カテゴリ:ICD G00-G99神経系の疾患( 8 )

ヒトラー ~最期の12日間~ DER UNTERGANG (2004/GER)


彼の敵は世界

全てを目撃した秘書が今明かす、衝撃の真実。

【staffs】監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル、原作:ヨアヒム・フェスト(『ヒトラー 最期の12日間』)、トラウドゥル・ユンゲ(『私はヒトラーの秘書だった』)
出演: ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)、アレクサンドラ・マリア・ラーラ(トラウドゥル・ユンゲ)、ユリアーネ・ケーラー(エヴァ・ブラウン)、トーマス・クレッチマン(ヘルマン・フェーゲライ)、コリンナ・ハルフォーフ(マグダ・ゲッベルス)、ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス)、ハイノ・フェルヒ(アルベルト・シュペーア)、ウルリッヒ・ノエテン(ハインリヒ・ヒムラー)、クリスチャン・ベルケル(シェンク博士)
【prises】第77回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、第17回ヨーロッパ映画賞男優賞(ブルーノ・ガンツ)ノミネート
【my appraise】★★★★+(4 plus per5)
【prot】
 1942年11月下旬、東プロイセンのラステンブルクの司令本部“狼の巣”。10人ほどの若い女性の候補の中から、ユングは、ヒトラー自身の面接を経て、ヒトラーの秘書に選ばれる。
 それから3年、1945年4月20日、ヒトラー56歳の誕生日、ユングは、ベルリンの首相官邸の地下防空壕で、ヒトラーの副官達、そしてヒトラーの愛人エファーと共に、ヒトラー最期の12日間を迎えようとしている。
 57歳の誕生日を迎えるヒトラーは、パーキンソン病の震えが隠せず、融通の利かない妄想的な作戦で副官たちを慄然とさせる…。
【impression】
 砲下の防空壕の中で、人間ヒトラーが、衰え、蒙昧し、最期を迎える姿が描かれている。銃弾や砲火の衝撃音、一瞬にして生命が失われていく映像、頭の底が麻痺するような2時間半、あっという間に過ぎる。20世紀の怪物に人間としての新しい光を当てるにとどまらず、生と死の一線や、真実の意味を問い直している。
 私の中では10年に1つの映画です。必ず劇場で見ることをおすすめします。
【staffs】
 ドイツの映画というと、どうも、安上がりのホラーを想像してしまいますが(日本の映画も外国ではそう思われているかもしれませんが)、この映画はドイツ映画の常識を破るお金をつぎ込んだようです。
 もちろん、主演のブルーノ・ガンツの演技もさることながら、この女優、アレキサンドラ・マリア・ララの抑えた美しさと演技もなかなかのものです。彼女のドイツ語のHPで、久々にドイツ語を読もうと努力する気になりました(もちろん、途中でやめましたが)。」

【medical view】
 ヒトラーが1941~2年頃より、死の瞬間まで、パーキンソン病に苦しんでいたことは、多くの研究者の一致した見解です。映画の中でも描かれている体を低くかがめる姿勢、1秒間に4~5回の左手の震え(ヒトラーが晩年、上の写真のように、右手で左手を押さえているのは、左手の震えを隠すためだそうです)、これらは典型的なパーキンソン病の症状であり、また、同じ作戦に固執し、途中から方針が変えられない融通のなさは、パーキンソン病に現れる精神的特徴である「保続(ほぞく)」という見方をする人もいるようです。
 パーキンソン病は、アルツハイマー病を除けば、神経難病のなかでも、おそらく最も知られており、最も頻度が高い病気です。同じ症状でも、薬の副作用や脳炎の後遺症(『レナードの朝』参照)など、明確な原因が別にある場合は、「(続発性)パーキンソン症候群」と区別します(パーキンソン病についての解説は全国パーキンソン病友の会のページ等をご参考下さい)。
 パーキンソン病の症状の原因については、かなり解明されています。脳幹(中脳)で運動を微調節している部分の連絡が、なんらかの理由でうまくいかなくなるというのがその原因です。
 単純に言えば、神経細胞を伝わる電気的信号を通じて、我々は、考え、生き、活動しているわけです。神経細胞がネットワークとして働くのは、神経細胞から別の神経細胞に電気信号を伝えることが可能となっているからで、これを可能としている物質を、「神経伝達物質」といいます。この神経伝達物質は数多くありますが、パーキンソン病で問題となるのは、ドーパミンという神経伝達物質です。脳内でドーパミンが欠けることによって、脳幹の黒質細胞と線条体への連絡網が損傷されてしまうのです。ということで、パーキンソン病の治療は、このドーパミンを外から補うこと(実際には、脳血管関門を通るように、Lドーパという薬物を使うこと)になります。Lドーパの効果は、時に劇的で、これは『レナードの朝』でも描かれていますが、今なおパーキンソン病治療の中心的な地位をしめています。ただ、パーキンソン病は、ドーパミンが欠けているだけではなく、脳幹部ドーパ系の神経細胞そのものが変質し脱落するため、Lドーパの薬物療法は限定的な効果しかもたらしません。それでも、パーキンソン病の治療法の開発が、その後の中枢神経系の疾患に対する治療戦略に光明を与えたことだけは間違いありません。

 パーキンソン病は、イギリス人パーキンソンが報告し、その業績をフランスの神経学の泰斗シャルコーが発掘することで世に知られました(発見者に敬意を払い「パーキンソン病」と名付けたのはシャルコーです)。これらの発見は、いずれも19世紀です。その後、第一次大戦後に、パーキンソン病の病変が黒質に発見されますが、ドーパミンにまでたどり着いたのは、戦後(1960)になってから、佐野勇およびH.Ehringer & O.Hornykiewiczの功績によるものです。この発見により、『レナードの朝』にあるような、Lドーパ療法が開発され、現在の治療戦略の基礎が確立したといって良いでしょう。なおLドーパによる治療が開始される10年以上前(1949年)に、抗コリン薬の治療が始まっています。これは、脳内でドーパ系とは逆の働きをしている、コリン系(アセチルコリンという物質を神経伝達物質として使用している)が相対的に強まることを抑えるという治療法で、現在も、補助的に使用されている治療法です。

 以上のように、ヒトラーが生きた時代にはパーキンソン病という診断はついても、治療の手がかりは全く存在していませんでした。いくら当時最先端にあったドイツ医学とはいえ、ヒトラーの病気には全く手をこまねいているかしか、なかったのです。
 ところが、ヒトラーの主治医モレルの行っていた奇妙な処方が、ヒトラーのパーキンソン病になんらかの治療的効果をもたらしていた可能性があるのです。モレルはヒトラーに取り入り絶大な信頼を得ることに成功していましたが、実は相当な藪医者だったようです。なにしろ、ヒトラーがパーキンソン病であることに、長い間全く気がついていなかったくらいです。ヒトラーが潰瘍を患っていたこともあり、モレルは、大量の薬や注射の処方をヒトラーに対して行っていました。その中に、覚醒剤であるメタンフェタミンや、コカインがあったようです。特に、メタンフェタミンは、ドーパミンと類似の構造を持ち、ドーパミンの神経系に作用します(そのために覚醒剤としての精神作用がある)。パーキンソン病に対して、メタンフェタミンを用いるとどのような効果があるかは専門医であっても分からないでしょうが、薬理学的には、ドーパミンと同様の働きをする、つまり、相当に治療的な効果があると考えられます。気力が全く失われたヒトラーが、モレルの注射で見違えるようによみがえったことは、秘書ユンゲの著作にも描かれています。この注射の頻度は徐々に高まっていたようで、おそらくは、覚醒剤依存の状況になっていたようです。
 こうなると、先ほど、ヒトラーが同じ作戦に固執することをパーキンソン病の「保続」から説明しましたが、それだけでなく、誇大的で強い興奮に満ちた言動は、メタンフェタミンから説明することも可能ということになります。

 このように、なぜ、大戦開始前後は、天才的で悪魔的な軍事・政治的な才能を発揮したヒトラーが、1930年代後半になると、建設的な構想力を全く失い、妄想的で一つの作戦に固執するようになったのか、そして、なぜ、ヒトラー率いるナチスドイツが、徹底的に壊滅の道を選んだのかが、歴史の謎とされています。これらは、総統の「病」にその原因を求めることが可能かもしれません。
 しかし、今度は、そんな総統盲従するだけだった幹部達のメンタリティも疑問になります。戦時中のわが国のように、国全体が洗脳されていたということなのでしょうか。

【tilte, subtilte】
 原題の"Der Untergang"は、日が沈むことや沈没を表す語で、ここでは「没落」「滅亡」「破滅」の意です。英題は"Downfall"ですが、日本語は強引なタイトル。「滅亡」で良いと思うんですけどねえ、センスがないなあ。
 しかも、「ヒトラー~最期の12日間~」というのは正確ではないのです。
1945年4月20日:ヒトラー56歳誕生日
1945年4月21日:ソ連軍ベルリン市内への砲撃開始
1945年4月22日:ゲッペルス、地下要塞に家族を呼び寄せる。
1945年4月23日:ゲーリングからヒトラーへ権限移譲の電報、ヒトラー激怒。
1945年4月24日:シュペアー地下要塞辞去。ヒムラー単独講和申し入れ。
1945年4月25日:空軍グライム大将、女性パイロット・ハンラ・ライチュ、決死の到着。
1945年4月28日深夜:ヒトラー・エーファ結婚
1945年4月29日:ヒトラー遺言作成
1945年4月30日:ヒトラー・エーファ自殺、遺体焼却→【11日目又は9日目】
1945年5月1日:ゲッペルス夫妻、子どもを無理心中。
1945年5月2日:赤軍が首相官邸を占拠。
1945年5月7・8日:デーニッツ無条件降伏に署名
 このように、12日間は描かれているが、ところどころでとんでいますし、そもそも、ヒトラーの最期の12日間でもないのです。したがって、「第三帝国崩壊の12日を描く」ならまだ良いですが、もっと単純にそして原題に沿い、「滅亡」とした方が良いと思うのですけどね。

【books】
 原作は2冊、ジャーナリストで歴史家でもあるヨアヒム・フェストの『ヒトラー最期の12日間』と、ヒトラーの秘書であり映画の一番最後に本人が登場するトラドゥル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』です。いずれの著作も、怪物ヒトラーではなく、人間ヒトラーを描き出すのに成功しています。映画が扱っている期間の設定は、フェストの著作に沿っていますが、内容的にはユンゲの著作に沿う部分が多いようです。ただ、映画には、両原作には描かれていない内容や、原作にやや反する内容もあります。フェストによれば、ヒトラー最期の期間に関する関係者間の記憶には、驚くほど不一致があるそうで、この映画も原作以外からの情報に寄ったのかもしれません。
 『私はヒトラーの秘書だった』を読んだ人には、この作品に描かれている1943~44年の安定的な期間、すなわち、ヒトラーを中心に夜ごとの集いが行われ、ユングが、ヒトラーのユーモアと紳士的な態度に親密な感情を深めていく期間についても、もう少し描かれるべきだと感じるかもしれません。それだけ、ユングの原作のヒトラーの紳士的で人間的な側面は、ある意味脅威であり、人間ヒトラーに新しい光を与えるように思うからです。
 ところで、フェイルは、ヒトラーの固執を、彼がそもそも持っていた「破壊衝動」あるいは「破滅衝動」から説明しようとしています。これも大変おもしろい仮説ですが、やはり、パーキンソン病の症状として理解する方が説得力があります。

 ヒトラーの病気については、小長谷正明『ヒトラーの震え、毛沢東の摺り足』、リチャード・ゴードン『歴史は患者でつくられる』に従いました。

 以上、今回の話は、パーキンソン病で苦しむ患者さんに不愉快な内容だったかもしれませんが、お許し下さい。

【videos, DVDs入手しやすさ】
 まだ上映中です。是非、是非、見に行って下さい。

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by harufe | 2005-08-28 21:10 | ICD G00-G99神経系の疾患

打撃王 The Pride of the Yankees (1942/US)

G12.9 脊髄性筋萎縮症,詳細不明

【staffs】監督:サム・ウッド
出演:ゲイリー・クーパー(Lou Gehrig)、テレサ・ライト(Eleanor Gehrig)、ベーブ・ルース(Babe Ruth)、ウォルター・ブレナン(Sam Blake)
【prises】
 第15回アカデミー賞作品賞ノミネート、主演男優賞(ゲイリー・クーパー)ノミネート、主演女優賞(テレサ・ライト)ノミネート、脚色賞ノミネート、原案賞ノミネート、撮影賞(白黒)、ノミネート、作曲賞ノミネート、劇・喜劇映画音楽賞ノミネート、室内装置賞白黒ノミネート、特殊効果賞撮影ノミネート、特殊効果賞音響ノミネート、編集賞受賞、録音賞ノミネート
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 ニューヨークのスラムに生まれ野球選手に憧れるルー・ゲーリック。彼は、母親の希望通りコロラド大学に進学エンジニアを目指すが、大学の野球部での活躍がヤンキースの目にとまり、大学在学中に、母親に内緒でヤンキースに入団する。やがて、全米を熱狂させるスタープレーヤーとなり、美しい妻を得て、アメリカンドリームを体現する。
 しかし、そんな彼の幸運と幸福も、彼を突然襲った病魔には勝てなかった。2130試合連続出場を達成後、彼は、惜しまれつつ引退する…。ゲーリックを襲い、死をもたらした病魔とはなんだったのか。
【impression】
 これが1942年、つまり真珠湾攻撃を受けた翌年の映画だと思うと、よくこんな国と戦争したものだと思います。月並みな感想だな。
 ベーブ・ルース本人が出演し、まさか本人とは思えないような、ちゃんとした演技をしています。その他、かつてのゲーリックの同僚達も出演しているとのことですが、私には判別できませんでした。ベーブ・ルースは、ルー・ゲーリックと仲が悪くて、口もきかなかったそうですが。死んでから、仲直りする気になったのか、死んでまで仲違いしているのは大人げないと思ったのか、死ぬ前から仲直りしたかったのか、最後の1つであることを願いたいものです。
【staffs】
 ルー・ゲーリックの妻、エレノアを演じるのは、テレサ・ライト。ヒッチコック『疑惑の影』の主演女優でおなじみですが、『ある日どこかで(1980)』『レイン・メーカー(1997)』にも出ていたようです。『レインメーカー』に出ていたのは、気がつかなかったです(この映画も白血病の保険適用をめぐる医療裁判映画ですので、いずれとりあげます)。
 この時代のハリウッドの女優特有の、透明で無垢な美しさは、ステレオタイプな女性像とは分かっていても、痺れるものがあります。ヒッチコックの映画で主演しただけあって、シカゴの金持ちのお嬢さんという雰囲気はさすがです。色気はないけどね。
 2005年3月9日お亡くなりになりました。

【medical view】
 ルー・ゲーリックの病気は、映画では触れられませんが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。アメリカでは、筋萎縮性側索硬化症は、むしろ、「ルー・ゲーリック病」として知られています。それだけ、ルーゲーリックの突然の引退と死亡が衝撃的だったということでしょう。ALSは現在も原因不明ですが、当時は、日本遠征時に感染したのではないかだというという説もあったようです。なお、ルーゲーリックの他、ショスタコービッチや毛沢東もこの病気が原因で死亡しました。ホーキング博士もALSとして有名ですが、その病気の過程から、ALS以外の運動ニューロン疾患の可能性を指摘する神経内科医がいらっしゃいます。日本のALS患者三人とそのご家族、日本ALS協会近畿ブロックの作られたHPの中で、ホーキング博士の病を得た生活が和訳されています。
 ゲーリックは、1903年生まれ、映画に描かれているようにコロンビア大学在学中にヤンキース入団、1923~39年の17年間プレーし、2130試合連続試合、通算打率3割4分1厘、ホームラン493本、1934年には三冠王獲得など、素晴らしい記録を残しています。しかし、彼は1938年シーズン、特に夏以降、急速に成績を落とし、この年の暮れには、道路の縁石や石につまづいたり、物を落とすようになりました。1939年のシーズンは、1割台の打率で、5月2日自ら申し出て先発をはずれ、それ以降は、グラウンドでプレーすることはなかったということです(映画では、試合途中で、監督に申し出ているように見えましたが、どうなのでしょう?)。
 映画では、ゲーリックが、手指の違和感を覚えたり、スパイクのヒモをほどこうとしてつんのめったりして、発病に気がつきます。実際、筋萎縮性側索硬化症の多くは、こういった形で発症に気がつかれるようです(このほか、食べ物が飲み込みにくい、ろれつが回りにくくなるといった症状でも始まります)。この病気は、運動を支配する神経が少しずつ失われ、それに伴い、体中のあらゆる筋肉がやせていき、徐々にからだが動かせなくなり、食べ物を飲み込んだり、呼吸したりすることもできなくなります。多くは発症から全身が動かせなせなくなるまで、3~5年と急速に病勢が進みます。その後は、栄養や呼吸を摂取する手段、すなわち、中心静脈栄養や人工呼吸器によって生命を維持していくことになります。このように病気が進行しても、感覚や知能、眼球運動は維持され、失禁もほとんどみられません。
 筋萎縮性側索硬化症は「3~5年しか生存できない」と書かれている場合が多いですが、現在では、生命維持の手段を使った場合、肺炎などの疾患に注意すれば、相当長期にわたって生活続けられることが分かってきています。「3~5年しか生存できない」という言い方は、今や不正確で不適切な表現です。
 ただ、いずれにせよ、知能や感覚が保たれながら、体を意志通り動かせなくなる、大変残酷な病気です。介護も長期にわたりますから、ご本人はもちろん、家族や周囲の人たちの苦労も並大抵ではありません。そのために、自ら、人工呼吸器を使用しないことを選ぶ方もいらっしゃるということです。

 実用的な人工呼吸器が開発されたのが1929年ですが今の形式と異なり(陰圧式)、神経筋疾患に用いられるようになったのが1970年後半ということで、ルーゲーリックがこの恩恵に浴することはなかったのでしょう。日本では、1994年以降、在宅での人工呼吸器の使用が保険対象になりました。古い陰圧式の人工呼吸器通称「鉄の肺」は、コーエン兄弟「ビックリボウスキ」でご覧になれます。

 ところで、映画ではゲーリックが受診するのがScripps Clinicということになっていますが、実際に受診したのは、かのメイヨー・クリニックだったということです。1939年6月にゲーリックがメイヨークリニックを受診した際には、ゲーリックの体に異常があることは医学関係者に知れ渡っていて、メイヨーのドクターも事前に心構えをしていたということです。
【tilte, subtilte】
 「打撃王」というと、ゲーリックより、タイカップの名前を挙げる人が多いのではないでしょうか。その意味でも、余り良い邦題とは言えませんし、原題の良さを全く失った貧相な邦題ではないでしょうか。

【books】
 小長谷正明氏「ヒトラーの震え毛沢東の摺り足」を参照させて頂きました。この新書、お薦めです。広い意味の病跡学の読み物としても、とても興味深く読めます。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルは過去リリースされていたようですが、現在ではほとんど見かけません。DVDのセルがリリースされています。
【参考ブログ】
鏡の誘惑、あるいは映画
太陽がくれた季節
桑畑四十郎デン助劇場

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by harufe | 2005-08-02 08:08 | ICD G00-G99神経系の疾患

ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレHilary and Jackie (1998/UK)

G35 多発性硬化症

【staffs】監督:アナンド・タッカー
出演:エミリー・ワトソン(Jacqueline Du Pre)、ランチェル・グリフィス(Hilary Du Pre)、ジェームズ・フレイン(Daniel Barenboim)、デイヴィッド・モリッセー(Kiffer)、チャールズ・ダンス(Derek Du Pre)、Celia Imrie (Iris Du Pre)
【prises】
第71回アカデミー賞主演女優賞(エミリー・ワトソン)ノミネート、助演女優賞(レイチェル・グリフィス)ノミネート
第56回ゴールデン・グローブ賞女優賞ドラマ部門(エミリー・ワトソン)ノミネート
第52回英国アカデミー賞主演女優賞(エミリー・ワトソン)ノミネート、脚色賞ノミネート、作曲賞(アンソニー・アスクィス映画音楽賞)ノミネート、イギリス作品賞(アレキサンダー・コルダ賞)ノミネート
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 60~70年代を疾走した実在の天才女性チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの一生を、ジャクリーヌと姉のヒラリーの双方の視点から描く。
 少女時代から才能に恵まれたジャクリーヌは、天才チェリストとして喝采をあびる一方、エキセントリックな性格で、魅力的な女性。ダニエル・バレンホイムと知り合い、二人は、たちまち恋におち結婚する。しかし、ジャクリーヌは、多発性硬化症に侵され、演奏することもできなくなってしまう…。姉ヒラリーとの間の衝撃的な秘密も明らかにされる…。
【impression】
 一面的な見方かもしれませんが、普通の(といってもやや恵まれた)家族から、卓越した才能を持った子どもが天才として羽ばたくことを描くことにより、家族とは何かという問題をうまく描いているように感じました。ジャクリーヌの不幸も、淡々と描かれていて、かえってリアリティがあるように感じます。

 この映画の原作が、姉と弟の共著によるものだと知ると、このことを世の中につまびらかにせざるをえなかった姉弟の気持ちを考え、少し複雑になりました。なお、この原作や映画については、ジャクリーヌの芸術家の友人達は猛烈に抗議したようです。元夫のダニエル・バレンホイムは沈黙を守っているそうですが。
 いまだにジャクリーヌの芸術は燦然と輝き、特に ロンドン交響楽団と共演したエルガーのチェロコンチェルとでは今でも定番の1枚とされているようです。右の写真はご本人です。

【medical view】
 多発性硬化症は、その原因や治療法が十分解明されていない神経難病の1つです。電気刺激を伝達することにより、神経細胞は機能しており、いわば電線のような役割をしています。電線が絶縁物に覆われているように、神経細胞もミエリンという脂肪質により絶縁されています。このミエリンがなんらかの理由(おそらくは、自己免疫による攻撃)によって破壊されるがこの病気です。このミエリンがどこで壊されるかによって、多彩な症状があらわれます。ジャクリーンのように、運動障害や排尿障害を起こす場合もあれば、視覚障害や痛み、物忘れなどが起きる場合があります。また、病気の経過も様々で、一番多いのが再発と軽快(寛解)を繰り返す方ですが、突然全く症状がなくなる方から、ジャクリーンのように進行していく方(日本ではまれだそうです)までいらっしゃいます。とにかく、不思議な病気で、医師もその経過を予測することはできません。様々な治療が行われますが、根治する治療法はまだ開発されていません。病気の場所が古くなると硬く感じられるようになるので、「硬化症」という名前がつけられています。
 多発性硬化症は欧米の白人に多く、北欧では人口10万人に50人から100人位の患者さんがいます。日本では人口10万人に3~5人程度といわれています。神経難病の中でも決め手となる検査がないため診断が難しく、他の疾患でないことが確認された上でこの病気と診断されます。
 詳細は、多発硬化症の情報提供を目的に多発硬化症の患者さんと家族が設立したNPO法人MSキャビンのページをご参考下さい。
【tilte, subtilte】
 今となっては、原題の”Hilary and Jackie”というタイトルは、大統領夫人みたいですね。英語のタイトルで”○○ and ○○”というのは比較的多いような気がします(単に、” JULES et JIM”“ Bonnie and Clyde”を思い出しただしたのです)が、いずれも、「突然炎のごとく」とか「俺たちに明日はない」とか文章系のタイトルになってしまいます。「タッキー&翼」が人口に膾炙してから変わるでしょうか。
 原作の翻訳「風のジャクリーヌ」じゃあ、だめだったのでしょうか。配給会社の方で、「ジャクリーヌ・デュ・プレ」の名前の方が客を呼べると思ったのでしょうかね。

【books】
ジャクリーヌの姉と弟共著の原作が「風のジャクリーヌ ある真実の物語」として邦訳されています。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 DVDはセルのみ。ビデオがレンタル&セル。レンタルビデオを置いているショップは多くないです。興味のある方は、少々高額ですが、DVDの購入をお勧めします。


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by harufe | 2005-07-11 20:47 | ICD G00-G99神経系の疾患

1リットルの涙 (2004/Jpn)

G31.9 神経系の変性疾患,詳細不明(脊髄小脳変性症)

【copy】
耐えておくれ、私の涙腺よ――
悔しかったらやればいいじゃん。
負けとったら、いかんじゃん。

【staffs】監督:岡村力
出演:大西麻恵(木藤亜矢)、かとうかずこ(木藤潮香)、鳥居かほり(山本纊子)、パン屋のおばさん(松金よね子)、寮母(芦川よしみ)、木藤瑞生(浜田光夫)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★★-(4minus per5)
【prot】
 1977年のある日、中学三年生の亜矢は、登校途中に思いがけずバランスを失って転倒してしまう。ケガを診察した医師は、その不自然な転倒ぶりに、専門医の診察を薦めた。大学病院での診察で、亜矢の母は、彼女が脊髄小脳変性症であることを告げられる。進行性で最終的には運動機能を失う病魔に襲われた亜矢は、健気に懸命に生き抜く。
 実在した亜矢さんと彼女の母の日記・手記を原作とした感動作。
【impression】
 大西麻恵の迫真の演技が素晴らしい上に、邦画の医療映画としては、相当高いグレードにあると思います。安易なお涙頂戴作品ではなく、リアリティも設定も演技も、きちんとしていて、興ざめすることなく、亜矢さんの生き方に感動し、勇気づけられます。
 ただし、折角ここまで頑張ったのだから、大西の眉が整形され、耳にピアス穴があるのも、誰かが止めるべきだったのでは(昭和50年代にそんな中学高校生はいなかった)。あとは、舞台然としたお芝居をする役者さんがいて、やや興ざめでした。
【staffs】
 大西麻恵さんは、TVドラマ、CM、雑誌などで、時々顔を出しておられたようですが、この主演が最初の大きな役で、「新人起用」という扱いのようです。今年からグリーンチャンネルの「うまくら」でキャスターを務めておられますが、この映画の亜矢役とは全く違うイメージの、普通の可愛い女性です。ひょっとしたら、ものすご~い女優さんかもしれません。

【medical view】
 実在の亜矢さんは14歳の誕生日から20歳まで46冊にも及ぶ日記を書きつづり、25歳10か月でお亡くなりになっています。脊髄小脳変性症の説明は田辺製薬さんが作成されたパンフレットが分かりやすいです。
 ただ、同じ病名でくくっていても、発症年齢や経過も含め、相当様々な種類があります。亜矢さんの病気は、脊髄小脳変性症の中でも相当早い経過を辿っており、孤発性で多系統障害型(遺伝とは関係なく、より重症で経過が早い)のものだったのだろうと思います。脊髄小脳変性症は、神経難病の中でも遺伝の関与が大きく、その割には原因解明や治療が最も遅れている疾病の1つといえると思います。下の写真は養護学校へ転校したころの亜矢さんです。電動車椅子に使用しておられます(文庫版「1リットルの涙」より)
 ちなみに、映画にも登場していた亜矢さんの主治医は、現在の藤田保健衛生大学の山本纊子教授です(パンフレットにも病気の解説を書いておられました)。亜矢さんのお母さんは豊橋保健所の保健師で(どうして映画で全く触れていないのか不思議だが)、亜矢さんの病気をしった上で、当時厚生省特定疾患・脊髄小脳変性症調査研究班長である名古屋大第1内科教授のもとを受診、そこで当時名大勤務の山本先生に出会ったということらしいです。
【tilte, subtilte】
 映画のタイトルは原作のタイトル。亜矢さんの症状が進み、それまで通っていた県立高校から養護学校に転校する際に、「決断を自分に下すのに、少なくとも、1リットルの涙が必要だったし、これからはもっといると思います。」と書いています。そこから、このタイトルをとったのでしょう。

【books】
 原作となった亜矢さんの日記と亜矢さんのお母さん潮香さんの手記が文庫で出版されています。
【videos, DVDs入手しやすさ】-
 まだ上映中ですが、多分DVD化されることと思います。

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by harufe | 2005-07-08 21:40 | ICD G00-G99神経系の疾患

ヴァージン・フライト The Theory of Flight (1998/UK)

G12.2 運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)

【staffs】ポール・グリーングラス監督
ケネス・ブラナー(Richard)、ヘレナ・ボナム・カーター(Jane Hatchard)、ジェンマ・ジョーンズ(Anne)
【prises】
1999年ブリュッセル映画祭最優秀外国映画賞
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 画家くずれのリチャードは、乗り越えられない自分を乗り越えるために、ビルの屋上から自作のグライダーで飛ぼとするが、あえなくダイブ。罪に問われた彼は、保護監察処分の代わりに120時間の社会奉仕活動を命じられる。
 彼が派遣された先は、MND(運動ニューロン疾患=ALS)で体の自由が奪われた車椅子のジェーン。身勝手で、リチャードに毒づく彼女だったが、自分を特別視しないリチャードに心を許すようになり、彼にヴァージンを捨てたいという望みを打ち明ける…。
【impression】
 実は、私は、劇場ではなく、しかも吹き替えVを見てしまったので、この映画を評価する資格はありません。
 ただ、エキセントリックな性格のリチャードを描くのが中途半端になっていて、結果的にジェーンの内面に十分触れることができない感じがします。リチャードのような性格を持ってこないと、この映画がお涙頂戴の陳腐なものになることは容易に想像できるのですが、それにしても、なんとなく不全感が残りました。
【staffs】
 若きALSの女性を演じるヘレナ・ボナム・カーターは、いかにもイギリス女優という印象を受けました。なんというか、演技に芯ががあって、シェークスピアとかやってそうな感じです。単に、日本でもヒットした『眺めの良い部屋』での演技(下写真)や、実際映画『ハムレット』に出演している(アメリカ映画だけど…)という先入観からきているのかもしれませんが。ただ、ティムバートンの『猿の惑星』にも出てたんですよね。確かに、サルメークは似合います。
  本作で共演しているケネス・ブラナーとは、私生活でもパートナーとのことです。むしろネガティブな影響が出ているような気もします。

【medical view】
 障碍を持った人を映画や本などで取り上げると、どうしても美しい感動的な話になりがちです。この映画は、そういった意味でかなり異色な映画といえましょう。
 障碍を持つことによって、純粋な心を持つことになる人もいるかもしれませんし、悟りを得る方もいらっしゃるかもしれません。しかし、大多数の方は、一般の人と変わらない欲望や欲求を持つのが当たり前なんであり、障碍をことさら美しく取り上げようとする側の方に問題がるように思います。私自身のことを考えると、今のところ若干の近視以外の障碍は持っていませんが、もともと薄汚れた心の持ち主であり、かりに生活がかなり制限されるような障碍を持ったとしたら、かえって相当ひねくれるのではないかと思います。
 この映画では、ジェーンが相当悪態をついていますが、決して、意固地になっているとか、ひねくれているというわけではありません。性に関する望みを口に出していても、歪んだ欲求ではなく、年相応の女の子が普通に考える素直で純粋な望みだと思います。それが映画になってしまうというのは、つまり、障碍を持つ人が普通の欲求を持つことが、特別なことに感じる人が多いということなんだろうなと思ったりします。三好春樹さんあたりが、この映画を感心して著書で取り上げたりしていますから、世の人のレベルも推して知るべしということなのでしょうか。

 「運動ニューロン疾患」という言葉は聞き慣れない病名かもしれませんが、代表的なものが「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と聞くと、分かる方がやや増えるでしょうか。ALSは、平たく言えば、運動する神経が変性し筋がやせ細り、体を動かしたり、べったり、飲み込んだり、呼吸したりが、徐々に出来なくなります。多くは発症から数年のうちに、人工呼吸器の助けを借りないと生存できなくなる…という大変困難を伴う病気です(この部分は、『打撃王』を書くときに詳しく書く予定です)。
 ALSは、介護保険の特定疾患にもなっているからお分かりのように、通常は、中年期以降に発症します。ジェーンの発症は10代後半ですから、ALS以外の運動ニューロン疾患も考えるところですが、その進行からみて、やはりALSの可能性が高いように思われます。
 実は、ALSの多くは、遺伝とは無関係に発症しますが、一部に家族性のものがあり、その中のいくつかは若年発症するのです。若年発症する家族性ALSには、常染色体優性遺伝するもの(父母のどちらかがALSなら子どもが全てALSを発症する)と常染色体劣性遺伝するもの(父母がどちらもALSなら子どもが全てALSを発症する)とがあります。ジェーンのお父さんが映画に出てきませんが、おそらくは、映画に出てきていないお父さんが家族性ALSを発症して(つまり、常染色体劣性遺伝)、ジェーンと同じく若くしてお亡くなりになったという設定が考えられます。そうすると、ジェーンのお母さんとの出会いや、ジェーンの誕生にも秘話がありそうです。
 なお、ALSは経過と共に筋肉がやせてきますので、役作りのためには、もっとやせているべきかもしれません。
【tilte, subtilte】
 The Theory of Flightという原題を、ヴァージン・フライトとするのは、やっぱり、相当変ですよね?

【books】
ノベライズが出版されていましたが、絶版です。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルはビデオのみ、置いてあるショップも余りありません。ただ、DVD、ビデオともに販売されていますので、興味のある方はそちらを。

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by harufe | 2005-07-04 09:59 | ICD G00-G99神経系の疾患

誤診 :... First Do No Harm(1997/US)

G40.3 全身性特発性てんかんおよびてんかん(性)症候群
G41.0 大発作性てんかん重積(状態)


【staffs】監督: ジム・エイブラハムズ
出演: メリル・ストリープ(Lori Reimuller)、フレッド・ウォード(Dave Reimuller)、セス・アドキンス(Robbie Reimuller)、アリソン・ジャニー(Dr.Melanie Abbasac)
【prises】
1997年エミー賞ミニシリーズ・特別番組主演女優賞(メリル・ストリープ)ノミネート、1998年ゴールデングローブ賞TV映画主演女優賞(メリル・ストリープ)ノミネート、1998年ヤングアーティスト賞最優秀ファミリーTV賞受賞、最優秀10歳以下最優秀男優賞(セス・アドキンス)受賞
【my appraise】★★★+(3plus per5)
【prot】
 三人の子どもに恵まれ幸せに暮らす一家。ある日幼い末っ子ロビーが発作を起こし、保育園を早退する。それはてんかんの重複発作の始まりだった。
 ロビーのてんかんは難治性で、あらゆる薬を試みられるが、効果なく、逆に薬の副作用でますます衰えていく。医師は、外科的手術を進めるが、医師の治療に疑問を持つ母親は、自ら図書館で治療法を勉強始める…。
 実話に基づいて作られた作品。
【impression】
 なんといっても、メリル・ストリープの演技が光ります。また、それを超えるのが、ロビー役のセス・アドキンスの演技です。
 ただ、この二人の演技が余りにも真に迫っているので、逆に、下に述べるミスリーディングが心配になります。

【medical view】
 医学的な考証はきちんとしていると思いますが、ミスリーディングな内容です。
 この映画を見た多くの人は、「やっぱり病院って怖いなあ」と思うし、「医者を信じて治療を受けるのは止めた方が良いな…」と思うのではないでしょうか。また、ケトン食療法が、てんかん治療の切り札のように感じる人がいるかもしれませんし、外科的治療に対する嫌悪を感じる人がいるかもしれません。
 確かに、ケトン食療法は、乳幼児の難治性てんかんにとって、選択しうる1つの有効な治療法であるようです。しかし、副作用というか危険性も高く、一部の人に限られた効果しかあげられていません。むしろ、外科的療法の方が有効な人も多くいます。

  ただ、ケトン食療法が、なぜ難治性のてんかんに効果を示す場合があるのかが、いまだ、科学的には不明なのです。 ケトン食療法は、断食により、てんかん発作がなくなる/弱まる場合があるという事実から、19世紀に始まっていたのだそうです。 断食期間は、血糖が尽き、体内の脂肪をどんどん燃やし始めます。そのために、体内にケトンが代謝される(脂肪の種類にもよるが)。 であれば、低炭水化物食、高脂肪食によって、同様な効果があるのではないか…という思いつきから始まったのだと思います。 ただ、そもそも、なんでケトンが、脳の異常発火(てんかん発作)を抑制する効果があるのは、今にいたっても謎なのです(仮説すらない)。

 それから、映画でも散々出てきたように、「二重盲検法」でもその効果が確認されていないのです。ですから、例えば、クリニカル・エビデンスISSUE9 (代表的な疾患の治療法について、最新の科学的な証明をしめしたドキュメント。イギリスで発行され、イギリスでは医師、医学生及び一般市民が、日常的に用い、米国では50万人の医師、イタリアでは30万人の医師に対して、公的機関が配布している。) にも、ケトン食療法は掲載されていません。このように、ケトン食療法は、「非科学的な代替療法」と言い切ってそう問題はないと思います。

 「科学的な理屈付けがしっかりしているか」というのを「妥当性」、「統計的に裏付けられたきちんとしが比較を行って、ちゃんと効くことが証明されているか」というのを「信頼性」という言葉で表せば、 ケトン食療法には、妥当性も、信頼性もない治療法ということになります。 ロビーの両親の友人の医師が、主治医に対して、「複数剤併用も開頭術も二重盲検法で確認されていないじゃないか」と反論され、主治医が黙っちゃいますが、 複数剤併用も開頭術も、「信頼性はないが、妥当性はある」ということで、大きく異なります (なんで、それを反論しないか不思議だったが)。

 さらに、TVMだと、ケトン食療法は、誰にでも効果がある魔法の治療法のように描かれていますが、実際には、効果があるのは半数程度(厳密に科学的ではないのですが)、 ですし、また極端な食生活のため継続できない人も一定割合いるようです。 それに、ケトン食療法は、「no harm」という点では、開頭術に比較すれば優れていますが、結構危険性があります。このように、科学的思考をとる医師であれば、 積極的には推薦したくない治療法であることは、理解できます。 ロビーの場合は、結果的に、ハッピーだったわけですが、主治医が心配していたように、逆効果となった可能性も否定できません(当然、ケトン食療法が全く効果が無く、外科的治療が著効がある子どももいます)。

 この映画から得られる教訓は、「病院は怖いところ」ということでもなく、「外科治療は恐ろしい」ということでもなく、「食餌療法が信頼できる」ということでもありません。医療側がいかに正しいという「科学的な確信」を持っていたとしても、患者や家族が、自ら治療法を選択するということに、医療がどう折り合いをつけていくのか、ということだと思います。
 この当たりは、「ロレンツォのオイル」のところで参照した、李氏の言及をご参考下さい。
 ケトン食療法については、下のページを参照下さい。
日本てんかん協会の説明ページ
長崎てんかんグループの説明ページ

 この映画でも、フレッド・ウォード演じる父親の保険のせいで、最初に入院した病院を退院して、郡立病院に転院せざるをえないといった、アメリカ独特の制度上の問題が出てきます。
 【tilte, subtilte】
 原題"…first do no harm"は、「(患者を)何よりも傷つけてはならない」「治療に副作用はつきものだからといっても、治療がかえって害を与えることにならないかを慎重になるべきである」という意味です。 この言葉は、一般に、『ヒポクラテスの誓い』のフレーズとされ、医療従事者(特に医師)であれば誰もが知るフレーズです (『ヒポクラテスの誓い』は、医学の父と呼ばれるヒポクラテスが、医師の基本的な理念を語ったものです)。 TVMの中でも、冒頭、医学生の卒業式で登場しています。 しかし、実は、"…first do no harm"というフレーズは『ヒポクラテスの誓い』の中にはありません。 "I consider for the benefit of my patient and abstain from whatever is harmful or mischievous."という大変類似したフレーズはあるのですが…。 なぜこんなことになっているのか、とても不思議だったのですが、海外でも同じ事情で、それについて、言及しているサイトを見つけましたのでご参照下さい。
 しかし、それにしても、邦題「誤診」はひどい。 この作品の内容には全く一致しないタイトルです。 というのも、出てくる医師は、誤診はしていませんし、もちろん「医療過誤」「医療ミス」も起こしておらず、あえていえば「医療被害」ということになるでしょうか。 映画を見ていただければ、分かりますが、この当たりをごっちゃにされると、制作者たちが描きたかったことがずたずたにされてしまいます。
 それから、字幕についてですが、「ケトン食餌療法」とは普通言わないと思います(「ケトン食療法」が正しい)。 また、テグレトール、デパケンといった薬品名を、テガトール、デパキーンとするなどの細かい誤りがあります(日本で通用している呼称と英語読みとは違う)。 こういう作品を扱うのであれば、きちんと考証を受けるべきです。 。

【books】 
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 レンタル&セルDVDがリリースされています。昔のレンタルビデオもありますが、DVD、ビデオ共に置いてあるレンタル・ショップは余り多くないです。

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by harufe | 2005-06-20 12:51 | ICD G00-G99神経系の疾患

レナードの朝: Awakenings(1990/米)

 G21.3 脳炎後パーキンソン<Parkinson>症候群

【staffs】監督 : ペニー・マーシャル
出演 : ロバート・デ・ニーロ(Leonard Lowe)、ロビン・ウィリアムズ(Dr. Malcolm Sayer)、ジュリー・カヴナー(Ealenor Costello)、ルース・ネルソン(Mrs.Lowe)、John Heard ジョン・ハード(Dr._Kaufman)、ペネロープ・アン・ミラー(Paula)
【prises】
1990年アカデミー賞作品賞ノミネート、主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)ノミネート、脚色賞(スティーヴン・ザイリアン)ノミネート:ゴールデン・グローブ賞ドラマ主演男優賞(ロビン・ウィリアムズ)ノミネート:NY批評家協会賞主演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)受賞
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 研究者志望のセイヤー医師は、勘違いから自分の希望とは異なる精神神経科の慢性病棟に勤務することになった。その病棟で、彼は、嗜眠性脳炎に罹患後、強度のパーキンソン症候群となり、全く動きを失った患者達の集団に出会う。
 セイヤー医師は、新しく開発された薬Lドーパを、その中の1人レナードに試みる。最初は効果がないかにみえたが、ある朝レナードは奇跡の復活をみせる。数十年ぶりに目覚めたレナード。奇跡に歓喜する本人と母、そして病院スタッフだったが…。
【impression】
 デ・ニーロの役作りには逸話はつきませんが、この映画も、彼の逸話の1つに加えられるものです。この作品は、神経科医である原作者がコンサルタントとしてこの映画に関わっているのですが(後述)、彼もデ・ニーロはうまさには舌を巻いた、と原作の改訂版に著しています。
 原作にはなかったレナードのラブロマンス、ポーラ(ペネロープ・アン・ミラー→右写真)との出会いなどが加わることで、病気の残忍さと人間の強さのコントラストが見事に描かれています。

【medical view】
 私は、原作を読む前に、劇場でこの映画をみました。
 映画を最初に見た時、レナードの状態が悪くなるにつれ、レボドパを増量するセイヤー医師に姿に、いたたまれない気持ちになりました。というのも、セイヤー医師が、新薬レボドパを増量する気持ちには共感するものの、それは現代の医療では相当問題のある投与法だからです。例えば、レナードが苦しめらる幻覚や不眠といった症状は、典型的なレボドパの副作用です。にもかかわらず、レボトパを増量するのは、医学の進歩の過程としてはやむをえないとしても、その犠牲となったレナード達の患者への同情を禁じ得ませんでした(ちなみに、レボドパ(L-ドーパ)という薬は、現在もパーキンソン病および、」パーキンソン症候群の治療の中核をなす薬です、レボドパは、神経学や神経化学の基礎的な教科書に必ずとりあげられほどの薬ですので、その作用・副作用については、ここでは述べません)。

 ところが、映画では、セイヤー医師の実験的な治療が断罪されることはなく、最後までセイヤー医師の「ヒューマニズムに溢れた」医療が賛美されるのです。
 これはいくらなんでもおかしい。原作者だって、おそらく、自分の過ちを断罪しているに違いない。映画監督やハリウッドの間違った脚色だ。…私は、やや憮然としながら、原作を紐解いてみました。
 しかし、原作を見ると、更に、驚く事実がありました。なんと、原作者であり、セイヤー医師のモデルであるオリヴァー・サックス医師は、映画のセイヤー医師以上に、現在からみると極めて問題のある「治療」を行っていたのです。具体的には、現代では禁忌とされているレボドパ大量投与や突然の投与中止が行われていたのです。サックス医師が著述した患者はしばしば突然死していますが、これはレボドパの大量投与による悪性症候群が原因と疑われる患者が少なくありません。セイヤー医師の治療は、現在からふり返ると、「人体実験」に近い行為です。
 もちろん、サックス医師がレボドパで治療を行っていた時点では、これらの治療法が、かえって症状を重くし、重篤な副作用をもたらすことは知られていなかったのだと思います。また、レボドパの効果が明らかに大きく、医療倫理の面からみても、「行きすぎ」と非難すべいことではないように思います。ちょうど、外科手術がはじまった頃、ろくな消毒をしないで行ったために、患者が助からなかったようなもので、単純に今の基準で非難すべきではないでしょう。サックス医師の行為は、「新しい方法を治療に応用する場合には、予想される効果、危険性及び不快さを、現行の最善の診断法や治療法による利点と比較考慮しなければならない」という医療の倫理綱領(ヘルシンキ宣言)に照らし合わせても、間違っているとはいえません。
 しかし、このような、いわば、形式的な問題はともかく、自分の実験的医療が、多くの犠牲者を出していた可能性があることがことが分かってくれば、当然、サックス医師は、自分自身を断罪すべきと思います。「レナードの朝」を執筆した時点(1973年)では無理だったかもしれませんが、現在の版(1990年)では、そのことは十分分かっていたはずですから。
 しかし、サックス医師は、著作の中で、自分の治療の誤りについては一言も述べていません。版が改められるたびに、膨大な注釈が加えているにもかかわらずです。唯一、日本語文庫版の背表紙に「この薬には知られざる「副作用」があったのだ」と書かれているだけです(これは、日本の出版社が書いた文章です)。
 私は慄然としました。映画が間違っているのではなく、原作者そのものが自分を断罪していなかったのです。
 そういえば、映画の中では、レナードへのレボドパ投与量は最大1回1000mgまでしか増量していませんでした。現在わが国では1日投与が最大1500mgですから、欧米人を想定すると大きな問題とはならない量なのかな…と観ていた。しかし、原作ではレナードには1回5000mgも投与しているではありませんか。これを映画では敢えて1500mgまでしか増量していないのは、明らかにサック医師が「分かっていてわざと隠している」としか思えません。

 医療の進歩はトライアルの上に成り立っているものです。医療が進歩し、新しい治療法が生まれるたびに、その「実験」となっている患者の存在があります。もちろん、先にあげたヘルシンキ宣言に乗っ取ることはもちろん、患者に害がもたらされることはできる限り避けなくてはなりません。
 それでも、そもそもあらゆる医療は大なり小なり「害」をもたらすものです。開発されたばかりの医療は、どんなに慎重に実施したとしても、予期できない副作用を避けることはできません。特に、レボドパのような画期的な効果がある新薬が、知られざる副作用を持つとすれば、それが多くの犠牲をもたらすのを防ぐことは難しいように思えます。
 映画「レナードの朝」は、本来、そういう点を考えさせてくれる映画なのだと思います。我々が、原作者の過去のレボドパの使用の誤りそのものを断罪すべきではありませんが(そうでないと、医学の進歩はありえなくなってしまいます)、本人や医療従事者がそれをふり返ったとき、「手続きの正当性」に甘んじるのではなく、「結果責任」に対して、真摯な気持ちで反省すべき点だと思います。そういった謙虚な姿勢が失われ、医療従事者の奢りが頭をもちあげた時、「手続きの正当性」の主張は、人類にとって害をもたらす可能性すらあります。

 この映画は、どうひいき目に観ても、原作者の「医療事故」は隠蔽するような内容になっているのがとても残念です。「熱意だけの医療は偽善と医療ミスしか産まない」として観てしまう私は、へそ曲がりでしょうか。
 こういった点は、本国アメリカでは、どのように取り上げられているのでしょうか。私は寡聞にして知りません。

 ところで、レナードの強烈なパーキンソン症候群の原因疾患である嗜眠性脳炎は、過去大規模な流行が何度もあったようです。しかし、なぜか1928年以降大規模な流行はないそうです。ということは、突然、また流行が起きるかもしれない…ということですね。
 本当に、感染症というのは、恐ろしいものです。

【tilte, subtilte】
 原作及び映画の原題であるAwakeningsは、直訳すれば「目覚め」。嗜眠性パーキンソン病による強度のパーキンソン病からの「目覚め」を表現しています。
 「レナードの朝」という邦題も悪くはないですね。

【books】
 この映画は実際の患者について、サックス医師が著した原作をもとに製作されています。原作では、20名の患者についての生活歴、病歴、治療歴を示しており、レナードはその1人に過ぎません。
原作には、患者の表情や日常の様子を示した写真が掲載されており、病気の持つ独特の雰囲気を伝えてくれています。
【videos, DVDs】
 最近の大変著名な作品で、どのショップにも必ずレンタルDVDが置いてあると思います。

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by harufe | 2005-01-10 16:47 | ICD G00-G99神経系の疾患

アイリス:Iris (2001/英)

G30.1 晩発性のアルツハイマー<Alzheimer>病
F00.1 アルツハイマー<Alzheimer>病の痴呆,晩発性


【staffs】監督 : リチャード・アール
出演: ジュディ・デンチ(Iris Murdoch)、ジム・ブロードベント(John Bayley)、ケイト・ウィンスレット(Young Iris Murdock)、ヒュー・ボネヴィル(Young John Bayley)
【prises】2002年アカデミー賞、主演女優賞(ジョディ・デンチ)ノミネート、助演男優賞(ジム・ブロードベント)受賞、助演女優賞(ケイト・ウインスレット)受賞 :ゴールデン・グローブ賞助演男優(ジム・ブロードベント)受賞、英国アカデミー賞主演女優(ジョディ・デンチ)受賞
【my appraise】★★★★(4per5)
【prot】
 若き日のアイリスは、小説家をめざし、知的で、奔放で、複数の男性とつきあう魅力的な女性。ジョンは、そんなアイリスに惹かれたがために、彼女に振り回される日々。しかしアイリスが選んだのは、ジョンだった。
 熟年夫婦となった二人、ジョンのアイリスへの崇拝は変わらない。アイリスは、小説家として成功し、ジョンも大学教授。アイリスは20世紀を代表する作家の1人として尊敬を集め、充実した日々を送っている。
 そんな日々、アイリスの異常に自らも、周囲も気がつく。アルツハイマー病を発症したのだ。アイリスを必死に勇気づけ、介護につとめるジョンだったが…。
【impression】
 主人公のアイリス・マードックは、実在の方(1999年お亡くなりになりました)で、20世紀のイギリス文学を代表する女流文学者とのことです。 日本でも「ユニコーン」とか、何冊かが訳出されています(私自信は、残念ながら読んだことがないのです)。
 映画は、若い時代のアイリスとジョンと、年老いて後のアイリスとジョンの話が同時並行的に進みます。 若きアイリス(ケイト・ウィンスレット!)は、多くの男性と同時並行的につきあい、性的にも奔放です。一方のジョンは、おどおどして、ぶきっちょでアイリスに振り回される一方、ただ、アイリスへの想いは誰にも負けません。 そして、アイリスは、最後にジョンを選びます。 このあたりジョンのアイリスへの崇拝の一途さと、若きアイリスが自分自身に抱く「恍惚と不安」がうまく描かれていているため(ケイト・ウィンスレットがうまい!)、 ジョンとアイリスが結びつくところが、とても自然に写ります。
 ジョンがアイリスを自転車で追いかけるシーンは、映画CMにも使われましたが、『突然、炎のごとく』の場面を彷彿とさせる美しい場面です。
 そして、老いて後のアイリスとジョン。アイリスは作家として成功し、オピニオンリーダーとして確固たる地位と賞賛を得ています。 夫のジョンも大学教授として活躍しますが、アイリスへの崇拝ぶりは全く変わりません。ジョディ・デンチ演じる老いて後のアイリスは、毅然として、若き日のアイリスと、ダブりながら、それでいて、また違う女性としての魅力に満ちています。
2人に子どもはいないようですが、老いた二人の愛の形に、見ている方は引き込まれていきます。 しかし、この幸福は、アイリスがアルツハイマー病を得るところから、大きく様変わりをしていきます…。
 この映画、内容的には、感動する人と、感動しない人がいると思います。ある種の喪失体験を抱えた(「経験した」ではなく)人の方が、この映画の意味は伝わりやすいように感じます。
【staff】
 上の文章からお分かりのように、私は、ケイトウィンスレットのファンです。
 この映画では、裸身を晒して、体当たりの演技なのですが、意外に豊満というか、デブなのでした。多分、役作りにかけては、ロバート・デニーロ並の彼女のこと、きっと役作りなのだろうと思います…。

【medical view】
 痴呆を扱ったシネマは、少なからず存在しています(東芝ケアコミュニティさんのページに、痴呆以外の高齢者介護を含め、ある程度網羅されています)。ドキュメンタリーでも、なかなか見られる機会が少なくなってしまったのですが、もはや古典となった羽田澄子監督「痴呆性老人の世界」 (1986)などが優れた作品です。
 それらは、確かに、痴呆を描き、それをモチーフとした映画ではあるのですが、何か物足りないものを感じていました。この「物足りなさ」の正体が何なのか、自分でもよく分からなかったのですが、『アイリス』を見て、その疑問が解決しました。

 「痴呆の高齢者のケアは、家族がする方がかえって難しい」、とよく言われます。これは、家族が、痴呆になる以前のその人の人格や生き方を知るだけに、この人がこんなはずはない…という想いを強く抱くからだということです。
 痴呆は、その人の記憶を奪い、その人の人となりすら変えてきます。 愛する妻や夫そして、父や母が、自分の描いていた人でなくなってしまうということです。 その中で、手あかにまみれた言葉ですが、「愛がためされる」ということが起きるのではないでしょうか。相手との関係が深ければ深いほど、相手との時間や記憶、そして相手そのものが失われていくことは、とても耐え難いものに違いありません。 ある種の喪失体験に通じる、つらい体験であるような気がします。
 ジョンのアイリスへの崇拝が、若い時代から二人の愛のフレームでした。 そこには、毅然として振る舞うアイリスと、それを無制限で認め、賞賛するジョンがありました。それが若き日から老いて後まで一貫してきたことが、映画では表現されています。アイリスのアルツハイマー病は、それを根底から崩しかねないものだったのです。 そこに、「痴呆のケアの大変さ」で終わらない、大きな問いかけを私は感じます。
 この映画は、英国のアルツハイマー病協会からも表彰されています(DVDにはその内容も納められています)。したがって、ジョディ・デンチの演技力を含め、アルツハイマー病を理解するためにも悪くない映画だと思います。
ただ、この映画、単に「痴呆を理解する」ために見るには勿体ない映画です。まずは、アルツハイマー病を描いたフィルムというより、アイリスとジョンの愛の形を描いたフィルムとして見るべきだと思います。そして、2人の愛の形から、痴呆というものをより良く理解できるようになるのではないかと思います。これはこの映画が、映画としてもオスカーの主要3部門にノミネートされているように、なかなかよくできているからでもあるでしょう。

 ところで、映画の中の「痴呆」は、既に主題としてよりも、背景として使われることも多くなっています。例えば、ジェリー・ザックス「マイ・ルーム」(1996/米)、ロドリゴ・ガルシア監督「彼女を見ればわかること」(1999/英)、今村昌平 「赤い橋の下のぬるい水」(2001)、佐々部清「半落ち」(2003)などです。
 これも高齢化が進んだ先進国における現象ということなのでしょうか。
【tilte, subtilte】
 タイトルは言うまでもなく主人公の名前です。
 邦題に、よくぞ副題をつけなかったものだと思います。うっかり「愛がためされるとき」とか、つけられそうですが。

【books】
 原作は、アイリスの夫で文学研究者でもあるジョン・ベイリーが著した“Elegy for Iris(アイリスへの挽歌)”です。この本は、「作家が過去を失うとき アイリスとの別れ 1」「愛がためされるとき アイリスとの別れ 2」という邦題で、2分冊で訳出されています。
【videos, DVDs】
 レンタルDVDがリリースされています。日本では単館上映だったこともあって、比較的ショップに置いていないようです。こういうときは、DISCASが便利です。
 なお、本作とは直接関係ありませんが、映画照明技師である渡辺生氏が自分の妻トミ子さんを映した「おてんとうさまがほしい」(1995)風 流れるままに アルツハイマー病の妻と生きる」(2000)の2部作(特に「風 流れるままに」の方)は、アイリスと同様な観点で、大変興味深い作品です。

【おことわり】
 「痴呆」の用語は、昨年暮(04/12/24)厚生労働大臣の通達により今後法令等で、「認知症」と変更される予定です。→新聞報道、→役所の通達。これにともない、マスコミ各社も「認知症」の用語を用いることと思われます。ただ、このブログを書く時点では、「認知症」という用語が馴染まないので、「痴呆」とさせていただきました。痴呆性高齢者という言葉も、10年前に使われるようになった言葉(以前は、「痴呆性老人」という言葉しかなく、「痴呆性高齢者」という言葉はなかったのです)なのですが、時代の変化は早いです。
 なお、念のためですが、痴呆の原因の多くがアルツハイマー病であるだけで、両者は同義語ではありません(特に日本では、アルツハイマー病以外の脳血管性痴呆が、痴呆の原因としては多い)。

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by harufe | 2005-01-03 07:13 | ICD G00-G99神経系の疾患