風立ちぬ(1976/Jpn)

A16 呼吸器結核,細菌学的または組織学的に確認されていないもの

【staffs】 若杉光夫監督
山口百恵(水沢節子)、三浦友和(結城達郎)、芦田伸介(水沢欣吾)、河津清三郎(結城庸平)、斎藤美和(結城ふみ)、森次晃嗣(結城真次郎)、小夜福子(三補しの)、松平健(大浦茂春)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★+(2 plus per5)
【prot】
 太平洋戦争が激化し、世の中を暗い影が覆っていた昭和17年。外務官僚の娘水沢節子と結城達郎は、互いに密かな恋心を寄せる。出征を控え自分の心を打ち明けられない達郎は、節子の結核発症を知り、心を固める…。
 山口百恵&三浦友和文芸シリーズ第5段。
【impression】
 私は、山口百恵&三浦友和の映画、それから「赤いシリーズ」のドラマのどちらも見たことがなく、山口百恵さんの演技をみるのはこれが初めてなのですが、「意外にうまい」というのが正直な感想です。もちろん、期待しないで見た、というのが「意外性」の最大の理由かもしれませんが。とても、山口百恵の人気に便乗して作ったとは思えないくらい、まともにできあがっています。
 ひとつには、山口百恵さんが「薄倖を地で行ける」というところが良いのかもしれません。彼女はこれを地で演じられる最後の世代の最後の女優…とまで言うと言い過ぎでしょうか。まあ、「山口百恵を演じているだけ」と言われるかもしれませんし、言い意味でも、悪い意味でも、自分を演じていれば演技になると勘違いしている邦画の典型かもしれませんが。
 なお、山口百恵さん、ぷくぷくしていて、ヒポクラテスにも描かれた結核患者の「肌が白く透き通り、首が長く、ほおが紅潮し、目が大きくなってその瞳孔に光を帯びる」とは違いすぎて、とても結核で苦しんでいるように見えないです。これも含めて、戦争に向かう時代の不安や悲惨さとか、当時の時代の濃淡は描くことはできていないです。もちろん、そんなことまで拘ってとった映画ではないでしょうが。
 山口百恵の東宝文芸シリーズは、13段まであり(なんだか、いやな数でやめてるな)、第4段「エデンの海」(原作若杉慧 )以外は、全て三浦友和と共演(ちなみに、「エデンの海」は、南條豊 という「赤いシリーズ」御用達の男優と共演)。しかもテレビの赤いシリーズの6シリーズ中、3シリーズは共演と、嫌になるくらい一緒に仕事をして、更に結婚までして、まだ別れていないというのだから、たいしたものというか、なんというか…。これも含めて、むしろ、こういう人が芸能界で大活躍していたっていうのが不思議ですね。
 必見とまではとても言えませんが、見る価値はあります。

【medical view】
  百恵さん演じる水沢節子が入院した富士見高原療養所は、実在する病院で、当時、最高級のサナトリウム(結核の療養所をそう呼ぶ)の1つでした。この病院は、1926年地元の有志の出資する株式会社の総合病院(戦前は株式会社立の病院は普通だった)として、慶応大学から長野県出身の正木俊二を院長に迎えスタートし、28年に名称を富士見高原日光療養所に改め、正木の個人経営のサナトリウムにとして再スタート、36年には財団法人富士見高原療養所に組織を変更しています。
 富士見高原療養所は、この映画の原作者である堀辰雄や竹久夢二が療養していたことで有名ですが、横溝正史も一時期療養していたようです。堀辰雄は1回目の入院は自主退院しておいて、2度目は勝手に婚約者の矢野綾子と連れ添って入院をする訳ですが(綾子も結核に罹患していた)、結局、綾子は結核により当地で命を落とします。この経験をもとに、堀は「風立ちぬ」を書いたというわけです。
 この他、久米正雄の『月よりの使者』を映画化した際(1934年)、このサナトリウムを舞台としました。

 結核という病気は人類史に残る感染症の1つであり、少なくともヨーロッパにおいて、10~14世紀の天然痘、14~17世紀のペスト、15世紀~16世紀梅毒、17~19世紀の天然痘、18~19世紀の腸チフス、発疹チフス、コレラに続き、19~20世紀の主役となった感染症は結核といって良いでしょう。
 抗生物質のない時代、実に様々な妖しげな治療法が試みられたのですが、最後に、抗生物質が登場するまでの期間、治療法の主役を務めたのがこのサナトリウムだったのです。これは、田舎や海浜や高原地域に結核患者が少なかったという観察から、潮風や高原の空気が治療に効果があると考えられたためです(都会は感染が起こりやすかったというだけだと思うが)。トマスマン「魔の山」に描かれているように、欧州で「流行」したサナトリウムが、日本に持ち込まれたというわけです。
 日本の最初のサナトリウムは鎌倉、次いで須磨に作られました。つまり、最初は「海浜サナトリウム」から始まったわけですね。やがて、流行は「高原サナトリウム」にうつり、その嚆矢となったのが富士見高原療養所であったというわけです(富士見高原療養所では、日光療法も推奨されました)。
 ただ、医療保険は当然ない貧しい時代ですから、こういったサナトリウムに入れるのは、富裕層に限られました。そもそも結核という病気は、その悲劇的な予後と裏腹に、「佳人薄命」「天賦の才」「夭折」というロマンチックなイメージで語られていました(これは内外を問わずです)から、小説「風立ちぬ」も相当ハイソな舞台設定と考える必要があるのです。
 確かに文学者だけでも、結核に苦しんだのが、夏目漱石、正岡子規、森鴎外、高山樗牛、国木田独歩、鈴木三重吉、石川啄木、宮沢賢治、梶井基次郎、堀辰雄、中原中也、太宰治、新美南吉、福永武彦と並ぶのですから、結核に対するイメージも成る程と思わせます。しかし、太宰治の弟子である田中英光が、太宰のような才能を得たいと泥水を飲んでまで肺病になろうとした話とか、堀辰雄が、戦後ストレプトマイシンが入ってきても「僕から結核菌を追っ払ったら、あとに何が残るんだい?」といったという話とか(結局、堀辰雄の結核は快方に向かうのだけど)を聞くと、滑稽ですらあります。
 なお、当時の富士見高原療養所に関する資料を、北原文徳先生(長野県伊那市北原こどもクリニック:以前、新生富士見高原病院に勤務なさっていたようです)がクリニックのHPにアップしておられます。これをみると、治療成績も予想よりかなり良い水準です。これも、富士見高原療養所に入所する人たちが様々な面で相当恵まれた層にあることを示しているのかもしれません。
 富士見高原療養所は、1980年に厚生連の病院(簡単にいうと農協の病院)富士見高原病院として、現在では地域医療に貢献しており、ごく一般の方々が恩恵を受けています。富士見高原療養所については、厚生連富士見高原病院のページに詳しい解説がありますのでご覧下さい。
 なお、当時の本館が保存されており、見学することができます。私は外から見ただけで、中に入ったことがないのですけど。
【tilte, subtilte】
 「風立ちぬ」映画にも出てきますが、ヴァレリーの詩の訳とのことです。その先が、「いざ生きめやも」と続くのですが、以前から、「「生きめやも」って、頑張って生きようっていうより、生きるしかないかなあ、って聞こえるよなあ…」と思っていたのですが、このたびネット検索をしていて、私の感覚が正しかったことが確認されました。先ほど引用した北原文徳先生の文章や、トラックバック前半をお読み下さい。きっと貴方の謎もとけることでしょう。
 なお、「生きめやも」というのは、意図的な誤訳という説もあるのだそうです。ネットで探すといくつか出てきますので、ご参照を。

【books】
 原作は短編で格調高いです。が、私には好きになれません(まず、女性を「おまえ」と呼ぶのが、どうも…)。いずれにしても、この映画との落差に驚きます。

 ちなみに、今回の内容は、福田眞人氏「結核という文化」による部分が多くあります。この本は以前も紹介しましたが、とにかくお薦めです。
 それから、結核という病気、「過去の病気」とまではいかなくても、「年寄りの病気」と思っている人は多くないですか?実際には、若い人も感染しますし、しかも抗生物質が効かないやっかいな結核菌が増えているのです。若くして結核に罹患すると結構悲惨です。この当たりが書いてある斎藤綾子「結核病棟物語」が最高におもしろくてお薦めです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 山口百恵主演作DVDが最近DVD&レンタルリリースされて、本作もDVDレンタルされています。ただ、どのショップでも置いてあるという状況ではないようです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
レンタルはビデオのみ、置いてあるショップもまあまあ。素晴らしい映像を鑑賞するには、デラックス版のセルDVDがお薦めです。早くレンタルDVDが出て欲しいものです。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
by harufe | 2005-07-02 22:29 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症


<< ビューティフル・マインド be... 不滅の恋 ベートーヴェン Im... >>