生きる (1952/Jpn)

C16 胃の悪性新生物

【staffs】監督:黒澤明、
出演:志村喬(渡邊勘治)、金子信雄(渡邊光男)、関京子(渡邊一枝)、小堀誠(渡邊喜一)、浦辺粂子(渡邊たつ)、南美江(家政婦)、小田切みき(小田切とよ)、藤原釜足(大野)、山田巳之助(齋藤)、田中春男(坂井)、左卜全(小原)、千秋実(野口)、日守新一(木村)、中村伸郎 (助役)
【prises】
ベルリン国際映画祭ドイツ上院陪審賞(黒澤明)受賞、1952年キネマ旬報ベストテン1位、英国アカデミー賞1959年男優賞・国外(志村喬)ノミネート
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 シャーカステンに映し出される胃がんのレントゲンフィルム。これは、真面目だけが取り柄の市役所市民課長渡邊のものだった。その渡邉が、偶然、自分が胃がんであることを知った時、彼はその絶望をどう受け止めたのか…。
【impression】
 レントゲンフィルムで語りが始まるというのは、今も古くない斬新さで良いですね。
 2005年6月22日米誌タイムは、同誌が選んだ「ベスト映画100本」を発表しました。その中に、日本映画の中から選ばれたのが、本作「生きる」、小津「東京物語」(1953)、溝口「雨月物語」(1953)、黒沢「用心棒」(1961)でした。しかも、「生きる」は50年代の最高傑作に選ばれており、海外での評価の高さを改めて認識しました。
 黒澤のベスト1に押す人も多い映画ですが、黒澤自身は余り気に入っていなかったそうです。実は、私も余り傑作だとは思っていませんでしたが、ある程度歳をとってみると、良さが分かるようになった気がします。
 「東京物語」と同様、この時代に、家族というものの幻想を明確に描いていたのは卓越していると思います。
【staffs】
 市民課長渡邊が腑抜けのようになって、部下小田切とよと夜遊びをする当たりが、情けなくて、可笑しくて、哀しくて、一番良い場面だと思います。特に美人でもなくて、貧乏だけど、元気で少々コケットリーを感じさせつつも、現実的な若い女性がうまく描かれています。
 小田切みきは、これがデビュー作なんですね。

【medical view】
 今は昔、の気がしますが、少なくとも日本には、本人には絶対がんを告知しない時代がありました。がんが、不治の病であり、知らせることが本人を絶望に追い込むだけだ、と考えられていたからでしょう。がんセンターが出来たるとき、「患者が自分ががんだと分かるような病院に誰が行くんだ」ということを言う人がいたそうですが、今から考えると、ちょっと嘘のようです。
 この映画は、そういった時代につくられ、医師が告知しなかったにもかかわらず、医師や看護師の噂話を偶然、渡辺が立ち聞いてしまう、というところからお話がスタートします。
 告知に関する考え方が変わってきたのは、1つには、「知ること」や自己選択に関する国民の意識の変化があります。また別の面からは、がんが治療できる病気になってきたこと、更にいえば、化学療法など患者本人の理解と同意なしに、進めることが困難な治療法が多く開発されたことがあります。現在、多くの医療機関では、100%本人告知に努めようとしていますが(AERA2004/11/29号によれば、72病院中59病院が、原則的に「100%する」「なるべくする」としている)、これは、医療機関が患者の権利に対する意識が高まったというだけでなく、穿った見方をすれば、告知や説明義務に関する訴訟の結果や、外科的療法や化学療法を積極的に進めたい医療機関の都合も少なからず入っているといえます。
 ただ、現在でも、告知に対して躊躇する気持ちは、少なくとも家族側には強く残っています。新聞の世論調査等でも、8割近くの方が自分ががんだったら告知して欲しいというのに対して、家族に対しては、半数も告知しない意向を示しています。
 さて、では、なぜ、家族が告知に躊躇しているか。国立がんセンターのマニュアルでは、「患者は気が小さいから自殺をするかもしれない」という考え」と書いていますが、これは少々表層的であると思います。
 というのも、自分の家族のことを心底大切に思っている人ばかりではないからです。逆にいえば、互いに好きでもなければ、尊重もしていない家族は少なくありません。その場合、身内が「かん」などになって、色々愚痴愚痴言われるのが面倒だと思っています。もちろん、自殺されるのも色々面倒ですが、それより、その人の日常を世話する上で、「自分は死ぬんだから」と思われていると面倒だと思うのです。それは、「生きる」だけではなく、「東京物語」でも描かれている家族の葛藤です。
 病気の家族をかいがいしく看病する家族像というのは、医療側の幻想です。
 もちろん、かいがいしく看病する家族がいないといっているわけではありません。自分の幼い子どもが、がんの場合などは、当然、親身になって看病するでしょう。しかし、自分の親や配偶者の場合は、冷淡な場合が少なくないのです。
 医療従事者は、「家族が患者を嫌い」という構図を嫌います。目をそらしているといっても良いかもしれません。かいがいしく看病する家族を「良い家族」、そうでない家族を「悪い家族」と決めつけます。確かに、良い・悪いで分ければ、正しいのでしょう。ただ、医療従事者が「良い」「悪い」とみるのは、往々にして自分たちの都合に「良い」「悪い」の観点が入っています。医療従事者がよく重症な状態にある入院患者の家族に対して言う「可哀想だから、ついていてあげてくださいね」の、「可哀想だから」は実は自分たちにも向けられているのです。
 国立がんセンターのマニュアルでは、「「告げるか、告げないか」という議論をする段階ではもはやなく、「如何に事実を伝え、その後どのように患者に対応し援助していくか」」、「家族には先に知らせない」のが原則である」などと、患者側の立場にたったことを書いていますが、看病の重荷を負う家族の立場は犠牲は余り考慮しない、そして、これが、実は、自分たちのとって都合の態度であるということも、医療者としては認識しておくべきでしょう。
 だから、家族の立場にたって告知はしないほうが良い、と言っているのではありません。患者と家族の関係が往々にして対立構造にあり、その際、医療者として、「どちらの立場にたっており、その結果が何をもたらしているか」について、常に敏感であってほしいということです。
 そもそも、「患者は気が小さい」というような表現を伝聞調とはいえマニュアルに記載するのは、心配りが雑に感じます。「患者には、それを自分で受け止めることができず」くらいに変えられないものでしょうか。もちろん、英語論文の方の表現のニュアンスはきちんと伝えるにしてもです。

 さて、それでは、今、実際どの程度、本人に告知しているかということですが、がんの進行度や治療可能性にもよるでしょうが、おおむね5割くらいではないでしょうか(調査や研究を探しているところです)。アメリカではほぼ100%、欧州でも南欧は比較的低めで日本と同程度と聞いたことがあり、やはり、個人より家族の都合が優先するラテン系=カソリックの国だなあと思ったことがあります。

 ところで、この映画で扱われている「胃がん」は、わが国では代表的ながんの1つで、減少傾向にあるとはいえ、つい最近まで罹患率も死亡率もわが国の第1位のがんでした。ということもあって、わが国では、胃がん検診は、がん検診の中でも最も早く発達しました。
 しかし、胃がんの少ない欧米では、日本で行われているような胃エックス線写真のスクリーニングの効果は否定されて実施されていません。宇宙飛行士のスクリーニングにも欧米では取り入れられておらず、日本人宇宙飛行士だけ取り入れられています(と昔聞いたことがあります)。
 とくに「落ち」はないのですが、とりあえずトリビアということで。


【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
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by harufe | 2005-07-13 20:24 | ICD C00-D48新生物


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