コーマ coma (1978/US)

臓器移植、脳死、臨床研修制度

【staffs】監督・脚本 :マイケル・クライトン
出演:ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド(Susan Wheeler)、マイケル・ダグラス(Dr. Mark Bellows)、エリザベス・アシュレー(Mrs. Emerson)、リップ・トーン(Dr. George)、リチャード・ウィドマーク(Dr. Harris)、ロイス・チャイルズ(Nancy Greenly)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 スーザンはボストン記念病院で実習する優秀な医学生。同じ病院で働く恋人のマークは、チーフレジデントを目指し野心満々の研修医。
 ある日、スーザンの親友ナンシーが、ボストン記念病院で人工妊娠中絶を受けるが、全身麻酔から覚めず、植物状態になる。確率的には起きること、というマークの説得にも、スーザンは納得しない。
 スーザンは、なにか原因があるはずだと、他の昏睡患者のカルテを調べ始めるが、そこで発見したものは…。
医療サスペンス小説の泰斗にして医師のロビン・クックのベストセラーを、同じく医師で、後の大ヒットメーカー、マイケル・クライトンが監督を務めた作品。
【impression】
 「良質なB級サスペンス」といったところだろうと思います。
 見て損はないでしょう。
【staffs】
 後半、主演のジュヌヴィエーヴ・ビジョルドが大活躍する活劇となります。彼女、1999年「氷の接吻」以来、見かけなくなりましたが、「1000日のアン」 (1969)ではオスカーでノミネートされるなど、70年代に活躍した女優。一部に熱狂的なファンもいたようです。
 それから、エド・ハリスのデビュー作がこれ。そのほか、トム・セレックモも出ている。マイケル・ダグラスを含め、みんな若い。

【medical view】
 この映画が封切られた時代には、免疫抑制剤シクロポリンの開発など、臓器移植技術が飛躍的に向上しました。その結果、臓器移植が「手軽」になりつつあり、そのニーズがどんどん高まりつつありました。この映画のやや後の数字では、1983年に全米で172件だった心臓移植件数は、1997年には2292件になっています。
 一方で、皮肉なことに、交通事故防止対策が成功すると、健康で臓器移植に「都合」の良い臓器が得られにくくなります。需要増加の一方で、供給が極端に不足してくるということです。結果として、現在では、それまで諦めていた死に、希望が生まれ、一方で絶望が生まれるという現象が生じているのです。
 この映画は、このような将来を見透かしたように「臓器工場」を素材にしてサスペンスを構成しており、ロビン・クックらしい先見性をいかんなく発揮しています。
 ところで、この映画では、遷延性意識障害を「生産」し、その患者から臓器を調達する仕組みが想定されています。一般に、この遷延性意識障害と、脳死状態が混乱されている場合が多いようです。しかし、両者は、全く異なるものです。「脳死」は脳幹が活動を停止し脳波がフラットになっており、人工呼吸器に接続しない限り生き続けることができない(また、人工呼吸器に接続したとしても、数時間から数日のうちに死に至ることが多いとされている)状態であるのに対し、「遷延性意識障害」は、意識がなく、栄養は中心静脈栄養など輸液に頼ることになるが、呼吸は自発的で、脳も活動している状態です(「植物状態」と呼ばれることがあります)。「遷延性意識障害」のままで、何十年も生き続ける人も決して珍しくなく、希に意識レベルが回復することもあるとされています。
 ということで、両者には決定的な差があり、日本を含め、脳死を死と認め、臓器提供者となっているのに対して、遷延性意識障害を死と認める国はありません。ただ、脳死は明確な線引きができるのかというと、やはり心臓死に比べれば曖昧なところが遺っていることは間違いないようです。
 人工呼吸器と高カロリー輸液の2つによって、それまで当然死を迎えていた人々が救われるようになったことは、すばらしいことです。しかし、これらによって、人間の生と死が曖昧になり、倫理的な課題を新たに生じさせていることは間違いないと思います。

 さて、それから、この映画をみるのに、アメリカと日本における、医学生や研修医(レジデント)の位置づけの違いを理解しておいた方が、より分かりやすいだろうと思います。
 スーザンの恋人マイケル・ダグラス演じるマークは、チーフ・レジデントをねらっている野心家となっています。チーフレジデントを直訳すると、主任研修医、つまり研修医のリーダーです。日本で、一般的に、研修医のリーダーになるってのは、偉くもなんともないですから、チーフレジデントが偉いとはとても思えないわけです。それに、スーザンだって、医学生にすぎないのに、こんなに診療に立ち入ることが可能なのか?って、日本の感覚だと思ってしまいます。

 実は、アメリカでは、教育病院において診療を担うのは、1年目の研修医と医学生5~6人のチームと2~3年目研修医であるチームリーダーです。このチームに対して、2~3名の教官であるスタッフドクターが教育指導監督するわけですが、日頃は、研修医+医学生で診療がまわっているという構造です。ですから、チーフレジデントというのは、日常の診療に責任を持つ、結構偉いポジションになります。
 日本では、医学生が臨床で戦力として期待されていませんし、研修医1~2年目がチームリーダーとして診療の中心になるとは考えられません。
 そもそも、2003年まで、臨床研修は義務ではなく、努力義務であって、そういった臨床研修システムそのものがありませんでした。したがって、医学部を卒業し、ペーパーテストを合格すれば、法制度上は開業することも可能でした。最近になってようやく、医学教育に関する制度改革が進められており、昨年から、新医師臨床研修制度がスタートし、2年間の臨床研修が必須化されました。その中で、臨床研修病院が様々な研修メニューを提供し、研修医が研修を受けたい病院を選ぶマッチングというシステムが動き始めました。結構、大きな動きが起こっており、大学病院以外の病院に多くの研修医が希望し、なかには民間病院の中にも(亀田総合病院など)相当高い倍率になっている病院があります。この結果として、大学病院が人事に対する支配権を失い、医学部の教授の特権的地位も失われる危惧が生まれています。これに危機感をもった大学病院側は、最近、新医師臨床研修制度に対して見直しを訴えた…という話を聞きました。全く馬鹿げた話です。大学病院を中心としたシステムにも良いところはありますが、専門分化が進めば進むほど、今の仕組みで、縦割りで、医療が標準化されないわけですから。
 近いうちに、大学病院の診療の標準化をDPCで進めていくことが想定されますから、大学病院本位主義の医療体制は早晩崩壊していくことでしょう。このあたりは、『白い巨塔』で触れることにします。

 ところで、この映画では、麻酔事故(結局それが陰謀だったわけですが)が続発するにもかかわらず、「確率的にはあること」などという理由がまかり通っています。さすがに、今じゃあ、この理屈は通らないでしょうね。

【tilte, subtilte】
 「昏睡」と素直に日本語にしなかった理由が分かりませんが、「コーマ」も悪くはないような気がします。

【books】
 ロビン・クックの原作「コーマ」は、ロビン・クックのデビュー作。ジェンダー的には問題のある表現も多いものの、30年前のアメリカの状況が分かって興味深いです。映画は、ナンシーの病気とか設定が一部異なるところもありますが、基本的に、この原作に忠実に作成されています。
 アメリカにおける研修医の位置づけや医学教育については、「ヒポクラテスたち」で紹介した赤津氏の著作の続編「アメリカの医学教育(続)スタンフォード大学病院レジデント日記」と、田中まゆみ「ハーバードの医師づくり」が読みやすいです。

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by harufe | 2005-07-24 17:13 | 基礎医学と医療制度


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