レナードの朝: Awakenings(1990/米)

 G21.3 脳炎後パーキンソン<Parkinson>症候群

【staffs】監督 : ペニー・マーシャル
出演 : ロバート・デ・ニーロ(Leonard Lowe)、ロビン・ウィリアムズ(Dr. Malcolm Sayer)、ジュリー・カヴナー(Ealenor Costello)、ルース・ネルソン(Mrs.Lowe)、John Heard ジョン・ハード(Dr._Kaufman)、ペネロープ・アン・ミラー(Paula)
【prises】
1990年アカデミー賞作品賞ノミネート、主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)ノミネート、脚色賞(スティーヴン・ザイリアン)ノミネート:ゴールデン・グローブ賞ドラマ主演男優賞(ロビン・ウィリアムズ)ノミネート:NY批評家協会賞主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)受賞
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 研究者志望のセイヤー医師は、勘違いから自分の希望とは異なる精神神経科の慢性病棟に勤務することになった。その病棟で、彼は、嗜眠性脳炎に罹患後、強度のパーキンソン症候群となり、全く動きを失った患者達の集団に出会う。
 セイヤー医師は、新しく開発された薬Lドーパを、その中の1人レナードに試みる。最初は効果がないかにみえたが、ある朝レナードは奇跡の復活をみせる。数十年ぶりに目覚めたレナード。奇跡に歓喜する本人と母、そして病院スタッフだったが…。
【impression】
 デ・ニーロの役作りには逸話はつきませんが、この映画も、彼の逸話の1つに加えられるものです。この作品は、神経科医である原作者がコンサルタントとしてこの映画に関わっているのですが(後述)、彼もデ・ニーロはうまさには舌を巻いた、と原作の改訂版に著しています。
 原作にはなかったレナードのラブロマンス、ポーラ(ペネロープ・アン・ミラー→右写真)との出会いなどが加わることで、病気の残忍さと人間の強さのコントラストが見事に描かれています。

【medical view】
 私は、原作を読む前に、劇場でこの映画をみました。
 映画を最初に見た時、レナードの状態が悪くなるにつれ、レボドパを増量するセイヤー医師に姿に、いたたまれない気持ちになりました。というのも、セイヤー医師が、新薬レボドパを増量する気持ちには共感するものの、それは現代の医療では相当問題のある投与法だからです。例えば、レナードが苦しめらる幻覚や不眠といった症状は、典型的なレボドパの副作用です。にもかかわらず、レボトパを増量するのは、医学の進歩の過程としてはやむをえないとしても、その犠牲となったレナード達の患者への同情を禁じ得ませんでした(ちなみに、レボドパ(L-ドーパ)という薬は、現在もパーキンソン病および、」パーキンソン症候群の治療の中核をなす薬です、レボドパは、神経学や神経化学の基礎的な教科書に必ずとりあげられほどの薬ですので、その作用・副作用については、ここでは述べません)。

 ところが、映画では、セイヤー医師の実験的な治療が断罪されることはなく、最後までセイヤー医師の「ヒューマニズムに溢れた」医療が賛美されるのです。
 これはいくらなんでもおかしい。原作者だって、おそらく、自分の過ちを断罪しているに違いない。映画監督やハリウッドの間違った脚色だ。…私は、やや憮然としながら、原作を紐解いてみました。
 しかし、原作を見ると、更に、驚く事実がありました。なんと、原作者であり、セイヤー医師のモデルであるオリヴァー・サックス医師は、映画のセイヤー医師以上に、現在からみると極めて問題のある「治療」を行っていたのです。具体的には、現代では禁忌とされているレボドパ大量投与や突然の投与中止が行われていたのです。サックス医師が著述した患者はしばしば突然死していますが、これはレボドパの大量投与による悪性症候群が原因と疑われる患者が少なくありません。セイヤー医師の治療は、現在からふり返ると、「人体実験」に近い行為です。
 もちろん、サックス医師がレボドパで治療を行っていた時点では、これらの治療法が、かえって症状を重くし、重篤な副作用をもたらすことは知られていなかったのだと思います。また、レボドパの効果が明らかに大きく、医療倫理の面からみても、「行きすぎ」と非難すべいことではないように思います。ちょうど、外科手術がはじまった頃、ろくな消毒をしないで行ったために、患者が助からなかったようなもので、単純に今の基準で非難すべきではないでしょう。サックス医師の行為は、「新しい方法を治療に応用する場合には、予想される効果、危険性及び不快さを、現行の最善の診断法や治療法による利点と比較考慮しなければならない」という医療の倫理綱領(ヘルシンキ宣言)に照らし合わせても、間違っているとはいえません。
 しかし、このような、いわば、形式的な問題はともかく、自分の実験的医療が、多くの犠牲者を出していた可能性があることがことが分かってくれば、当然、サックス医師は、自分自身を断罪すべきと思います。「レナードの朝」を執筆した時点(1973年)では無理だったかもしれませんが、現在の版(1990年)では、そのことは十分分かっていたはずですから。
 しかし、サックス医師は、著作の中で、自分の治療の誤りについては一言も述べていません。版が改められるたびに、膨大な注釈が加えているにもかかわらずです。唯一、日本語文庫版の背表紙に「この薬には知られざる「副作用」があったのだ」と書かれているだけです(これは、日本の出版社が書いた文章です)。
 私は慄然としました。映画が間違っているのではなく、原作者そのものが自分を断罪していなかったのです。
 そういえば、映画の中では、レナードへのレボドパ投与量は最大1回1000mgまでしか増量していませんでした。現在わが国では1日投与が最大1500mgですから、欧米人を想定すると大きな問題とはならない量なのかな…と観ていた。しかし、原作ではレナードには1回5000mgも投与しているではありませんか。これを映画では敢えて1500mgまでしか増量していないのは、明らかにサック医師が「分かっていてわざと隠している」としか思えません。

 医療の進歩はトライアルの上に成り立っているものです。医療が進歩し、新しい治療法が生まれるたびに、その「実験」となっている患者の存在があります。もちろん、先にあげたヘルシンキ宣言に乗っ取ることはもちろん、患者に害がもたらされることはできる限り避けなくてはなりません。
 それでも、そもそもあらゆる医療は大なり小なり「害」をもたらすものです。開発されたばかりの医療は、どんなに慎重に実施したとしても、予期できない副作用を避けることはできません。特に、レボドパのような画期的な効果がある新薬が、知られざる副作用を持つとすれば、それが多くの犠牲をもたらすのを防ぐことは難しいように思えます。
 映画「レナードの朝」は、本来、そういう点を考えさせてくれる映画なのだと思います。我々が、原作者の過去のレボドパの使用の誤りそのものを断罪すべきではありませんが(そうでないと、医学の進歩はありえなくなってしまいます)、本人や医療従事者がそれをふり返ったとき、「手続きの正当性」に甘んじるのではなく、「結果責任」に対して、真摯な気持ちで反省すべき点だと思います。そういった謙虚な姿勢が失われ、医療従事者の奢りが頭をもちあげた時、「手続きの正当性」の主張は、人類にとって害をもたらす可能性すらあります。

 この映画は、どうひいき目に観ても、原作者の「医療事故」は隠蔽するような内容になっているのがとても残念です。「熱意だけの医療は偽善と医療ミスしか産まない」として観てしまう私は、へそ曲がりでしょうか。
 こういった点は、本国アメリカでは、どのように取り上げられているのでしょうか。私は寡聞にして知りません。

 ところで、レナードの強烈なパーキンソン症候群の原因疾患である嗜眠性脳炎は、過去大規模な流行が何度もあったようです。しかし、なぜか1928年以降大規模な流行はないそうです。ということは、突然、また流行が起きるかもしれない…ということですね。
 本当に、感染症というのは、恐ろしいものです。

【tilte, subtilte】
 原作及び映画の原題であるAwakeningsは、直訳すれば「目覚め」。嗜眠性パーキンソン病による強度のパーキンソン病からの「目覚め」を表現しています。
 「レナードの朝」という邦題も悪くはないですね。

【books】
 この映画は実際の患者について、サックス医師が著した原作をもとに製作されています。原作では、20名の患者についての生活歴、病歴、治療歴を示しており、レナードはその1人に過ぎません。
原作には、患者の表情や日常の様子を示した写真が掲載されており、病気の持つ独特の雰囲気を伝えてくれています。
【videos, DVDs】
 最近の大変著名な作品で、どのショップにも必ずレンタルDVDが置いてあると思います。

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by harufe | 2005-01-10 16:47 | ICD G00-G99神経系の疾患


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