ヒポクラテスたち (1980/Jpn)

医学教育

【staffs】監督・脚本:大森一樹
出演:古尾谷雅人(荻野愛作)、伊藤蘭(木村みどり)、光田昌弘(河本一郎)、狩場勉(大島修)、柄本明(加藤健二)、西塚肇(王龍明)、真喜志きさ子(中原順子)、小倉一郎(西村英二)、阿藤海(神崎靖邦)、内藤剛志(南田慎太郎)、金子吉延(渡辺大介)、斉藤洋介(本田俊平)、加納省吾(高木敬三)、宮崎雄吾(野口英雄)、池内琢磨(中原剛)、牟田悌三(中原虎一)
【prises】1980年 キネマ旬報ベストテン第3位、1980年報知映画賞最優秀主演男優賞(古尾谷雅人)受賞
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 洛北医科大学のポリクリ(臨床実習)で同じ班となった六回生の荻野とその仲間達は、初めて医療の現場に触れ、様々な想いをえがく…。
70年代の若者のやり場のない不安、不全感を見事に描いた作品。
【impression】
 一般の大学生とはやや異なる医学生のモラトリアムを鮮やかに表現しているように思います。大森一樹監督は、比較的こだわりなく映画をつくる人だと思っていましたが、この作品は、自分の経験(大森氏は京都府医大出身の医師、臨床経験無し)を活かし、かなりこだわって作った作品のように感じました。
【staffs】
 医学生木村みどりを演じているのは上映時25歳の伊藤蘭です。この映画封切りの2年間にキャンディーズが解散しており、この映画は解散の翌年に撮られたものと思われます。
 最近、伊藤蘭はテレビドラマ(特にサスペンス物)には欠かせないタレントになっていますが、元々キャンディーズ結成前には、日大芸術学部演劇学部在籍したというから、きちんとお芝居をしようという心得がある女優さんなのです。
 確かに、この映画でも、演ずる役柄を理解した演技をしているように見受けられます。他の俳優さんが、「自分を演じること」で存在感を出している中で、彼女だけがきちんと演じようとしている、それが映画の筋と一致するため、よい効果を出しています。

 ところで、2000年に医師国家試験合格者にしめる女性割合は30%を超え、ここ数年は34%程度です。データが発表されている1991年が19.2%ですから、ここ15年でかなりの勢いで女性比率が高まってきたことが分かります。お勉強が得意な女性の職場として人気が高まっているということでしょう。ただし、医療の世界は、一般の世界と比較してもあいかわらず男性優位(特に外科系)ですから、結局、仕事を続けていけない女性医師も多いです。経済力とステータスを持つと憧れられる女医ですが、今の環境の中で、「お嫁さん願望」を持つ女医も少なくないです。そうなると、特に国公立大学のように、医師養成の大半を税金で行っている場合、女性医師が仕事を継続していけない状況では、税金が有効に使われなくなっているという意見もあります。しかし、これは、まあ、医療の現場の側の問題であって、女性医師の側の問題ではないでしょう。確かに、明らかに腰掛け的な気分の方もいないわけではないですが、それは、どんな世界でもある話です。
 話がもどりますが、この映画の時代、データはありませんが、医師国家試験の合格者の中で女性はおそらく10%以下、先輩や上司には女性がほとんどおらず、今よりもっともっと女性が仕事を続けづらい環境だったと思われます。こういう背景も想定しながら、伊藤蘭の演技をみると、なかなかプレグナントであります。

 手塚治虫氏が大学の小児科の教授(ちょい役)で出演しています。彼は、ご存知のように医師免許をもち、ティーテルアルバイト(学位論文)も出し医学博士も持っているんですね。奈良医大(といっても、医専)出身ですから、関西の医大という共通項はありますね。ただ、大森氏と同じく、ペーパードライバーですから、ブラックジャックでも、かなり怪しげな知識に基づいていたため、抗議を受けて単行本ではお蔵入りしたものもあるようですね。しかし、彼のブラックジャックが後の世代の医師にもたらした影響は甚大であり、その貢献は、強調しても強調しすぎることはないでしょう。

【medical view】
 日本の医療制度の課題の1つに、医師養成システムがあげられてきました。
 医学生時代は、国家試験に受かるための詰め込み教育(特にいわゆる「新設校」では)、そして、医師国家試験に受かれば、制度上医師ということで、どんなベテランだろうが、どんなに技術が高かろうが、国家試験に受かったばかりで全く臨床経験や技術のない医師と、診療報酬上同じ評価を受ける。
 戦後まもなくできたインターン制度は、学生運動の中で解体され、研修は「努力義務」でしかありませんでした。ほとんどの医師は、臨床研修を受けていましたが、その臨床研修機関が大学病院であったため、個々の医師は、学生時代から一貫して、同じ系列の病院で過ごすことになり、大学医学部が医師人事を一手に握り、医学部の臨床系教授の権限が強くなりすぎた(この当たりは、「白い巨塔」のところで再度述べます)。また、東大系とか慶応系程度の学閥で住んでいたうちは、まだグローバルでしたが、各県の各大学がそれぞれ独立しはじめ、大学間での人事交流がほとんどなくなると、医療技術の標準化や切磋琢磨が行われにくい環境も醸成されてきました。

 アメリカの医療には批判も多くありますが、医学教育については、高いレベルにあることに反対する人はいないでしょう。そもそもアメリカでは、歴史的な経緯もあり、第1に、大学卒業した後の専門職教育として医学校が位置づけられており、大学4年+医学専門教育4年というスタイルをとっていること、第2に、大学が附属病院を持たない場合が多く、医学教育の中で臨床教育が独立した地位を与えられていること、の2つにおいて大きな差があります(例えば、有名なハーバード大の医学校でも、附属病院を持たず、関連病院との実質的協力と歴史的な経緯で結ばれている(きちんとした契約関係を結んだのは最近なのだそうです))。
 このような仕組みの中で、アメリカの医学校の4年生の臨床実習は、日本の大学6年生のポリクリとは相当レベルが異なるようです。日本では、この映画にあるように、自分の大学の附属病院の中で、浅く広く、いわば「お客さん」として見て回る程度なのに対して、アメリカ医学校では現場での知識・実践を相当たたきこまれる(一定の診療行為はやらせる)ようです。分かりやすいのはTVドラマERの第1シーズンでカーター君がやっていたことと、この映画を比べてもらえれば良いと思います。
 このようにスタートラインからして違っていますから、当然のことながら、医師免許を得て後の研修医(レジデント)のレベルも相当異なってきます。これは、昨年からスタートした新医師臨床研修制度の下でも、あまり変わりはありません。詳しくは、『コーマ』で述べたいと思います。
 
【tilte, subtilte】
 「ヒポクラテス」は、古代ギリシアの医師。迷信や呪術ではなく、臨床の観察と経験を重んずる立場をとり、医学に科学的な基礎を重視しました。医師の倫理についても論じた「ヒポクラテスの誓い」は今でも、医学教育の中で用いられています。

【books】
 映画の中で、セシュエー「分裂病の少女の日記」やマイケル・クライトン(ハーバード卒の医師でもある(大森氏とちがってアメリカでレジデントを経ているので立派な医者))「緊急の場合は」が効果的に使われていました(おそらく、大森氏が医学生時代に熟読した書籍か)。ただ、片口安史の「新・心理診断法」はロールシャッハテストの判定やスコアリングの代表的な参考書であって、精神科医や臨床心理士でもない主人公の恋人順子がこの本を持っているのは、違和感があり、リアリティに欠ける。
 アメリカの医学教育については、最近、色々と出ていますが、一般の方にも分かりやすいのが赤津晴子「アメリカの医学教育」です。赤津氏は、聖心女子大文学部卒業後、上智大理工学部大学院を修了後、渡米し、ハーバード大で公衆衛生学科を修了し、ブラウン大医学校で医師免許を取得しており、この書籍では、その経験をもとに、アメリカの医学教育の魅力を余すことなく語っています。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 DVDのレンタルがリリースされていますが、大きめのショップでない限り置いていないと思います。ビデオを置いてるショップも少ないです。

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by harufe | 2005-07-23 19:34 | 基礎医学と医療制度


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