コーマ coma (1978/US)

臓器移植、脳死、臨床研修制度

【staffs】監督・脚本 :マイケル・クライトン
出演:ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド(Susan Wheeler)、マイケル・ダグラス(Dr. Mark Bellows)、エリザベス・アシュレー(Mrs. Emerson)、リップ・トーン(Dr. George)、リチャード・ウィドマーク(Dr. Harris)、ロイス・チャイルズ(Nancy Greenly)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 スーザンはボストン記念病院で実習する優秀な医学生。同じ病院で働く恋人のマークは、チーフレジデントを目指し野心満々の研修医。
 ある日、スーザンの親友ナンシーが、ボストン記念病院で人工妊娠中絶を受けるが、全身麻酔から覚めず、植物状態になる。確率的には起きること、というマークの説得にも、スーザンは納得しない。
 スーザンは、なにか原因があるはずだと、他の昏睡患者のカルテを調べ始めるが、そこで発見したものは…。
医療サスペンス小説の泰斗にして医師のロビン・クックのベストセラーを、同じく医師で、後の大ヒットメーカー、マイケル・クライトンが監督を務めた作品。
【impression】
 「良質なB級サスペンス」といったところだろうと思います。
 見て損はないでしょう。
【staffs】
 後半、主演のジュヌヴィエーヴ・ビジョルドが大活躍する活劇となります。彼女、1999年「氷の接吻」以来、見かけなくなりましたが、「1000日のアン」 (1969)ではオスカーでノミネートされるなど、70年代に活躍した女優。一部に熱狂的なファンもいたようです。
 それから、エド・ハリスのデビュー作がこれ。そのほか、トム・セレックモも出ている。マイケル・ダグラスを含め、みんな若い。

【medical view】
 この映画が封切られた時代には、免疫抑制剤シクロポリンの開発など、臓器移植技術が飛躍的に向上しました。その結果、臓器移植が「手軽」になりつつあり、そのニーズがどんどん高まりつつありました。この映画のやや後の数字では、1983年に全米で172件だった心臓移植件数は、1997年には2292件になっています。
 一方で、皮肉なことに、交通事故防止対策が成功すると、健康で臓器移植に「都合」の良い臓器が得られにくくなります。需要増加の一方で、供給が極端に不足してくるということです。結果として、現在では、それまで諦めていた死に、希望が生まれ、一方で絶望が生まれるという現象が生じているのです。
 この映画は、このような将来を見透かしたように「臓器工場」を素材にしてサスペンスを構成しており、ロビン・クックらしい先見性をいかんなく発揮しています。
 ところで、この映画では、遷延性意識障害を「生産」し、その患者から臓器を調達する仕組みが想定されています。一般に、この遷延性意識障害と、脳死状態が混乱されている場合が多いようです。しかし、両者は、全く異なるものです。「脳死」は脳幹が活動を停止し脳波がフラットになっており、人工呼吸器に接続しない限り生き続けることができない(また、人工呼吸器に接続したとしても、数時間から数日のうちに死に至ることが多いとされている)状態であるのに対し、「遷延性意識障害」は、意識がなく、栄養は中心静脈栄養など輸液に頼ることになるが、呼吸は自発的で、脳も活動している状態です(「植物状態」と呼ばれることがあります)。「遷延性意識障害」のままで、何十年も生き続ける人も決して珍しくなく、希に意識レベルが回復することもあるとされています。
 ということで、両者には決定的な差があり、日本を含め、脳死を死と認め、臓器提供者となっているのに対して、遷延性意識障害を死と認める国はありません。ただ、脳死は明確な線引きができるのかというと、やはり心臓死に比べれば曖昧なところが遺っていることは間違いないようです。
 人工呼吸器と高カロリー輸液の2つによって、それまで当然死を迎えていた人々が救われるようになったことは、すばらしいことです。しかし、これらによって、人間の生と死が曖昧になり、倫理的な課題を新たに生じさせていることは間違いないと思います。

 さて、それから、この映画をみるのに、アメリカと日本における、医学生や研修医(レジデント)の位置づけの違いを理解しておいた方が、より分かりやすいだろうと思います。
 スーザンの恋人マイケル・ダグラス演じるマークは、チーフ・レジデントをねらっている野心家となっています。チーフレジデントを直訳すると、主任研修医、つまり研修医のリーダーです。日本で、一般的に、研修医のリーダーになるってのは、偉くもなんともないですから、チーフレジデントが偉いとはとても思えないわけです。それに、スーザンだって、医学生にすぎないのに、こんなに診療に立ち入ることが可能なのか?って、日本の感覚だと思ってしまいます。

 実は、アメリカでは、教育病院において診療を担うのは、1年目の研修医と医学生5~6人のチームと2~3年目研修医であるチームリーダーです。このチームに対して、2~3名の教官であるスタッフドクターが教育指導監督するわけですが、日頃は、研修医+医学生で診療がまわっているという構造です。ですから、チーフレジデントというのは、日常の診療に責任を持つ、結構偉いポジションになります。
 日本では、医学生が臨床で戦力として期待されていませんし、研修医1~2年目がチームリーダーとして診療の中心になるとは考えられません。
 そもそも、2003年まで、臨床研修は義務ではなく、努力義務であって、そういった臨床研修システムそのものがありませんでした。したがって、医学部を卒業し、ペーパーテストを合格すれば、法制度上は開業することも可能でした。最近になってようやく、医学教育に関する制度改革が進められており、昨年から、新医師臨床研修制度がスタートし、2年間の臨床研修が必須化されました。その中で、臨床研修病院が様々な研修メニューを提供し、研修医が研修を受けたい病院を選ぶマッチングというシステムが動き始めました。結構、大きな動きが起こっており、大学病院以外の病院に多くの研修医が希望し、なかには民間病院の中にも(亀田総合病院など)相当高い倍率になっている病院があります。この結果として、大学病院が人事に対する支配権を失い、医学部の教授の特権的地位も失われる危惧が生まれています。これに危機感をもった大学病院側は、最近、新医師臨床研修制度に対して見直しを訴えた…という話を聞きました。全く馬鹿げた話です。大学病院を中心としたシステムにも良いところはありますが、専門分化が進めば進むほど、今の仕組みで、縦割りで、医療が標準化されないわけですから。
 近いうちに、大学病院の診療の標準化をDPCで進めていくことが想定されますから、大学病院本位主義の医療体制は早晩崩壊していくことでしょう。このあたりは、『白い巨塔』で触れることにします。

 ところで、この映画では、麻酔事故(結局それが陰謀だったわけですが)が続発するにもかかわらず、「確率的にはあること」などという理由がまかり通っています。さすがに、今じゃあ、この理屈は通らないでしょうね。

【tilte, subtilte】
 「昏睡」と素直に日本語にしなかった理由が分かりませんが、「コーマ」も悪くはないような気がします。

【books】
 ロビン・クックの原作「コーマ」は、ロビン・クックのデビュー作。ジェンダー的には問題のある表現も多いものの、30年前のアメリカの状況が分かって興味深いです。映画は、ナンシーの病気とか設定が一部異なるところもありますが、基本的に、この原作に忠実に作成されています。
 アメリカにおける研修医の位置づけや医学教育については、「ヒポクラテスたち」で紹介した赤津氏の著作の続編「アメリカの医学教育(続)スタンフォード大学病院レジデント日記」と、田中まゆみ「ハーバードの医師づくり」が読みやすいです。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 レンタルDVDがリリースされていますが、余り見かけることはありません。ネットDVDレンタルをご利用下さい。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-24 17:13 | 基礎医学と医療制度

ヒポクラテスたち (1980/Jpn)

医学教育

【staffs】監督・脚本:大森一樹
出演:古尾谷雅人(荻野愛作)、伊藤蘭(木村みどり)、光田昌弘(河本一郎)、狩場勉(大島修)、柄本明(加藤健二)、西塚肇(王龍明)、真喜志きさ子(中原順子)、小倉一郎(西村英二)、阿藤海(神崎靖邦)、内藤剛志(南田慎太郎)、金子吉延(渡辺大介)、斉藤洋介(本田俊平)、加納省吾(高木敬三)、宮崎雄吾(野口英雄)、池内琢磨(中原剛)、牟田悌三(中原虎一)
【prises】1980年 キネマ旬報ベストテン第3位、1980年報知映画賞最優秀主演男優賞(古尾谷雅人)受賞
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 洛北医科大学のポリクリ(臨床実習)で同じ班となった六回生の荻野とその仲間達は、初めて医療の現場に触れ、様々な想いをえがく…。
70年代の若者のやり場のない不安、不全感を見事に描いた作品。
【impression】
 一般の大学生とはやや異なる医学生のモラトリアムを鮮やかに表現しているように思います。大森一樹監督は、比較的こだわりなく映画をつくる人だと思っていましたが、この作品は、自分の経験(大森氏は京都府医大出身の医師、臨床経験無し)を活かし、かなりこだわって作った作品のように感じました。
【staffs】
 医学生木村みどりを演じているのは上映時25歳の伊藤蘭です。この映画封切りの2年間にキャンディーズが解散しており、この映画は解散の翌年に撮られたものと思われます。
 最近、伊藤蘭はテレビドラマ(特にサスペンス物)には欠かせないタレントになっていますが、元々キャンディーズ結成前には、日大芸術学部演劇学部在籍したというから、きちんとお芝居をしようという心得がある女優さんなのです。
 確かに、この映画でも、演ずる役柄を理解した演技をしているように見受けられます。他の俳優さんが、「自分を演じること」で存在感を出している中で、彼女だけがきちんと演じようとしている、それが映画の筋と一致するため、よい効果を出しています。

 ところで、2000年に医師国家試験合格者にしめる女性割合は30%を超え、ここ数年は34%程度です。データが発表されている1991年が19.2%ですから、ここ15年でかなりの勢いで女性比率が高まってきたことが分かります。お勉強が得意な女性の職場として人気が高まっているということでしょう。ただし、医療の世界は、一般の世界と比較してもあいかわらず男性優位(特に外科系)ですから、結局、仕事を続けていけない女性医師も多いです。経済力とステータスを持つと憧れられる女医ですが、今の環境の中で、「お嫁さん願望」を持つ女医も少なくないです。そうなると、特に国公立大学のように、医師養成の大半を税金で行っている場合、女性医師が仕事を継続していけない状況では、税金が有効に使われなくなっているという意見もあります。しかし、これは、まあ、医療の現場の側の問題であって、女性医師の側の問題ではないでしょう。確かに、明らかに腰掛け的な気分の方もいないわけではないですが、それは、どんな世界でもある話です。
 話がもどりますが、この映画の時代、データはありませんが、医師国家試験の合格者の中で女性はおそらく10%以下、先輩や上司には女性がほとんどおらず、今よりもっともっと女性が仕事を続けづらい環境だったと思われます。こういう背景も想定しながら、伊藤蘭の演技をみると、なかなかプレグナントであります。

 手塚治虫氏が大学の小児科の教授(ちょい役)で出演しています。彼は、ご存知のように医師免許をもち、ティーテルアルバイト(学位論文)も出し医学博士も持っているんですね。奈良医大(といっても、医専)出身ですから、関西の医大という共通項はありますね。ただ、大森氏と同じく、ペーパードライバーですから、ブラックジャックでも、かなり怪しげな知識に基づいていたため、抗議を受けて単行本ではお蔵入りしたものもあるようですね。しかし、彼のブラックジャックが後の世代の医師にもたらした影響は甚大であり、その貢献は、強調しても強調しすぎることはないでしょう。

【medical view】
 日本の医療制度の課題の1つに、医師養成システムがあげられてきました。
 医学生時代は、国家試験に受かるための詰め込み教育(特にいわゆる「新設校」では)、そして、医師国家試験に受かれば、制度上医師ということで、どんなベテランだろうが、どんなに技術が高かろうが、国家試験に受かったばかりで全く臨床経験や技術のない医師と、診療報酬上同じ評価を受ける。
 戦後まもなくできたインターン制度は、学生運動の中で解体され、研修は「努力義務」でしかありませんでした。ほとんどの医師は、臨床研修を受けていましたが、その臨床研修機関が大学病院であったため、個々の医師は、学生時代から一貫して、同じ系列の病院で過ごすことになり、大学医学部が医師人事を一手に握り、医学部の臨床系教授の権限が強くなりすぎた(この当たりは、「白い巨塔」のところで再度述べます)。また、東大系とか慶応系程度の学閥で住んでいたうちは、まだグローバルでしたが、各県の各大学がそれぞれ独立しはじめ、大学間での人事交流がほとんどなくなると、医療技術の標準化や切磋琢磨が行われにくい環境も醸成されてきました。

 アメリカの医療には批判も多くありますが、医学教育については、高いレベルにあることに反対する人はいないでしょう。そもそもアメリカでは、歴史的な経緯もあり、第1に、大学卒業した後の専門職教育として医学校が位置づけられており、大学4年+医学専門教育4年というスタイルをとっていること、第2に、大学が附属病院を持たない場合が多く、医学教育の中で臨床教育が独立した地位を与えられていること、の2つにおいて大きな差があります(例えば、有名なハーバード大の医学校でも、附属病院を持たず、関連病院との実質的協力と歴史的な経緯で結ばれている(きちんとした契約関係を結んだのは最近なのだそうです))。
 このような仕組みの中で、アメリカの医学校の4年生の臨床実習は、日本の大学6年生のポリクリとは相当レベルが異なるようです。日本では、この映画にあるように、自分の大学の附属病院の中で、浅く広く、いわば「お客さん」として見て回る程度なのに対して、アメリカ医学校では現場での知識・実践を相当たたきこまれる(一定の診療行為はやらせる)ようです。分かりやすいのはTVドラマERの第1シーズンでカーター君がやっていたことと、この映画を比べてもらえれば良いと思います。
 このようにスタートラインからして違っていますから、当然のことながら、医師免許を得て後の研修医(レジデント)のレベルも相当異なってきます。これは、昨年からスタートした新医師臨床研修制度の下でも、あまり変わりはありません。詳しくは、『コーマ』で述べたいと思います。
 
【tilte, subtilte】
 「ヒポクラテス」は、古代ギリシアの医師。迷信や呪術ではなく、臨床の観察と経験を重んずる立場をとり、医学に科学的な基礎を重視しました。医師の倫理についても論じた「ヒポクラテスの誓い」は今でも、医学教育の中で用いられています。

【books】
 映画の中で、セシュエー「分裂病の少女の日記」やマイケル・クライトン(ハーバード卒の医師でもある(大森氏とちがってアメリカでレジデントを経ているので立派な医者))「緊急の場合は」が効果的に使われていました(おそらく、大森氏が医学生時代に熟読した書籍か)。ただ、片口安史の「新・心理診断法」はロールシャッハテストの判定やスコアリングの代表的な参考書であって、精神科医や臨床心理士でもない主人公の恋人順子がこの本を持っているのは、違和感があり、リアリティに欠ける。
 アメリカの医学教育については、最近、色々と出ていますが、一般の方にも分かりやすいのが赤津晴子「アメリカの医学教育」です。赤津氏は、聖心女子大文学部卒業後、上智大理工学部大学院を修了後、渡米し、ハーバード大で公衆衛生学科を修了し、ブラウン大医学校で医師免許を取得しており、この書籍では、その経験をもとに、アメリカの医学教育の魅力を余すことなく語っています。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 DVDのレンタルがリリースされていますが、大きめのショップでない限り置いていないと思います。ビデオを置いてるショップも少ないです。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-23 19:34 | 基礎医学と医療制度

溶ける糸 (1973/US)

I71.1 胸部大動脈瘤,破裂性

【staffs】脚本:シャール・ヘンドリックス、監督:ハイ・アヴァバック
出演: レナード・ニモイ(バリー・メイフィールド医師)、アン・フランシス(シャロン・マーチン看護師)、ウィル・ギア(エドモンド・ハイデマン博士)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★( per5)
【prot】
 胸部外科医メイフィールドは、ハイデマン博士の下で働くエリート医師。彼は、ハイデマン博士の胸部大動脈瘤の主治医でもある。
 最近、メイフィールドは、心臓移植の拒絶反応を抑える新技術の発表をあせっている。しかし、ハイデマン博士は慎重。他から共同研究者を呼ぶ手はずをすすめており、それを知ったメイフィールドを刺激する。
 ハイデマン博士の動脈瘤は手術を要し、メイフィールドの手により、手術は無事終わる。しかし、看護師シャロンは、その手術で「何か」に気づいてしまう。彼女が自分の疑問を確認する最中、シャロンはメイフィールドに殺害されてしまう…。
【impression】
 本作は初期コロンボの中でも「二枚のドガの絵」と並ぶ代表作とする人もいるようです。落ちは、エラリー・クイーンを引用しているらしいが、ミステリーとしてよくできているように思います。
初期シリーズの中で、1つの作品の中で三件も殺人(1件は未遂)があるのはこれだけです。その他の特徴としては、捜査中はおとぼけのコロンボが、犯人に向かって本気で怒るのは「自縛の紐」とこれくらいで、ベトナム戦争の陰があるのは、多分「第三の終章」とこれだけです。なにより、病院モノも、これだけでしょう(精神科関連では、他に2作ありますし、新コロンボでは歯科もありますが)。
【staffs】
 レナード・ニモイは、1960年代の『スター・トレック』のバルカン星人スポック役でオールドファンにはたまらない配役です。
 アン・フランシスは、5歳頃よりTVの子役スターで活躍し、「ソープ・オペラのお姫様」(ソープオペラとはいわゆる「昼メロ」のこと)と呼ばれたほどです。主にテレビで活躍し、「ハニーにおまかせ」のハニー・ウエスト役で、ゴールデン・グローブ賞を受賞しています(右の写真は、その頃の写真。キュートですね。)。コロンボシリーズには、「死の方程式」のベティ役(どら息子の主人公が勤める会社の秘書で主人公の恋人役)にも出ています。

【medical view】
 胸部大動脈瘤とは、その名の通り、胸部の大動脈が瘤(こぶ)のように膨らみそこが脆くなり、下手をするとそれが破裂して大出血を起こし、放っておけば死に至る病気です。 大動脈は、心臓のポンプから血液が直接流出する一番圧力が大きい場所です。動脈硬化によって血管が脆くなっていると、胸部あるいは腹部の特定の部分に、瘤が形成されてくるというわけです。動脈硬化を起こすような欧米流の食生活(脂肪・コレステロール・砂糖・果糖・アルコールの摂りすぎ、食物繊維・豆類・ビタミンE・β-カロチンを摂らない、早食い、食べ過ぎ)をできるかぎり慎み予防することが重要な病気ということです。詳しくは国立循環器病センターのHPを参照下さい(下図も同センターのHPより)。



 ところで、本作品のネタになった「溶ける糸」とは、吸収性の縫合糸=体内で異物と認識されて、マクロファージに分解される素材でできている手術用の糸です。糸が残るとそれが結石を作る危険性がある胆管や尿管では用いませんし、循環系特に心臓や大動脈で使うことはありえないでしょう。だから、この作品の一番のミステリーは、胸部大動脈瘤の手術に本当に吸収性縫合糸を使ったら、人を確実に殺せるのであろうか?ということ、更に、病理解剖をしてもそれが分からないのだろうか?ということです。この作品がつくられた30年前、どんな吸収性縫合糸があったのかということにもよるのでしょうが。

 さて、この作品は、医学の歴史からみても、大変興味深い内容となっています。というのも、作品内では明らかにされていませんが、メイフィールドが開発していたのは免疫抑制剤であることが想定され、1980年代に広く使われるようになった画期的な免疫抑制剤シクロスポリンを予測させるものとなっているからです。シクロスポリンの開発により、臓器移植は新時代に入り、心臓移植は一般的な医療技術となりました。
 心臓移植自体は、1967年12月3日南アフリカのバーナード医師のチームによって初めて行われました。バーナードはアメリカで教育を受けた心臓外科医ですが、アメリカではすでに心臓移植は心臓外科的には技術上の課題は解決され、よりよい免疫抑制剤を待っていた状態でした。実際、アメリカで最初の心臓移植を手がけると多くの専門家に思われていたスタンフォードのノーマン・シャムウェイは、1961年から心臓移植の準備を整えていました。したがって、バーナードの心臓移植は、免疫の問題が片づかないうちに相当な無茶をやったと言ってよいでしょう。実際、彼の最初の心臓移植の患者ルイス・ウォシュカンスキーは、術後18日生きたにすぎません。しかし、バーナードの無謀なトライアルの後、1968年は「移植の年」と呼ばれるほど、多くの無謀な心臓移植(105件)が行われました。その結果、19人が手術中に死に、24名が3か月、2名は6~11か月、1名が約1年生存したに過ぎません。

 現在では、心臓移植や肝臓移植は、ごくありふれた技術の1つとなっていますが、脳死判定をはじめ倫理的な問題が解決したわけでありません。
 これらについては、今後『21グラム』『ハート』『コーマ』『ボディバンク』『ニコラスの贈り物』でもとりあげるつもりです。
【tilte, subtilte】
 原題“A Stitch in Crime”は、ことわざ“A Stitch in Time (Saves Nine)”(すぐ一縫いしておけば後の9針はいらなくなる)にかけたタイトルということです。「溶ける糸」という訳もサスペンスっぽくて良いタイトルですが、ややネタバレっぽいですね。

【books】
 今回も、町田暁雄氏「刑事コロンボ読本」を全面的に参照させていただきました。
 心臓移植については、グレゴリー・E・ペンス「医療倫理2」を参照しました。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-22 22:10 | ICD I00-I99循環器系の疾患

愛の選択 Dying young – The Choice of Love (1991/US)

C95.9 白血病,詳細不明
【copy】
涙が枯れても、あなたを愛し続けたい。


【staffs】監督:ジョエル・シューマカー、原作 : Marti Leimback マーティ・ラインバック
出演:ジュリア・ロバーツ(Hillary O'neil)、キャンベル・スコット(Victor Geddes)、ヴィンセント・ドノフリオ(Gordon)、コリーン・デューハースト(Estelle Whittier)、デイヴィッド・セルビー(Richard Geddes)、エレン・バースティン(Mrs. O'Neil)
【prises】第1回MTVムービー・アワード女優賞(ジュリア・ロバーツ)ノミネート、 ブレイクスルー演技賞 キャンベル・スコットノミネート、魅惑的な女優賞(ジュリア・ロバーツ)ノミネート
【my appraise】★★★(3 per5)
【prot】
 恋人に裏切られて実家に戻ったばかりのヒラリー、新聞広告で高額の住み込み看護のアルバイトを見つける。豪邸での面接試験で一旦は断られたが、患者本人ビクターに気に入られ、彼の看病のためにその豪邸に住み込むことになる。白血病とその治療の副作用に苦しむビクターを看病する日々が始まる…。
【impression】
 白血病で苦しんでいる方々には大変申し訳ないですが、映画の素材としては使い古された素材。それを、キャンベル・スコットとジュリアロバーツが命を吹き込んでいる…それ以上でもなければ、それ以下でもない映画です。
【staffs】
 「貧乏だけど本音で溌剌と生きる」という役回りは、ジュリアロバーツの真骨頂、彼女を超える女優は少ないですね。この映画でもその役回りですが、いつものコメディのテイストが皆無なところで、評価が分かれるかもしれません。少なくとも、この映画での彼女の演技は、アメリカでは視聴者の人気投票で決まるMTVムービー・アワードで、ノミネートされるなど、高く評価されたようです。ただ、この頃は、まだ、『プリティ・ウーマン』人気の余波かもしれませんけれどね。この頃から、5~6年は彼女の低迷期と言われていますし。
 私は、どちらかといえば、『オーシャン11』のようなセレブな役のジュリアが好きなのですが(私の好みなんぞ、どうでも良いですが)。

【medical view】
 薬物療法と骨髄移植の導入によって、白血病が不治の病でなくなった今、薬物療法の苦しみや、骨髄移植を巡る複雑な問題が、映画の素材として扱われることがあります。
 この映画は、薬物療法の苦しみを伝える代表的な作品といえるでしょう。
【tilte, subtilte】
 副題の方だけを直訳した邦題。ありそうで、他に思いつかないのですが、他にもありますよね、きっと。

【books】
原作の和訳がありますが、現在絶版です。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVDが発売されていますし、ジュリアロバーツものですから、多くのショップに置いてあると思います。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-21 12:31 | ICD C00-D48新生物

スウィート・ノベンバー (2001/US)

 C85 非ホジキンリンパ腫の詳細不明の型

【staffs】監督:パット・オコナー
出演:キアヌ・リーヴス(Nelson)、シャーリーズ・セロン(Sara)、ジェイソン・アイザックス(Chaz)、グレッグ・ジャーマン(Vince)、リーアム・エイケン(Abner)
【prises】第22回ラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)ワースト主演女優賞(シャーリーズ・セロン)ノミネート、ワースト・リメイク・続編賞ノミネート
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 サンフランシスコの広告代理店で常にトップを走るネルソンが、ある日、自動車免許の更新試験場で風変わりで魅力的な女性サラに出会う。しかし、試験中にネルソンがサラに話しかけたことにより、サラは1か月免許更新ができなくなり、サラは、半ば強引にネルソンに、11月の1か月間だけの恋人になることを迫る。
 しかし、サラの奇妙な魅力と強引さは、悪性リンパ腫により残された命が短いことを知り、そして、想い出に残ることを意識したものだったのだ。
1968年のロバート・エリス・ミラー監督「今宵かぎりの恋」をリメイク。
【impression】
 残された命が短いことを知った女性が、最愛の男性に出会う、というプロットは、『オータムインニューヨーク』、ちょと古いですが『ラストコンサート』などがあります。残念ながら、いずれも、やや無理のある設定や展開が多く、よほど感情移入できない限り、ついていけない場合が多いように思います。
 この映画でも、ネルソンとサラが知り合う場面-免許更新試験場で試験中にネルソンがサラに話しかける-からして無理を感じました。無理無理な設定や展開と、ハリウッドのメインストリームとは違う繊細さが共存している作品で、嫌いではないのですが。
 ラジー賞は、何もシャリーズ・セロンをノミネートしなくても良いと思うのですが…。
【staffs】
 シャーリーズ・セロン、先頃、『モンスター』で見事オスカーを射止めました。しかし、『モンスター』の演技はすごかった。『サイダーハウスルール』で注目されながら、この映画でラジー賞にノミネートされて女優生命が危機かと思いましたが。
 最近ではサスペンス・アクション物(『モンスター』もそうですが)の出演が多いですが、正統なラブストーリーものでも、相当高い水準の演技ができる俳優さんだと思います。この映画でラジー賞にノミネートされたことが、トラウマになったかもしれませんが。

【medical view】
 若くしてガンで死ぬということは、大変辛いものがあると思いますが、以前、千葉敦子さん(ジャーナリスト。39歳で乳がん発症、自分のがんとの闘いをルポしつづけ、47歳で死亡。)が、「がんになったことで、死に向かってきちんと準備が進められ、より生の意味を明確に意識できるようになった。この意味で、がんになって良かったと思う。」といった趣旨を書いておられ、なるほどな、と思ったことがあります。
 この映画では、設定や展開、あるいは内面が十分描かれていないため、今ひとつリアリティがないのは残念ですが、サラが死を意識し、死ぬまでの期間をどう意味づけしようとしています。生活スタイルを全く変えて、人の心に遺るゲームを楽しむ…という生き方は相当、「強い」生き方だと思います。
 一方で、若くして死を迎えることは本人にとって本当に辛いことですが、残される方の悲しみも計り知れないものがあるでしょう。この映画でも、その当たりをもう少し描けたのではないかと思います。

 さて、サラの病気は、リンパ球のがんである、悪性リンパ腫。悪性リンパ腫といっても、様々な原因と経過があり、おそらく異なる病気の集まりと考えた方が良いようです。ただ、とりあえず、ホジキン病という種類の悪性リンパ腫だけは、1つの疾病単位であることが明確になっており、悪性リンパ腫については、ホジキン病か、非ホジキン病かということが大きな分類となります。もっとも、ホジキン病も、非ホジキン病も、患者側にとては、治療法も経過も、そう大きな違いはあるとはいえません。化学療法が比較的よく効き、寛解(症状は収まるが、再発を繰り返す場合があるため、治癒という表現は使わない)しやすい、放射線療法や骨髄移植が必要な場合がある…というがんです。
 ところで、非ホジキンリンパ腫の中には、ウイルス感染によって起きるものもあります。HTLV(成人T歳病白血病ウイルス)を原因とするリンパ腫がそれであり、感染者は世界に約2000万人以上いるとされています。HTLVには2つの型があるのですが、1型は、日本、特に九州、沖縄、四国に患者が多い原因ウイルスです。このウイルスは、エイズのウイルス(HIV)の仲間で、エイズと同様、極めて感染力の弱いのが特徴です。具体的には、母乳、性交渉(男→女のみ)、輸血によってしか感染しません。また、感染しても発病率が数%以下といわれ、しかも、発病までの潜伏期間は数十年と長いのです。そのため、発症は60~70歳が中心であり、そもそも自分が感染していても、気づいていない人も多いということになります。したがって、自分が感染者かどうか知って、少なくとも、他人に感染させないようにするというのが重要です。詳しくは、STD研究所さんのページを参照下さい。

 実は、エイズがHTLVではないか、あるいは類似のウイルスではないかと考えられた(実際、似たウイルスなのですが)ことが、少なくとも日本の関係者を安心させ(そうなると、血友病治療に比較すると、重要性がかなり低くなるため)、これが、対策を後手に回らせた…という証言があります。きちんとした、資料に書かれていることを読んだことはないのですが、さもありそうな(そして、関係者を責めにくい)ことと思います。このことは、エイズ関係の映画のところで、再度触れたいと思っています(エイズについては、書くべきことも、映画も多く、構成に悩んでいるため、先送りしております)。

 いずれにしても、サラは非ホジキン病の悪性リンパ腫ですが、おそらく、HTLV-1を原因とするものではないでしょうね(単に年齢だけでそう考えているわけですが)。

【tilte, subtilte】
 このタイトル、「オータムインニューヨーク」をどの程度意識したのでしょうね。

【books】
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVDがセル・レンタルともにリリースされています。新しい作品ですので、多くのショップに置いてあると思います。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-18 12:06 | ICD C00-D48新生物

愛する (1997/JPn)

 A30 ハンセン病

【staffs】監督・脚本:熊井啓
出演: 酒井美紀 (森田ミツ)、渡部篤郎 (吉岡努)、岸田今日子(加納たえ子)、宍戸錠(知念)、小林桂樹 (上條老人)、上條恒彦 (奥原院長)、三條美紀 (稲村看護婦長)、岡田眞澄 (大学病院教授)、松原智恵子(シスター山形)
【prises】1997年 日刊スポーツ映画大賞受賞、新人賞(酒井美紀)受賞
【my appraise】★★(2 per5)
【prot】
 クリスマスの日、少女ミツは、幕張の路上で牛丼弁当を売っている沖縄出身の青年吉岡努に出会う。互いの中にある孤独に直感的に惹かれ合い、一夜を共にする。努はミツを避けるようになるが、ミツの愛はひたむきである。そんなミツに努も心を許すようになる。
 しかし、ミツの腕にある瘢痕が大学病院で重大な病気と診断され、山奥の療養所に行くように告げられる。その療養所はハンセン病の療養施設であり、長期の療養が必要と告げられる。引き裂かれる二人…。
【impression】
 本作は、原作の遠藤周作「わたしが・棄てた・女」の映画化であるが、映画化はこれが2回目。本作は、粗筋と大枠の設定をそのままとして、戦後復興期の時代設定を、現代に持ち込み、ハンセン病という難しいテーマに切り込んでいる(1回目の映画化では、原作を換骨奪胎し、ハンセン病の設定は用いられていない)。また、原作では、吉岡に婚約者ができミツとの付き合いを「遊び」と割り切ろうとしているのに対して、本作では吉岡がミツに対して、より真摯に向き合おうとしている。これらの極めて難しい設定を持ち込んだことは、熊井啓が遠藤文学に拘り、「海と毒薬」「深い河」に続き、本作を三部作目としたことと無縁ではなく、その意気込みを買いたい。
 しかし、残念ながらその試みは全く失敗している。遠藤原作の持つ、気恥ずかしく物哀しい純朴さの畳かけと、それによって自らの中にある欺瞞や稚拙が惹起されるという構図は全く失われ、手あかにまみれた「純粋さ」の安売りと不自然なストーリーにより、脱力させられる。酒井、岸田の熱演も虚しく、やはり、この難しい設定がこの作品の失敗の全てではないかと思う。
 繰り返しになるが、らい予防法廃止が進められている難しい時期に、このテーマに向き合おうとした監督の意欲は買うべきだろうと思う。
【staffs】酒井美紀は15歳でアイドル歌手としてデビューし、中山美穂の中学生時代役を演じた岩井俊二監督「Love Letter」(1995)で注目を集め(第19回日本アカデミー賞新人俳優賞)、1997年にはこの映画と大河原孝夫「誘拐」(第21回日本アカデミー賞・優秀助演女優賞受賞)で女優として羽ばたくかに見えました。しかし、その後、伸び悩んでいるのか、ドラマ「白線流し」がヒットしたのが仇となってTVで芸を擦りきれさせているのか、最近どうもぱっとしません。
 この映画でも、彼女しか演じられない部分を演じているように思えるのですが、日本の俳優にありがちな「単に自分を演じていることが演技として認められる」というやつなのでしょうか。
 是非、今後の活躍を期待したいところです。

【medical view】
 ハンセン病は、ライ菌という細菌によってもたらされる病気であり、中世ヨーロッパにおいて広い範囲で流行し、15世紀には、なぜだか欧州からほとんど姿を消した病気です。ライ菌が発見されたのは1873年で、効果的な治療法が発見されたのは20世紀に入ってから、にもかかわらずです。
 ハンセン病は人から人への感染が起こる病気です。しかし、現在では、そもそも排菌する者は感染者・発症者の一部であり、しかも極めて感染力が弱く、感染しても菌がほとんど死滅することが分かっています。したがって、幼児期や耐性が弱っている時くらいしか人から人への感染は起こらない病気です。また、化学療法により容易に完治する病気となっています。ただ、現在でも、排菌者との接触が全く無い場合に、感染を起こす場合があり、人から人への感染以外の感染経路があるのではないかと考えられていますが、よく分かっていません。そもそも、なぜ、突然流行が下火になったのかすら、本当のことが分かっていない訳ですし。

 化学療法が導入される以前、不幸にして感染し、侵入した菌が生き残ると、皮膚や神経で増殖を開始し、数年後皮膚に痛みのない痣が現れ、痣は拡大し腫瘤状になり、とりわけ顔面に発生し、特徴的な容貌の変化が起きました。また、知覚神経が障害され、感覚を失うことにより、傷を負っても気づかなくなり、化膿を繰り返し、最終的には壊疽に陥り、さらに、運動神経が障害され、筋肉が萎縮して手足が大きく変形することになりました。このような、特徴的な外見の変化が、他の疾患以上に極端に恐れられてきた大きな原因の1つでしょう。
 ハンセン病は、上述の通り、感染力が弱いにもかかわらず、過去、多くの国で、隔離・排除が行われてきました。特に、日本では、戦後、化学療法導入後も、無意味な法制度が廃止されるどころか強化され(1953年「らい予防法」成立)、厳しい隔離・排除が継続し、隔離施設の中での人権が極めて制限されていました。その後、関係者の積年の苦労が実り、1996年菅直人厚生大臣が過去の行政の誤りを患者・元患者に対し認めると共に、同年「らい予防法」が廃止されました。更に、2001年元患者が国家賠償を求めた熊本地裁の判決は患者側の勝訴となり、小泉首相が国側が控訴しないことで結審しました。

 さて、この映画、及びその原作である遠藤周作の「わたしが・棄てた女」では、ハンセン病と誤診される純朴な少女を通じて、ハンセン病者が受け入れざるをえない過酷な運命を描き出しています。この映画に対する当時の記事によれば、「完成した作品を見た患者たちの反応は、「長い間、言えなかったことを映画で語ってくれた」という」ものだったとのことです(正しくは、「元患者」だろうと思いますが)。
 それでは、この映画や原作が、ハンセン病の理解の一助となるのか、というと、そうではなく、むしろ差別偏見を助長するだけでしかない、と武田徹氏が「感傷主義」という言葉で喝破しています(【books】で所収書籍を後述)。まず、原作の時点では、ハンセン病はプロミンによって完治する病気であり、隔離そのものが間違っていたという事実に基づいていないという点が指摘されています。また、映画の時代設定の時点では、「らい予防法」廃止に向けての具体的な動きがなされている時期であり、療養所送致そのものが余りにも不自然であると指摘し、にもかかわらず、ハンセン病=隔離されて可哀想であるとする「感傷主義」は、ハンセン病=治らない、感染する、怖い病気という偏見を煽るに過ぎないとしています。
 武田氏の指摘は、映画や文芸作品として、正当に評価したとはいえないかもしれません。しかし、「表現」が前提としている事実が、誤った「常識」に乗っ取っている場合、いくらその表現が卓越していたとしても、「誤った常識を強化する」という点で非難されるべきものでありましょう。丁度、犯罪を煽るような表現が糾弾されるのと同じことだと思います。

 ハンセン病の不当な排除・差別・隔離の歴史、そして、それが特に日本においてなぜかくも過酷であったかについては、2001年熊本地裁判決を前後して、ハンセン病に関わってきた方々の真摯なる検討が進み、全体像が解明されつつあるように思います。ただ、この理解が、果たして、一般社会にとっての理解になっているか、あるいは、ハンセン病排除に苦しめられてきた人達の問題が解決しつつあるのかといえば、暗澹たる気持ちになります。
 ハンセン病の排除・差別・隔離の歴史は、「国家の犯罪」として、あたかも官僚や政治家の不作為の問題に歪曲化するのは、馬鹿げています。また、無知蒙昧でしかなかった医学界や、ハンセン病医療の権威・ハンセン病者の慈愛の父として朝日文化賞・文化勲章を受賞した故光田健輔氏だけの責任とすることも、事実を矮小化しています。丁度、薬害エイズ問題を、官僚や薬品会社あるいは医学界の権威だけの問題であるかのように非難することと同等であると思います。
 例えば、「戦後はプロミンが登場し、完全に治癒する病気となったのだから、排除・隔離は間違いだった」という説は、立法と行政を吟味する場、あるいは国家の責任論において、適切な論拠であるかもしれません。しかし、それ以前に、ハンセン病という病気が、少なくとも15世紀以降は極めて弱い感染力しか持たず、外来治療で十分であったこと、しかも、戦前から京都大学でハンセン病の外来治療を実践していた小笠原登によれば、プロミン登場以前からハンセン病は治癒する病気であったとしていること(元厚生労働省医務局長大谷藤郎氏のいわゆる「大谷証言」による)、にもかかわらず、排除・隔離が進められていったこと、こういったことが「常識」として伝え継がれていかないということは、残念な状況です(なお、前述の武田氏も、ブロミンの効果しか指摘しておらず、大谷証言を「常識」としていないようです)。
 また、ハンセン病の不当な排除・差別・隔離には、我々国民、社会の側がそれを認めた、あるいはそれを推進したという面があります。そして、それを促進した、表現や報道があったということは間違いありません。「ハンセン病者を可哀想」という「ヒューマニズム」こそが危険であり、「ハンセン病は治らないもの」「ハンセン病になると大変」という意識に基づいていたり、それを煽るものであったりします(実際に、ハンセン病排除で徹底的な悪者にされる光田健輔氏ですら、ヒューマニズムに基づいていたのですから)。
 そう考えると、「常識」を持つことの難しさと重要さを改めて感じるのでした。
【tilte, subtilte】
 原作のタイトルはディックミネの歌からとったようです。設定を変更したことにより(吉岡がミツを「棄てる」という設定がない)、タイトルが変更されたということと思われます。

【books】
 遠藤周作原作「わたしが棄てた女」は、上に述べたように、「感傷主義」に留まった結果、ハンセン病の正確な理解を閉ざすものですが、十分な理解を持ったうえで読めば、「感傷主義」の理解と、遠藤文学の面白さを味わえるはずです。
 原作及びこの映画について、ハンセン病理解の観点から批判した武田轍「描かれたハンセン病」は、沖浦和光・徳永進編「ハンセン病」に所収されています。わが国でなぜハンセン病がここまで不当な排除・差別・隔離を受けてきたかについて、様々な角度から、日本社会が犯してきた過ちとして解明しています。我々が当たり前としている、この社会を理解する上での、必読書でもあります。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 セル・レンタル共に、ビデオしかリリースされていません。しかも、置いているショップもなかなかないようです。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-17 10:58 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症

ビヨンド the シー(2004/US)

I09.9 リウマチ性心疾患,詳細不明

【staffs】監督・製作・脚本:ケヴィン・スペイシー
ケヴィン・スペイシー(ボビー・ダーリン)、ケイト・ボスワース(サンドラ・ディー)、ジョン・グッドマン(スティーヴ・ブラウナー)、ボブ・ホスキンス(チャーリー・マフィア)、ブレンダ・ブレッシン(ボリー・カソート)、ウィリアム・ウルリッチ(少年時代のボビー)
【prises】
 ゴールデン・グローブ賞男優賞(コメディ/ミュージカル):ケヴィン・スペイシー)ノミネート
【my appraise】★★★(3 per5)
【prot】
 リウマチ熱で心臓に障害を受け、15歳までしか生きられないと告げられた少年ボビー。自分に残された時間が少ないことを意識した彼は、「25歳までに伝説になる」と心に決め、ショービジネスの世界に足を踏み入れる。歌手としてラスベガスで大成功をおさめた彼は、キュートで幼い女優を妻とする。しかし、自分の出生の秘密を知り、ベトナム戦争の中、新しい途を模索始める…。
 50~60年代アメリカショービズ界を席巻し、シナトラと並び称されたボビー・ダーリン。彼の短い人生をケビン・スペーシーが、製作・監督・脚本・主演の全てをこなして表現した渾身作。
【impression】
 軽快な音楽とダンス、厭きさせない展開、なかなかの力作だとは思います。ただ、どうしても44歳のケヴィン・スペイシーが10代から37歳までのボビー・ダーリンを演ずるのがかなり無理があります。もう10年若い頃に、演じてくれればなあ、という感じですね。
【staffs】(左:Sandra Dee/右:Kate Bosworth)
 映画のパンフレットにも書いてありましたが、サンドラ・ディーにケイト・ボスワースをキャスティングするケヴィン・スペイシーのセンスが良いです。ケイト・ボスワースは『モンタナの風に抱かれて』でデビューしたのだそうですが、全く気がつきませんでした。
 彼女は、サンドラ・ディーを演じるにあたってのエッセンスは「スクエアであること」だったのだそうです。「50年前の人たちは、今と違ってみんなスクエアでどこか堅苦しいでしょ。表面は何事もないように振る舞っていても、閉ざされた扉の内側では様々なことが起こっていた。それを演じるのが魅力の1つだは。」と語っています。なるほどなあ。ハリウッドの商業主義を非難する人もいますが、このレベルの女優が、これだけのことを考えている底力はすごいものだと感心します。

【medical view】
 リウマチ熱は基本的に学童がかかる病気で、溶連菌という細菌に感染し、風邪様の症状(扁桃炎・咽頭炎、猩紅熱など)を示した後、発疹、発熱、鼻血や関節や筋肉の痛み、あるいは心臓障害を起こします。これらは、溶連菌感染による細菌アレルギーと考えられています。ペニシリンによって溶連菌を叩き、炎症に対しては、アスピリンかステロイドを使うという、極めて古典的な対応で治療可能な病気です。一度、リウマチ熱に感染すると急性期を過ぎた後も、心臓内膜の炎症は持続し、心臓弁膜症を引き起こし、最悪ボビー・ダーリンのように死亡します。
 現在、先進国では、そもそも子どもの溶連菌に感染が減っていますし、仮に感染してもきちんと治療されればリウマチ熱は予防でき(時々ヤブ医者が見逃すそうですが)、また全く治療を行わなくても、リウマチ熱を発症するのは1%以下ということです。これには、溶連菌自身の性格が変わってきたという説もあるようですが不明です。ところが、発展途上国ではいまだリウマチ熱が大きな問題ですし、リウマチ性弁膜症はいまだに主要死因の1つです。
 発展途上国では、①住環境や生活環境が溶連菌感染を起こしやすい、②栄養状態が悪く感染やリウマチ熱発症を起こしやすいということが考えられますが、これまた詳細不明です(以上、主として国立健康・栄養研究所吉池信男先生の論文を参照しました)。ちなみに、最近では、一般的に「リウマチ」という言葉は、慢性関節リウマチの意味で使われていますよね(以前は、関節痛全般をもう少し広く使われていました)。慢性関節リウマチとリウマチ熱は、全く異なる病気です。
 いずれにせよ、ボビー・ダーリンが生きた時代は、アメリカも今の発展途上国と余り変わらない状況だったということでしょう。
 ところで、もし、ボビー・ダーリンがリウマチ熱でなく、「25歳で伝説になる」という覚悟を決めなかったら、彼の成功はどうだったでしょうか。もちろん、だから、病気だった方が良かったとまでは言うつもりはありませんし、ボビーがリウマチ熱でなかったとしても、彼は成功していたかもしれませんが。

【tilte, subtilte】
 the だけをアルファベット表記で残したのは、何かの拘りなんでしょうか。

【books】
【videos, DVDs入手しやすさ】-
 近くDVDが発売・レンタルリリースされることと思います。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-15 23:28 | ICD I00-I99循環器系の疾患

阿弥陀堂だより(2002/Jpn)

C81.9 Hodgkin病,詳細不明
F41.0 パニック障害
【copy】
いつの間にか、
遠くを見ることを
忘れていました

【staffs】監督:小泉堯史、原作:南木佳士、脚色:小泉堯史、撮影: 上田正治、音楽: 加古隆
出演:寺尾聰(上田孝夫)樋口可南子(上田美智子)、北林谷栄(おうめ婆さん)、田村高廣(幸田重長)、香川京子(幸田ヨネ)、井川比佐志(助役)、吉岡秀隆(中村医師)、小西真奈美(小百合)、塩屋洋子(田辺)、内藤安彦(村長)
【prises】
第26回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞(北林谷栄)、新人俳優賞(小西真奈美)、優秀作品賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞(寺尾聰)、優秀主演女優賞(樋口可南子)、優秀脚本賞、優秀撮影賞、優秀照明賞、優秀編集賞、優秀録音賞、優秀美術賞、優秀音楽賞受賞
第57回毎日映画コンクール日本映画優秀賞、音楽賞受賞
第45回ブルーリボン賞新人賞(小西真奈美)受賞
第76回キネマ旬報日本映画ベスト・テン第7位、日本映画助演女優賞(北林谷栄)、日本映画新人女優賞(小西真奈美)受賞、
【my appraise】★★(2 per5)
【prot】
 信州の田舎に、東京から中年の夫婦が越してくる。夫は、10年前に新人賞をとったまま、最近ではペンをとることも少ない売れない作家。妻は、東京で、優秀な医師として活躍していたが、パニック障害を患い、夫婦は、妻の病気の癒しを求め、夫の田舎での生活を始めたのだ。
 妻は無医村のこの村で、週に3回の診療を始める。村の死者を祭る阿弥陀堂に住むおうめ婆さん、肉腫と闘う少女小百合、そして末期のがんを自然体で受け止め身辺を清らかにする幸田先生、彼らとの交わりと信州の自然が、妻の心を次第にほぐしていく…。
【impression】
 原作の高みを知ると、この映画に高い評価はしかねます。脇を固める北林谷栄と小西真奈美がレベルの高い演技をしているというのに、如何せん、主役2名が、演ずる人格を理解しているとは思えない。演技と離れても、樋口がエルメスのバックを常に手放さず、ロイヤルコペンハーゲンの陶器を使い、時計はシャネル、洋服は常に23区(これはスポンサーの関係だろうが)…これがどれだけ設定を踏みにじっていることか。「くつろぎ」「憩い」「癒し」といったイメージ・言葉だけが先行し、それを安易に映像化しようとする短絡が残念だ。
 田舎の生活や人間のリアリティを無視して、都会人の憩いの場の1側面だけを切り出そうとする…そういった安易さをカリカチュアしているのか、あるいはアフォリズムというのであれば、理解可能だが。
【staffs】
 小西は、映画はこれがデビューということですが、もともと「つかこうへい」の舞台出身、2004年は野田英樹の舞台にも登場するなど、舞台の仕事を大切にしているようです。というだけあって、演技が実にしっかりしています。舞台出身者が苦手としているような、細かい表情や質感の表現は、むしろしっかりこなしているのにも感心します。
 テレビの雑な仕事に染まらないで、大女優に成長してもらいたいところです。といっても、日本には受け皿がないのかな。

【medical view】
 小百合(小西真奈美)の「肉腫」がなんなのか、映画にも書かれていませんし、原作にも具体的な病名は書かれていません。ただ、原作者の南木氏は呼吸器科の医師で、専門ががんですので、当然、彼の頭の中で設定はして、文章にはしていないだけと思われます。映画・原作では、喉が原発、一度寛解して、肺に再発、しかも珍しい肉腫で、美智子(樋口可南子)が中村医師(吉岡秀隆)に指導する、その自信が美智子を解していくというという設定です。、こういう設定ですと、リンパ肉腫の中でもホジキン病ということになるのでしょうか。化学療法がよく効き、比較的治りやすいがんの1つですが、日本では珍しいということです。リチャード・ハリスがこの病気でお亡くなりになりましたね。
 美智子の病気は、パニック障害。身体的にはなんら異常がないにもかかわらず、駅など、人の多い場所で、強い不安に襲われる、実際、心臓が速く打ち、胸が痛くなり、からだがふるえ汗をかく場合もあります。不安が不安を呼び、死んでしまうのではないか苦しくなる。息苦しく感じ、過呼吸状態におちいると実際に意識を失って倒れてしまう場合もあります(血中酸素濃度は高すぎても、低すぎても人体に害があり意識を失う)。この病気のことを、原作者の南木氏のエッセイを読むと、彼は、最近になって独立した疾患として認められたというニュアンスで理解なさっているようですが、それは誤解であって、極めて古典的な病気です。古くは不安神経症という疾病で分類されており、いくら呼吸器が専門とはいえ、精神科の教科書をちょっと読めば出てくる頻度の高い疾患ですし、医師国家試験だって出題されるのに、この誤解は解せません。ただ、DSMやICDでは、パニック発作を起こす「パニック障害(恐慌性障害)」と漠然とした不安の状態の「全般性不安障害」とを区別しています。さらに、こういった状態が特定の対象と結びついた時(乗り物とか、駅とか、会社とか、学校とか、他人とか)、「恐怖性不安障害」とします。ただ、これら3つはは同じ患者さんの症状の別の側面の場合が多く、いまだに不安神経症という疾病概念で良いような気がしています。ちなみに、映画ではほとんど症状の表現が無い(少なくともパニック発作の履歴はない)ようですから、全般性不安障害に分類すべきかもしれませんし、原作を読むと乗り物恐怖から発症しているようですので、恐怖性不安障害に分類すべきかもしれません。しかし、やっぱり、1つの病気の異なる側面でしかないんので、この分類に大きな意味は認められないです。
 本人にとって辛いのは、症状だけでなく、周囲が「体に異常がないのに騒ぎすぎ」といった対応をする場合があることです。薬は比較的よく効きますが、薬だけで完全に良くなることは少ないです。また、以前、どこかでパニック障害の患者さんには、身体的な基礎疾患(治療の必要性のない不整脈や喘息既往など)が多いとの論文を読んだことがあります(確かBr J Psychiatだと思うが出てこない)。精神面のアプローチだけでなく、身体面のアプローチ・フォローをすることが治療上有効(少なくとも、精神的には)ではないかと思ったりします。
 原作の作者の南木佳士さんは、もともと秋田大医卒のドクター、長野県佐久総合病院に勤務しておられましたが、病棟回診中に、突然、激しい動悸とめまいに襲われ、このまま死ぬのではないかという不安発作を起こしたようです。南木佳士氏の小説には、自身を細分化して、再構成することが多いが、原作もその側面が強いようですね。
【tilte, subtilte】

【books】
 原作『阿弥陀堂だより』はお薦めです。映画を見て感動するくらいの方は、是非、原作をお読み下さい。映画の底の浅さが分かると思います。やや説教臭いのですが。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 最近の映画でレンタルDVDもリリースされていますので、ほとんどのショップに置いてあります。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-14 13:15 | ICD C00-D48新生物

生きる (1952/Jpn)

C16 胃の悪性新生物

【staffs】監督:黒澤明、
出演:志村喬(渡邊勘治)、金子信雄(渡邊光男)、関京子(渡邊一枝)、小堀誠(渡邊喜一)、浦辺粂子(渡邊たつ)、南美江(家政婦)、小田切みき(小田切とよ)、藤原釜足(大野)、山田巳之助(齋藤)、田中春男(坂井)、左卜全(小原)、千秋実(野口)、日守新一(木村)、中村伸郎 (助役)
【prises】
ベルリン国際映画祭ドイツ上院陪審賞(黒澤明)受賞、1952年キネマ旬報ベストテン1位、英国アカデミー賞1959年男優賞・国外(志村喬)ノミネート
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 シャーカステンに映し出される胃がんのレントゲンフィルム。これは、真面目だけが取り柄の市役所市民課長渡邊のものだった。その渡邉が、偶然、自分が胃がんであることを知った時、彼はその絶望をどう受け止めたのか…。
【impression】
 レントゲンフィルムで語りが始まるというのは、今も古くない斬新さで良いですね。
 2005年6月22日米誌タイムは、同誌が選んだ「ベスト映画100本」を発表しました。その中に、日本映画の中から選ばれたのが、本作「生きる」、小津「東京物語」(1953)、溝口「雨月物語」(1953)、黒沢「用心棒」(1961)でした。しかも、「生きる」は50年代の最高傑作に選ばれており、海外での評価の高さを改めて認識しました。
 黒澤のベスト1に押す人も多い映画ですが、黒澤自身は余り気に入っていなかったそうです。実は、私も余り傑作だとは思っていませんでしたが、ある程度歳をとってみると、良さが分かるようになった気がします。
 「東京物語」と同様、この時代に、家族というものの幻想を明確に描いていたのは卓越していると思います。
【staffs】
 市民課長渡邊が腑抜けのようになって、部下小田切とよと夜遊びをする当たりが、情けなくて、可笑しくて、哀しくて、一番良い場面だと思います。特に美人でもなくて、貧乏だけど、元気で少々コケットリーを感じさせつつも、現実的な若い女性がうまく描かれています。
 小田切みきは、これがデビュー作なんですね。

【medical view】
 今は昔、の気がしますが、少なくとも日本には、本人には絶対がんを告知しない時代がありました。がんが、不治の病であり、知らせることが本人を絶望に追い込むだけだ、と考えられていたからでしょう。がんセンターが出来たるとき、「患者が自分ががんだと分かるような病院に誰が行くんだ」ということを言う人がいたそうですが、今から考えると、ちょっと嘘のようです。
 この映画は、そういった時代につくられ、医師が告知しなかったにもかかわらず、医師や看護師の噂話を偶然、渡辺が立ち聞いてしまう、というところからお話がスタートします。
 告知に関する考え方が変わってきたのは、1つには、「知ること」や自己選択に関する国民の意識の変化があります。また別の面からは、がんが治療できる病気になってきたこと、更にいえば、化学療法など患者本人の理解と同意なしに、進めることが困難な治療法が多く開発されたことがあります。現在、多くの医療機関では、100%本人告知に努めようとしていますが(AERA2004/11/29号によれば、72病院中59病院が、原則的に「100%する」「なるべくする」としている)、これは、医療機関が患者の権利に対する意識が高まったというだけでなく、穿った見方をすれば、告知や説明義務に関する訴訟の結果や、外科的療法や化学療法を積極的に進めたい医療機関の都合も少なからず入っているといえます。
 ただ、現在でも、告知に対して躊躇する気持ちは、少なくとも家族側には強く残っています。新聞の世論調査等でも、8割近くの方が自分ががんだったら告知して欲しいというのに対して、家族に対しては、半数も告知しない意向を示しています。
 さて、では、なぜ、家族が告知に躊躇しているか。国立がんセンターのマニュアルでは、「患者は気が小さいから自殺をするかもしれない」という考え」と書いていますが、これは少々表層的であると思います。
 というのも、自分の家族のことを心底大切に思っている人ばかりではないからです。逆にいえば、互いに好きでもなければ、尊重もしていない家族は少なくありません。その場合、身内が「かん」などになって、色々愚痴愚痴言われるのが面倒だと思っています。もちろん、自殺されるのも色々面倒ですが、それより、その人の日常を世話する上で、「自分は死ぬんだから」と思われていると面倒だと思うのです。それは、「生きる」だけではなく、「東京物語」でも描かれている家族の葛藤です。
 病気の家族をかいがいしく看病する家族像というのは、医療側の幻想です。
 もちろん、かいがいしく看病する家族がいないといっているわけではありません。自分の幼い子どもが、がんの場合などは、当然、親身になって看病するでしょう。しかし、自分の親や配偶者の場合は、冷淡な場合が少なくないのです。
 医療従事者は、「家族が患者を嫌い」という構図を嫌います。目をそらしているといっても良いかもしれません。かいがいしく看病する家族を「良い家族」、そうでない家族を「悪い家族」と決めつけます。確かに、良い・悪いで分ければ、正しいのでしょう。ただ、医療従事者が「良い」「悪い」とみるのは、往々にして自分たちの都合に「良い」「悪い」の観点が入っています。医療従事者がよく重症な状態にある入院患者の家族に対して言う「可哀想だから、ついていてあげてくださいね」の、「可哀想だから」は実は自分たちにも向けられているのです。
 国立がんセンターのマニュアルでは、「「告げるか、告げないか」という議論をする段階ではもはやなく、「如何に事実を伝え、その後どのように患者に対応し援助していくか」」、「家族には先に知らせない」のが原則である」などと、患者側の立場にたったことを書いていますが、看病の重荷を負う家族の立場は犠牲は余り考慮しない、そして、これが、実は、自分たちのとって都合の態度であるということも、医療者としては認識しておくべきでしょう。
 だから、家族の立場にたって告知はしないほうが良い、と言っているのではありません。患者と家族の関係が往々にして対立構造にあり、その際、医療者として、「どちらの立場にたっており、その結果が何をもたらしているか」について、常に敏感であってほしいということです。
 そもそも、「患者は気が小さい」というような表現を伝聞調とはいえマニュアルに記載するのは、心配りが雑に感じます。「患者には、それを自分で受け止めることができず」くらいに変えられないものでしょうか。もちろん、英語論文の方の表現のニュアンスはきちんと伝えるにしてもです。

 さて、それでは、今、実際どの程度、本人に告知しているかということですが、がんの進行度や治療可能性にもよるでしょうが、おおむね5割くらいではないでしょうか(調査や研究を探しているところです)。アメリカではほぼ100%、欧州でも南欧は比較的低めで日本と同程度と聞いたことがあり、やはり、個人より家族の都合が優先するラテン系=カソリックの国だなあと思ったことがあります。

 ところで、この映画で扱われている「胃がん」は、わが国では代表的ながんの1つで、減少傾向にあるとはいえ、つい最近まで罹患率も死亡率もわが国の第1位のがんでした。ということもあって、わが国では、胃がん検診は、がん検診の中でも最も早く発達しました。
 しかし、胃がんの少ない欧米では、日本で行われているような胃エックス線写真のスクリーニングの効果は否定されて実施されていません。宇宙飛行士のスクリーニングにも欧米では取り入れられておらず、日本人宇宙飛行士だけ取り入れられています(と昔聞いたことがあります)。
 とくに「落ち」はないのですが、とりあえずトリビアということで。


【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVDレンタルが出ていますが、比較的最近リリースされたため、ビデオしか置いていないショップも多いです。白黒映像の美しさは、DVDでないと味わえないと思いますので、是非DVDをお探し下さい。

↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-13 20:24 | ICD C00-D48新生物

オータムインニューヨーク (2000/US)

C38.3 縦隔神経芽腫

【copy】
シャーロット、22歳。彼女に残されたのはわずか一年という命。

「恋をしたい。今すぐ」
「なぜ?」

【staffs】監督 : Joan Chen 陳冲 ジョアン・チェン
リチャード・ギア(Will)、ウィノナ・ライダー(Charlotte Fielding)、エレーン・ストリッチ(Dolly)、アンソニー・ラパグリア(John)、ジル・ヘネシー(Lynn)、メアリー・ベス・ハート(Dr.Sibley)、シェリー・ストリングフィールド(サラ)、ヴェラ・ファーミガ(リサ)
【prises】第21回ラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)ワースト・スクリーン・カップル賞ノミネート
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
ニューヨークのセントラルパークで高級レストランを経営するウィルは、ハンサムでリッチだが、独身で女癖の悪い48歳の男性。彼は自分の経営するレストランで22歳の誕生日を祝うシャーロットと出会う。自然に結ばれる二人だったが、シャーロットはこの年齢では珍しい神経芽腫で余命1年と告げられていた…。
【impression】
 ラジー賞にノミネートされているように、悪評の高い恋愛映画。ニューヨークの秋からクリスマスの美しさに説得力があるのに、二人の愛に説得力が弱い。
 個人的には酷評するほどではないと思うし、こういうこともあると思うのだが、リチャードギアとウィノナライダーの悪い部分が見えてくるような映画ではある。
【staffs】
 線が細く中性的で、それでいて、女性的な魅力に満ちたウイノナライダーは、余命僅かの女性を演ずるのには適しているように思います。万引き事件の判決後、2003年にはマークジェイコブスのモデルのオファー…というニュースがありましたが、それ以降、全く姿を消してしまいましたね。もう33歳なんですねえ。
 「ER 緊急救命室」のスーザン・ルイス(シェリー・ストリングフィールド)が、ちょい役で出ています。

【medical view】
 神経芽(細胞)腫は、悪性腫瘍(がん)の1つで、神経系の1つ交感神経におきるがんです。交感神経に起こるがんですので、体中どこからでも発生し得ますが、副腎から発生する場合が多いようです。小児のがんで、白血病を除くと最も発生が多いものです。1歳以下特に生後6か月以下で発見すると、予後が良いのですが、2歳を過ぎると死亡率の高いがんです(おそらくは、一定年齢後の神経芽腫は、生まれて間もない神経芽腫と種類が違うものだろうとされています)。多くは、骨髄に転移して痛みや貧血で気づかれることが多いようです。
 1歳未満の神経芽腫は予後が良くマススクリーニングの方法が開発されていたことから、日本では1984年から生後6~7か月の全乳児を対象に検診が行われてきました。ところが、1歳未満の神経芽腫は放置しておいて自然治癒する例も少なくなく、早期に発見して治療に対する苦痛もあり、そもそも神経芽細胞腫検診が死亡率を減少させているかどうかもはっきりしていませんでした。そこで、2003年に国の研究会で、有効性が確認されるまで休止すべきという報告が出され、2004年に廃止されました。
 どうもわが国では、健康診断や検診が好きな国民性があり、「良さそう」というだけで、どんどんやられる傾向にありましたが、それが見直される機運にあります。それはそれで良いことなのですが、きちんとした評価体制や仕組みがないところで、思いついたように、国が厚生科学研究費で研究班を立ち上げて検討するというのでは、一抹の不安があります。お金はかかりますが、常設の評価機関や、アメリカのように議会併設の技術評価機関などが必要なのではないでしょうか。

 さて、話は戻ります、上述の通り、神経芽腫は子どものがんで、シャーロットのように、20歳前後で、しかも縦隔(胸腔内で左右肺の間)に発症するのはとても珍しいといえます。その上、末期とはいえ、元気にセックスするなど、残された期間を十分満喫しており、こういうこともあるものなのでしょうか…という感じではあります。
 ところで、この映画のポイントは、シャーロットが余命1年と告げられ、外科的手術の方法はあるがそれは主治医が強く進めておらず、シャーロット自身も手術拒否の書類にサインしていることです(延命(挿管)拒否でもないのに、手術拒否というサインがあるのは、骨髄転移で貧血を起こし意識を失い、その場で緊急手術をすることが考えられるからでしょうか?)。しかし、本人の意志にもかかわらず、知り合ったばかりの恋人が、手を尽くそうとします。ただ、大変難しい手術らしく、どの医師にも断られ続け、ようやくクリーブランドからわざわざ天才的な外科医Dr. Tom Grandyを探し出すのです(実際に探し出したのは、別居していた娘ですが)。
 「安らかに天寿を全うする」か、「チャレンジして助かる可能性にかけるかわりに、苦痛と命を縮めるリスクをとる」かを、選ぶということは難しいことです。なにしろ、助かる可能性がどの程度で、助かるといっても何がどのくらい助かるのか、苦痛がどのくらいか、命がどの程度縮まる確率なのか…これが分かったとしても難しいのに、多くは分からない、せいぜい確率的にこの程度という子どもだましの数字があるくらい(いくら、EBM、EBMと言っても、同じ状態であらゆる面から同じ属性の患者のエビデンスなど普通は存在しないのですし、サラのような珍しい症例では特にそうです)。
 これを簡単に「チャレンジしよう」というのは、やはり、恋人のエゴなんですけど、エゴが言えるくらい愛しているという言い方があるかもしれません。

 ちなみに、日本だと、こうやって別の病院の名医を探し出したり、来てもらったりすると、ろくなことはないですが(これまで大学病院が教育を担ってきたため、大学病院ごとに系列や人間関係が出来上がっているため、大なり小なり面倒がられたり、シコリが残る)、アメリカではこういったことは決して珍しくないと思いますし、誰も気分を害しないはずです。
 もう1つついでに「ちなみに」ですが、Dr. Tom Grandyは、ハーバード卒後、コロンビア医科大を卒業し、Cleveland Health Center 勤務という設定なっています。Cleveland Health Centerとは、おそらく、クリーブランドクリニックの心臓専門センター(Heart Center)と思われます。クリーブランドクリニックは、世界的に超一流の病院として知られ、日本でも有名だと思いますが、それを裏付けるように、U.S. News & World Report (全米で最も信頼される医療機関のランキングを毎年発表している)の2005年で総合4位(1位はジョンズホプキンス病院)で、なかでも、HEART AND HEART SURGERY部門では1位の病院です。ウィルが「オハイオか!」みたいなことを言っていますが、恋人のことを真剣に想って調べていれば、クリーブランドクリニックが最高の病院だってことが分かっているはず。クリーブランドクリニックの心臓・心臓外科部門は、専門医師による調査でも70.1%も支持されていますし、ニューヨーク近郊だと、5位のマサチューセッツ総合病院、6位ブリガム&ウィメンズ病院(いずれも、ハーバード大系でボストンにある)、7位ニューヨーク・プレスビタリアン大学病院とあるけど、いずれも支持率が、24.1%、21.1%、20.7%と段違いなんだから…。しかも、遠いといっても、同じ東部で、直線距離で500km。東京-札幌より近い。

 さて、話を戻しますが、一番不思議なのは、Dr. Tom Grandyが、「次に倒れて意識が回復しないようだったら、私を呼ぶように」という指示を出すことです。直線距離でも500kmを超えるだろうに、いくらすぐヘリコプターでかけつけても、連絡もらって手術まで2時間はかかる、そんなもので良いのかしら?と考えてしまいます。動かせないような状態ではないのだから、すぐにでもクリーブランドにシャーロットを運べば?と思います。
 ここは穿った見方をすると、伸るか反るかの大手術、成功する確率も低く、成功しない限り命を縮めることは間違いない。…と考えて、最後の最後に手術をもってくる(本当にそんなことがありうるのか、全く分かりませんが、なにしろ、あのクリーブランドクリニックですから)。
 だとすれば、問題ないのです。選択肢は、「意識不明のまま安らかに死ぬ」か、「意識不明になったあと最後のチャレンジをする」か、どちらかだからです。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
レンタルDVDが出ていて、置いてあるショップも多いと思います。


↓参考になったら、是非、人気ブログ投票してください↓
(アクセスすると投票したことになります)

人気blogランキングに投票

[PR]
# by harufe | 2005-07-12 12:36 | ICD C00-D48新生物