、「認知症」と変更される予定です。→新聞報道、→役所の通達。これにともない、マスコミ各社も「認知症」の用語を用いることと思われます。ただ、このブログを書く時点では、「認知症」という用語が馴染まないので、「痴呆」とさせていただきました。痴呆性高齢者という言葉も、10年前に使われるようになった言葉(以前は、「痴呆性老人」という言葉しかなく、「痴呆性高齢者」という言葉はなかったのです)なのですが、時代の変化は早いです。
 なお、念のためですが、痴呆の原因の多くがアルツハイマー病であるだけで、両者は同義語ではありません(特に日本では、アルツハイマー病以外の脳血管性痴呆が、痴呆の原因としては多い)。

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by harufe | 2005-01-03 07:13 | ICD G00-G99神経系の疾患


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