運命の瞬間(とき)/そしてエイズは蔓延した AND THE BAND PLAYED ON (1993/US)

B20-B24 ヒト免疫不全ウイルス[HIV]病

【staffs】監督:
出演:マシュー・モディン(ドン・フランシス博士)、アラン・アルダ(ロバート・ギャロ博士)、パトリック・ボーショー(リュック・モンタニエ博士)、ナタリー・バイ(フランソワーズ・バレ博士)、フィル・コリンズ(エディ・パパサノ)、リチャード・ギア(マイケルベネット)、スティーブ・マーティン(兄がエイズで死んだ男)、チャールズ・マーティン・スミス(ハロルド・ジェフ博士)、リチャード・ジェンキンス(マーク・コナント博士)、リリー・トムリン(セルマ・ドライツ博士)、アンジェリカ・ヒューストン(ベッツィ・ライス博士)、グレン・ヘドリー(メアリー・ガイナン博士)、デビッド・クレノン(ジョンストーン)、バッド・コート(「アンティーク」のオーナー)、チェッキー・カリョ(ウィリー・ローゼンバーム博士)、ウージー・カーツ(ジョンストーン夫人)、ソウル・ルビネック(ジム・カラン博士)、イアン・マッケラン(ビル・クラウス)、ローラ・イネス(血友病患者の母)
【prises】
第51回ゴールデン・グローブ賞作品賞(TVムービー/ミニシリーズ)ノミネート
【my appraise】★★★★-(4 minus per5)
【prot】
 1980年代、アメリカの大都市SF、LA、NYで、若く健康な男性が、リンパ節の腫脹やサイトメガロウィルスの感染、あるいはカポシ肉腫、カリニ肺炎といった極めて希な疾患に次々と倒れていく。彼らの共通項は、免疫機能の著しい低下、そしてゲイであること。CDC(アメリカ疾病対策センター)は、この事実をいち早くつかんだ。この「奇病」は、感染によるものなのか、それともゲイが乱用するドラックや極端な性習慣によるものなのか。やがて、この病気は、ゲイ以外にも広がり、エイズと名付けられた…。
【impression】
 ベストセラーのノンフィクションを、テレビ映画に相応のエンターテイメントとして、うまく料理しているように思います。また、豪華スタッフによって、テレビ映画とは思えない奥行きのある作品になっています。
 ただ、明らかにやりすぎも多いと感じます。原作では1登場人物に過ぎないドン・フランシス博士を映画では主人公にしたのまでは良いとして、彼を、徹頭徹尾「真実にいち早く明らかにし、社会に警笛を鳴らしていた信念の人」として、「エゴや官僚主義によって、真実が無視される社会」との対立を描こうとしたのは、明らかに真実を曲げていると思います。当時としてはマイナーなレトロウイルスを専攻していた日の当たらない研究者(ドン・フランシス)が、まだ原因不明の病気を、自分の専門に引き寄せて解釈するのはある意味当然でしょう。それがたまたま真実であったからといって、また、数多い仮説の中で、その仮説が受け入れられなかったからといって、社会の無理解を責めるのは誇張に過ぎると思います。後知恵で人を裁き、なんら教訓を得られないという愚をここでも繰り返しているのではないでしょうか。真実というものは、後生の人間が考えるほど単純ではないのです。
また、ドナルド・フランシスが実際には30代後半ににもかかわらず、20歳代にしか見えない俳優を起用し、同様にビル・クラウスは30歳代半ばにもかかわらず50歳代にしかみえない俳優を起用しているのが、全くもって解せないです。さらに、ガエタン・デュガが化学療法でスキンヘッドにしていたのを、ふさふさの髪にしているというのも、どういうことなのでしょうか。 
【staffs】
1983年1月3~4日、益々深刻になりつつある血液を通じた感染(特に、濃縮血液製剤に頼る血友病患者への感染)についての議論を行うために、ジョージア州アトランタに、CDC、FDA、赤十字、血液銀行、血友病患者等、関係者一同が集まりました。しかし、結局は、血友病の免疫低下が確認された程度で、具体的対策は決定されませんでした(これが、世界で最初に行われた、HIV血液感染に対する公的な議論・決定です)。
 さて、映画でも、このアトランタでの会議が取り扱われており、その席に血友病患者側(患者の母親)役で、『ER緊急救命室』のケリー・ウィーバー部長役でお馴染みのローラ・イネスが出演しております。
 ローラ・イネスも『ER緊急救命室』での意地悪な医師の役柄が板についていますが、この映画でもちょい役ですので、もう少し別の役柄をきちんと演じるところを見てみたいところです。

【medical view】
 エイズがアメリカの同性愛者の間で「奇病」として知られるようになったのが1980~81年。それをCDC(国立防疫センター)が免疫不全を共通とする症候群として警告したのが82年3月。その後、同性愛者以外の麻薬常用者や血友病患者にも感染者が広がっていることが分かり、アメリカ公衆衛生局が関係者を集めた会議で、AIDSという病名が採用された(それまでは、ゲイ関連免疫不全症候群(GRID: Gay Related immune deficiency syndrome)といった名前が使われていた)のが同7月です。
 翌1983年5月にはパスツール研究所のモンタニエが、サイエンス誌上で、ウイルス発見を発表しますが、世界的な理解を得られませんでした(これが結果的には正しかった)。1984年4月にはギャロ博士がウイルス同定を発表、同年9月抗体検査が可能となり、ウイルスが加熱により不活化することが明確になりました。ギャロのウイルスは、モンタニエのウイルスと同一で、どうやら、ギャロがモンタニエのウイルスを盗用したと…いったギャロの研究者倫理にもとる行為やモンタニエとの間とのごたがたは、映画にも描かれています。
 1996年に抗HIV薬の組み合わせでかなりの効果が期待できる(感染してもかなりの確率で発症を抑え、生命予後を延長できる)ことがわかり、現在では、少なくとも、高価な抗HIV薬を負担できる国・層にとっては、絶望の病ではなくなってきています。しかし、この映画で描かれているのは、HIVの治療に絶望しかない時代です(治療やワクチンについては、『ロングタイムコンパニオン』『フィラデルフィア』『マイフレンドフォエバー』『私を抱いてそしてキスして』『野生の夜に』等のエイズを扱った映画で述べます)。

 過去の疾病と人類の歴史を鑑みても、エイズの発見からHIVの発見、抗HIV薬の開発までのスピードは、20世紀の医学の進歩を如実に物語っているといえます。しかし、その一方、そもそも感染力の弱いエイズが、1980年代前半にアメリカで爆発的に拡大したこと、そして、その拡大に歯止めがかからなかったこと、この点を真摯にふり返ったのが、この映画(というより、映画の原作)です。

 エイズの爆発的な拡大には、当時のアメリカ社会的背景、つまり、性の開放とゲイの社会的認知という2つの流れがありました。また、ゲイの公民権活動が盛んとなり、大都市、特に西海岸のロス、サンフランシスコで強い市民権を得つつあったということも重要な背景です。
 ゲイ達は、それまでの後ろめたい罪の意識から開放され、そのエネルギーが性行動に向けられた面もあります。その結果、不特定多数と日に何回も性交渉を重ねる「バスハウス」の登場と加熱に代表されるような環境が醸成されつつありました。これに加え、肛門性交、肛門接吻、オーラルセックスといった多様な性行動が、様々な感染症の温床になっていたのです。1980年当初、サンフランシスコではゲイの3分の2がB型肝炎に感染し、アメーバー症、ジアルジア鞭毛虫症といった胃腸寄生虫病も猛威を振るっていました。映画にも登場したフレンチ・カナチアン航空のステュワード、ガエタン・デュカは、実在の人物で、「ゼロ号患者」と呼ばれていますが、たった1人のゲイの感染が瞬く間に感染を拡大させる構造がそこにはあったのです。

 さて、以上のような構造は、エイズが発見された後、徹底的な対策を講ずるための大きな障害ともなりました。

 まず、ゲイ達が、怪しげなドラッグを頻用することも含め、余りにも多様な性行動をとっていたために、免疫システムが破壊されたことに対して、様々な仮説と検証を必要としたことがあげられます。
 また、迅速で徹底的な対策が必要であったにもかかわらず、そうした対策がとられなかった背景には、ゲイ以外の人の無関心や反発がありました。多くの人々がゲイに限定された問題であると無関心であり、保守的な人々の中には公然と「神の下した罰」と宣言する人々もいたくらいです。当時は、レーガン政権が発足するなど、保守化の流れが強くなっている時期でもあり、この傾向は強められました。この背景には、ゲイが急速に社会的な権利を得たことに対する、反発もあったのではないでしょうか。
 さらに、感染症であることがある程度明確になり、行政が感染の温床となっているバスハウスを閉鎖しようとしても、長年虐げられてきたゲイ達は、それを、自分たちの権利の侵害と捉えました。ゲイ達の繊細な権利意識が、自分で自分の頸を締めさせたともいえるでしょうか。
 それから、これは、意外と知られていないですし、映画にも取り上げられていないのですが、公民権活動の中で権利を得つつあったゲイ達は、市民の義務も積極的に果たし、社会に認められようと行動をとっていました。そのために様々な活動やプログラムを行いましたが、その中に積極的に献血に参加するという活動があったのです。これにより、ゲイから、輸血者、特に濃縮製剤を使う患者に対する感染が拡大してしまったのです。運命の皮肉といわざるをえません。しかも、ゲイであるというだけで献血の場から閉め出すことは、「権利の侵害」として、アフリカ系アメリカ人達を含め大反対にあいました(これは、前述のローラ・イネスの登場場面にありましたね)。当時、アメリカの濃縮製剤に頼っていた日本の血友病患者へ感染が拡大したのには、こうした背景もあったのです。

 もちろん、政府機関の怠慢や血液銀行の利益を守ろうという姿勢(アメリカでは、献血事業は営利事業として行われています)にも問題がありました。権利や個人主義をベースとした、アメリカ民主主義社会が、結局何も決定できなかったという点を原作は克明に描いているようにも思えます。
 しかし、ここで述べたような社会背景がなかったとすれば、感染の拡大はもっと未然に防げたといって良いでしょう。

 さて、アメリカでは、本書を始め、エイズが拡大した過去の歴史について真摯な分析が進んでいます。何がエイズを拡大させたのか、我々は何を反省すべきか、その点について真摯に追求しているのです。
 しかし、我が日本では、どうでしょう。日本のエイズは、アメリカとは全く違う状況の中で感染が拡大しましたから、全く異なる分析が必要となるということです。しかし、そういった分析がほとんど行われていません。ジャーナリスト達は、「役人と製薬メーカーと学者達が、自分たちの利益を維持・拡大するために患者を犠牲にした」という大前提だけで、関係者を非難するだけでした。もちろん、怠慢としかいえない役人や、利己的な学者、自分たちの利益しか考えない製薬メーカーは存在しました。しかし、その構図だけで決めつけようとすることで、何を反省し、何を教訓とし、何を変えるべきかが、全く問われませんでした。
 櫻井よしこ氏のような、日本を代表とするジャーナリストが先頭にたって、ヒステリックに、後知恵で人を裁き、それを社会が喝采するという構図は、薬害エイズを生んだ社会と同じくらい空恐ろしいものと感じます。もちろん、政治や行政の側も真摯にふり返り、反省すべきですが、より知的でよりスケールの大きい本質的分析は、ジャーナリズムの役割のはずです。
結局、我々は、薬害エイズからはほとんど教訓を得ていないのです。また、こうした事件が起こるでしょう。
 この映画や原作を読むにつけ、日本が薬害エイズから何ら教訓を得ていないことに対して、日本の知的水準の低いマスコミやジャーナリストに大いなる責任があるように思えてなりません。
【tilte, subtilte】
 映画の原題は、原作のタイトルそのままです(ただし、原作のタイトルには、”Politics, People, and the AIDS Epidemic(政治、大衆とエイズの流行)”という副題がついています)。この原題”And the Band Played on(そしてバンドは鳴りやまず)”は、1890年頃アメリカでよく歌われた古い歌の題名だそうで、「みんながいつものことだと放っておいた」という意味なのだそうです。ただ、この映画では、それに、「エイズによって失われた命を悼む音楽が止まない」というニュアンスがうまく重なっていて、よい効果を生んでいます。

 その意味で、原作の邦訳のタイトル『そしてエイズは蔓延した』というタイトルは、原題の含蓄はないものの、なんとか合格点をあげられる邦訳ではないでしょうか。
 それに対して、映画の邦題はひどい。誤訳といっても良いと思います。そもそも『運命の瞬間』に該当する「瞬間」がこの映画の中にも、エイズをめぐる歴史的事実のどこにも存在しないのですから。いや、むしろ、「放っておいた」だけ、ということで、「運命の瞬間」がないところに、この問題の困難の本質があるのです。
 この邦題は、そういった映画の内容や本質には、全く興味がない日本語スタッフの安易さが伝わってくるようです。『誤診』もそうだでしたが、テレビ映画で、ビデオ、DVDのみ発売のため、スタッフもレベルが低いのでしょうか。それとも、こうした本質を理解しようとしないのは、それこそ、我々日本社会の本質なのかもしれないです。

今回は、随分、日本社会に批判的な文章になってしまいました…。


【books】
 原作『そしてエイズは蔓延した』はに分かれる大作ですが、読み応えのあるノンフィクションで、夏休みに頑張って読むのはいかがでしょうか。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルビデオがリリースされていますが、よほど大きな店でないと置いていないです。アメリカではセルDVDがリリースされていますので、そちらを利用するというのもあるかもしれませんね。

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by harufe | 2005-08-14 07:35 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症


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