ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレHilary and Jackie (1998/UK)

G35 多発性硬化症

【staffs】監督:アナンド・タッカー
出演:エミリー・ワトソン(Jacqueline Du Pre)、ランチェル・グリフィス(Hilary Du Pre)、ジェームズ・フレイン(Daniel Barenboim)、デイヴィッド・モリッセー(Kiffer)、チャールズ・ダンス(Derek Du Pre)、Celia Imrie (Iris Du Pre)
【prises】
第71回アカデミー賞主演女優賞(エミリー・ワトソン)ノミネート、助演女優賞(レイチェル・グリフィス)ノミネート
第56回ゴールデン・グローブ賞女優賞ドラマ部門(エミリー・ワトソン)ノミネート
第52回英国アカデミー賞主演女優賞(エミリー・ワトソン)ノミネート、脚色賞ノミネート、作曲賞(アンソニー・アスクィス映画音楽賞)ノミネート、イギリス作品賞(アレキサンダー・コルダ賞)ノミネート
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 60~70年代を疾走した実在の天才女性チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの一生を、ジャクリーヌと姉のヒラリーの双方の視点から描く。
 少女時代から才能に恵まれたジャクリーヌは、天才チェリストとして喝采をあびる一方、エキセントリックな性格で、魅力的な女性。ダニエル・バレンホイムと知り合い、二人は、たちまち恋におち結婚する。しかし、ジャクリーヌは、多発性硬化症に侵され、演奏することもできなくなってしまう…。姉ヒラリーとの間の衝撃的な秘密も明らかにされる…。
【impression】
 一面的な見方かもしれませんが、普通の(といってもやや恵まれた)家族から、卓越した才能を持った子どもが天才として羽ばたくことを描くことにより、家族とは何かという問題をうまく描いているように感じました。ジャクリーヌの不幸も、淡々と描かれていて、かえってリアリティがあるように感じます。

 この映画の原作が、姉と弟の共著によるものだと知ると、このことを世の中につまびらかにせざるをえなかった姉弟の気持ちを考え、少し複雑になりました。なお、この原作や映画については、ジャクリーヌの芸術家の友人達は猛烈に抗議したようです。元夫のダニエル・バレンホイムは沈黙を守っているそうですが。
 いまだにジャクリーヌの芸術は燦然と輝き、特に ロンドン交響楽団と共演したエルガーのチェロコンチェルとでは今でも定番の1枚とされているようです。右の写真はご本人です。

【medical view】
 多発性硬化症は、その原因や治療法が十分解明されていない神経難病の1つです。電気刺激を伝達することにより、神経細胞は機能しており、いわば電線のような役割をしています。電線が絶縁物に覆われているように、神経細胞もミエリンという脂肪質により絶縁されています。このミエリンがなんらかの理由(おそらくは、自己免疫による攻撃)によって破壊されるがこの病気です。このミエリンがどこで壊されるかによって、多彩な症状があらわれます。ジャクリーンのように、運動障害や排尿障害を起こす場合もあれば、視覚障害や痛み、物忘れなどが起きる場合があります。また、病気の経過も様々で、一番多いのが再発と軽快(寛解)を繰り返す方ですが、突然全く症状がなくなる方から、ジャクリーンのように進行していく方(日本ではまれだそうです)までいらっしゃいます。とにかく、不思議な病気で、医師もその経過を予測することはできません。様々な治療が行われますが、根治する治療法はまだ開発されていません。病気の場所が古くなると硬く感じられるようになるので、「硬化症」という名前がつけられています。
 多発性硬化症は欧米の白人に多く、北欧では人口10万人に50人から100人位の患者さんがいます。日本では人口10万人に3~5人程度といわれています。神経難病の中でも決め手となる検査がないため診断が難しく、他の疾患でないことが確認された上でこの病気と診断されます。
 詳細は、多発硬化症の情報提供を目的に多発硬化症の患者さんと家族が設立したNPO法人MSキャビンのページをご参考下さい。
【tilte, subtilte】
 今となっては、原題の”Hilary and Jackie”というタイトルは、大統領夫人みたいですね。英語のタイトルで”○○ and ○○”というのは比較的多いような気がします(単に、” JULES et JIM”“ Bonnie and Clyde”を思い出しただしたのです)が、いずれも、「突然炎のごとく」とか「俺たちに明日はない」とか文章系のタイトルになってしまいます。「タッキー&翼」が人口に膾炙してから変わるでしょうか。
 原作の翻訳「風のジャクリーヌ」じゃあ、だめだったのでしょうか。配給会社の方で、「ジャクリーヌ・デュ・プレ」の名前の方が客を呼べると思ったのでしょうかね。

【books】
ジャクリーヌの姉と弟共著の原作が「風のジャクリーヌ ある真実の物語」として邦訳されています。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 DVDはセルのみ。ビデオがレンタル&セル。レンタルビデオを置いているショップは多くないです。興味のある方は、少々高額ですが、DVDの購入をお勧めします。


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# by harufe | 2005-07-11 20:47 | ICD G00-G99神経系の疾患

ベニスに死す(1971/Ita,Fra)

A00 コレラ

【staffs】監督:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:ダーク・ボガード(Aschenbach)、ビヨルン・アンデルセン(Tadzio)、シルヴァーナ・マンガーノ(The Mother)
【prises】
第44回アカデミー賞衣裳デザイン賞(ピエロ・トジ)ノミネート
第24回カンヌ国際映画祭パルム・ドール出品
第25回英国アカデミー賞(1971年)作品賞ノミネート、主演男優賞(ダーク・ボガード)ノミネート、監督賞(ルキノ・ヴィスコンティ)ノミネート、撮影賞(パスクァリーノ・デ・サンティス)受賞、美術賞受賞、衣装デザイン賞受賞、音響賞受賞
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 1911年初夏のヴェニス・リド島。心臓病の療養でドイツからやってきた作曲家アッシェンバッハは、ポーランド人家族に目をとめる。母親と姉妹と連れられる少年タジオの肢体と美しさに、彼の魂が揺すぶられたのだ。 
 しかし、ヴェニスには熱風が吹き込め、疫病コレラが流行をはじめ、アシェンバッハもそれを知ることになる。しかし、魂をタジオに奪われた彼は、ヴェニスを去ろうとはしなかった…。
【impression】
 ルキノ・ヴィスコンティの代表作の1つ。「地獄に堕ちた勇者ども」「ルードウィヒ/神々の黄昏」とあわせて、ドイツ退廃三部作と呼ぶのだそうで、「退廃と美」というものを極めたという感じがします。ただ、「退屈なだけ」という感想を持つ人も多いだろうと思います。なにしろ、退廃と退屈は似たようなものですから。
マーラー5番の第4楽章アダージョの美しさは言うに及ばず、「豪華絢爛な究極の耽美世界」とはこのことか、という感じであります。トマス・マンの原作では、主人公が文学者でしたが、その設定を変更しているのは、音楽の美しさを合わせ鏡にするためでしょうか。
ホテルは映画のために建設されたのをはじめ、徹底的な美術考証がなされたようです。今リド島に行っても、ただの海水浴場です(行ってみて、がっかりした)。
【staffs】
 中年男が美少年に憧れを抱く、と聞くと、尋常な話とは思えませんが、タジオを演ずるビョルン・アンデルセンの美しさは、アッセンバッハの陶酔への感情移入を可能といたします。まあ、感じない人もいるだろうが。
 ビョルウ・アンデルセンは、この映画以外はほとんど知られておらず、30年前には中島梓氏を含め、わが国の「やおい」の人たち(当時はそんな表現もなかったと思いますが)から、熱狂的な支持を集めていたようです。

【medical view】
 コレラは、19世紀初頭までは、ガンジス川の三角州で流行する風土病に過ぎませんでした。それが、イギリス軍の植民地支配による交通網の発展と、なぜか高まった毒性により、世界を蹂躙する恐ろしい疫病へと変貌を遂げました。19世紀初頭の主としてアジアにおける流行を第1次流行として、この映画で描かれているのが第6次の最後の世界的流行でした。この6次にわたる世界的流行は、世界の歴史にも大きな影響を与えており、例えば、1830年代ポーランドの独立がロシアによって踏みつぶされたのも、ポーランドへのコレラ流行によるもののようです。タジオの家族が、ポーランド人という設定は、このことに何か関係があるのでしょうか。
 コレラは、1日数リットル~10数リットルにも及ぶ致死性の下痢を起こし、人々は極度の脱水状態の中で死を迎えました(筒井康隆は、だから「ペスト」は深刻な小説になるが、「コレラ」はパロディにしかならない…と「コレラ」というパロディ小説を書いたのですが)。コレラは糞便を通じて伝染します。当時のヨーロッパの都市では下水道が完備されていても、そのまま川に垂れ流し、上水道は川の水をそのまま使い、当然塩素による消毒も行っていませんでしたから、コレラにとっては大変都合の良い環境だったのでしょう。
 さて、このように聞くと、おそらく公衆衛生の進歩がこの病気を駆逐した、あるいは、医学の進歩・抗生物質の発見がこの病気を駆逐したとお思いになる方が多いと思います。
 しかし、そうではないのです。コレラという病気は6回の世界的大流行の後、故郷のベンガル地方に再び収束しました。そして、1961年インドネシアセレベス島に発生したエントール型という新型コレラに駆逐され、とって代わられるのです。このエントール型は、現在も毎年数十万人の患者を生む現在のコレラですが、とにかくそれ以前の「アジア型」に比較すると、症状が軽いのだそうです。
 世界の歴史を変えるような疫病の多くは、新たな人々の移動に伴い(その多くは戦争や侵略)それまで風土病として地域の人々と共存していたものが、猛毒化して大規模に広がり、そして、エイズを除けば医学が何ら有効な手段を持たない中で、流行をやめてきました。その中には、梅毒やコレラのように、明らかに勝手に弱毒化したものがあります。スペイン風邪に始まるインフルエンザなども、SARSの流行までは、その1つに数えて良かったのかもしれません。確かに、病原体の方も、宿主である人間をどんどん殺していては、自分が困るという面もあります。したがって、大規模に流行した後は、弱毒化して、宿主に負担をかけないように変化した方が良いとも思えます。
 この程度は誰もが考える仮説ですが、今後、証明されていくことでしょう。いずれにしても、今後も人類は、「いずれ弱毒化する」ことよりも、「突然猛毒化する」ことに十分注意すべきでしょう。

 ところで、この映画の最後では、アッセンバッハはタジオに陶酔しながら最期をむかえるわけですが、その死に方はコレラによる死と考えると不自然で、持病の心臓疾患の発作と考えるべきのようです。
 以上、濱田篤郎「旅と病の三千年史」文春新書同「疫病は警告する」洋泉社新書の内容を全面的に参照にさせていただきました。この2冊は、本当に面白くてお薦めです。
【tilte, subtilte】

【books】
 原作は誰でもご存知のことと思いますが、これって今絶版なのです。角川書店も“メガ・ソフトウェア・パブリッシャー”を標榜すると、こんな作品は出版に及ばないということなのでしょうかね。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVD、ビデオ共に、レンタル&セルされています。2005年3月にセルDVDが1500円台で発売されたので、愛好家の方はそちらがお薦めかもしれません。
 やや大きめのレンタルショップでないと置いていないかもしれません(昔からあるショップだと、ビデオだけの場合がありますが、この映像だけはDVDで見ないと駄目だと思います。できれば、劇場で見た方が良いのでしょうね)

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# by harufe | 2005-07-10 10:52 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症

刑事コロンボ第5シーズン~忘れられたスター Forgotten Lady (1975 / US)

I67.1 脳動脈瘤,非<未>破裂性

【staffs】監督ハーヴェイ・ハート、脚本ウイリアム・ドリスキル
ピーター・フォーク(コロンボ刑事)ジャネット・リー(グレース・ウイラー)、モーリス・エヴァンス(レイモンド)、サム・ジャッフェ(ヘンリー・ウイリス博士)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★(per5)
【prot】
 往年のミュージカルスターのグレース・ウイラーは、自ら出資してまでカムバックを果たそうとしている。しかし、引退した医師の夫ヘンリーは、その出資に反対している。グレースはどうしても譲らない夫を、自殺に見せかけ銃殺してしまう。ヘンリーは前立腺の手術を勧められており、それを苦に自殺したと見られたが…。
 コロンボ刑事の推理と犯人との対決がいつも通り冴えるが、グレースの隠された持病が意外な結末を呼ぶ。
【impression】
 コロンボ作品の多くの作品に、胸の空くようなどんでん返しが用意されています。その、多くは、コロンボ自身がしかけたもので、逃げおおせたかに思える犯人を一気に追いつめるというものです。しかし、この作品では、ジャネットが疾病による記憶喪失や性格変化に苦しめられていた(伏線はしかれているのですが、追いつめられた犯人の心理や演技と思って見てしまいます)ということで、胸が空くというより、肩すかしをされたような気持ちになります。
 ただ、おそらく、ある程度の年齢に達した方が見れば、グレースやレイモンドに感情移入して見ることになるでしょうし、この肩すかしが、かえって含みのある印象を残してくれることと思います。
【staffs】 映画好きでないと気がつきにくいのですが(私は気がつかなかった)、グレース・ウイラー役のジャネット・リーは、ヒッチコック『サイコ』で有名な冒頭で殺されてしまう女優です。この作品で演じているとおり、1950年代に『Walking My Baby Back Home』でも主役を演じるなど、ハリウッドで成功をおさめたスターの1人です。トミー・リーカーチスと結婚、次女がジェイミー・カーチス。惜しくも、2004年10月5日にお亡くなりになりました。享年77歳。
 この作品に登場時は48歳(映画では実際より老けて見えますね)ですが、写真はお若い頃のものです。それにしても、この頃のハリウッドの女優というのは、特別なオーラがありますね。
【tilte, subtilte】
 “Forgotten Lady”は、もの悲しさが残るこの作品に絶妙なタイトルだと思うのですが、「忘れられたスター」とするとその絶妙さは失われます。しかし、確かに「忘れられた女」ともし難いし、「忘れられた淑女」も語感が悪いし、ぴたりとこないので、しょうがないですね。

【medical view】(ネタバレ)
 脳動脈瘤は、脳の血流によって血管にできる瘤のことで、通常は無症状ですが、これが大きくなって破裂するとクモ膜下出血を引き起こします。クモ膜下出血は、脳動脈瘤破裂以外の理由でも起こりますが、8割方脳動脈瘤破裂で起きるようです。医学が進んだといっても、クモ膜下出血が起きると、とりあえず保存的(対症的)な治療をしつつ、状況を把握した上で再発防止のための手術を行うという対処しかありません。したがって、未だに、クモ膜下出血の死亡率は5割程度と大変高い状況です。
 15年くらい前から、日本では、「脳ドック」が盛んになり、破裂前の脳動脈瘤を発見して、破裂前に治療することが進められてきました。しかし、そもそも、脳動脈瘤の手術は、副作用を遺す場合が希ではありませんから、どの程度どの大きさの動脈瘤であれば手術すべきかという知見が必要です。脳ドックがブームになった当初は、当然こういう知見はありませんので、手術すべきかどうか悩ましいところだったでしょうが、現実には、やや無理をして手術をした場合が少なからずあったのでしょう、一時期「脳ドック」が社会問題になったことがあります(脳ドックそのものの侵襲性(害)は無視してよいのですが、その後に、手術をして後遺症が残った例が多数報告された)。
 脳動脈瘤の場合、破裂するまでは症状が何もない場合が多いのですが、場所と大きさによっては、瘤が脳神経を圧迫することによってなんらかの症状が出る場合があるようです。記憶喪失や性格の変化もその症状の1つですが、この作品のように殺人したことすら思い出せないというところまで行くものなのでしょうか。
 さて、グレースの脳動脈瘤は、この作品の中では治療不可能ということになっています。1930年代から、アメリカでは、すでに金属のクリップで瘤をとめて留置して治療する「開頭クリッピング術」が行われていました。また、この作品が発表された1975年当時は、スイスで開発された顕微鏡下で行うマイクロサージャリーも始められており、どこまで一般的だったか分かりませんが、元ハリウッド女優と医師の夫婦であれば、当然手の届く治療だったでしょう。ということは、瘤の位置が、開頭手術に適さない場所だったということになるのでしょうか。
 1990年には、開頭しないで、細いカテーテル(マイクロカテーテル)を血管の内側から脳の瘤まで通し、コイルを留置するという技術がイタリアで開発されています。この方法(コイル塞栓術)は、日本でも92年から高度先進医療に認められ、97年から保険適用となっています(この当たりの年は不正確です。どなたかお教え下さい。正確になったら、高度先進医療の注釈も書きたいと思います)。コイル塞栓術の方が、開頭に比較すれば、患者への負担も当然少ないのですが、歴史が浅いための予後等が十分分かっていないことと、場所によって開頭の方が良いということも多いようです。また、新しい技術ですから、医師の技術水準にむらがある(やったことがないという医師も多い)こともネックです。
 いずれにしても、この作品が発表されたのが1975年ですから、グレースの脳動脈瘤がもしかりに15年破裂しないでもったとすれば(可能性ゼロということはないでしょう)、コイル塞栓術により治療ができるかもしれません。それでも、記憶がすっかり戻るということはないのでしょうが、もし記憶が戻るようなことがあれば、かえって不幸なのでしょうね。
【books】
 ノベライズが出ています。
この作品とは全く関係ないですが、頭痛が原因で脳動脈瘤が発見され、手術するまでのことを綴った下村治美さん(ジャーナリスト)の体験記はおもしろいです。この分野は進歩が早いので、やや時代遅れになっている部分があるかもしれませんが。
 それから、刑事コロンボシリーズの解説書としては、『刑事コロンボ読本』が超決定版です。普通の本屋で置いていないのが残念ですが、手軽に入手できますので、少しでもコロンボに興味のある方は、是非、購入されたら良いのでは(私も、ちょっとだけファンなのですが、大変面白かったです)。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 刑事コロンボの第1期~第7期まではDVD、ビデオ共にレンタルされています。少し大きいショップなら必ず置いてあります。

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# by harufe | 2005-07-09 11:47 | ICD I00-I99循環器系の疾患

1リットルの涙 (2004/Jpn)

G31.9 神経系の変性疾患,詳細不明(脊髄小脳変性症)

【copy】
耐えておくれ、私の涙腺よ――
悔しかったらやればいいじゃん。
負けとったら、いかんじゃん。

【staffs】監督:岡村力
出演:大西麻恵(木藤亜矢)、かとうかずこ(木藤潮香)、鳥居かほり(山本纊子)、パン屋のおばさん(松金よね子)、寮母(芦川よしみ)、木藤瑞生(浜田光夫)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★★-(4minus per5)
【prot】
 1977年のある日、中学三年生の亜矢は、登校途中に思いがけずバランスを失って転倒してしまう。ケガを診察した医師は、その不自然な転倒ぶりに、専門医の診察を薦めた。大学病院での診察で、亜矢の母は、彼女が脊髄小脳変性症であることを告げられる。進行性で最終的には運動機能を失う病魔に襲われた亜矢は、健気に懸命に生き抜く。
 実在した亜矢さんと彼女の母の日記・手記を原作とした感動作。
【impression】
 大西麻恵の迫真の演技が素晴らしい上に、邦画の医療映画としては、相当高いグレードにあると思います。安易なお涙頂戴作品ではなく、リアリティも設定も演技も、きちんとしていて、興ざめすることなく、亜矢さんの生き方に感動し、勇気づけられます。
 ただし、折角ここまで頑張ったのだから、大西の眉が整形され、耳にピアス穴があるのも、誰かが止めるべきだったのでは(昭和50年代にそんな中学高校生はいなかった)。あとは、舞台然としたお芝居をする役者さんがいて、やや興ざめでした。
【staffs】
 大西麻恵さんは、TVドラマ、CM、雑誌などで、時々顔を出しておられたようですが、この主演が最初の大きな役で、「新人起用」という扱いのようです。今年からグリーンチャンネルの「うまくら」でキャスターを務めておられますが、この映画の亜矢役とは全く違うイメージの、普通の可愛い女性です。ひょっとしたら、ものすご~い女優さんかもしれません。

【medical view】
 実在の亜矢さんは14歳の誕生日から20歳まで46冊にも及ぶ日記を書きつづり、25歳10か月でお亡くなりになっています。脊髄小脳変性症の説明は田辺製薬さんが作成されたパンフレットが分かりやすいです。
 ただ、同じ病名でくくっていても、発症年齢や経過も含め、相当様々な種類があります。亜矢さんの病気は、脊髄小脳変性症の中でも相当早い経過を辿っており、孤発性で多系統障害型(遺伝とは関係なく、より重症で経過が早い)のものだったのだろうと思います。脊髄小脳変性症は、神経難病の中でも遺伝の関与が大きく、その割には原因解明や治療が最も遅れている疾病の1つといえると思います。下の写真は養護学校へ転校したころの亜矢さんです。電動車椅子に使用しておられます(文庫版「1リットルの涙」より)
 ちなみに、映画にも登場していた亜矢さんの主治医は、現在の藤田保健衛生大学の山本纊子教授です(パンフレットにも病気の解説を書いておられました)。亜矢さんのお母さんは豊橋保健所の保健師で(どうして映画で全く触れていないのか不思議だが)、亜矢さんの病気をしった上で、当時厚生省特定疾患・脊髄小脳変性症調査研究班長である名古屋大第1内科教授のもとを受診、そこで当時名大勤務の山本先生に出会ったということらしいです。
【tilte, subtilte】
 映画のタイトルは原作のタイトル。亜矢さんの症状が進み、それまで通っていた県立高校から養護学校に転校する際に、「決断を自分に下すのに、少なくとも、1リットルの涙が必要だったし、これからはもっといると思います。」と書いています。そこから、このタイトルをとったのでしょう。

【books】
 原作となった亜矢さんの日記と亜矢さんのお母さん潮香さんの手記が文庫で出版されています。
【videos, DVDs入手しやすさ】-
 まだ上映中ですが、多分DVD化されることと思います。

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# by harufe | 2005-07-08 21:40 | ICD G00-G99神経系の疾患

天国の青い蝶 The Blue Butterfly (2004 /Cnd)

C71 脳の悪性新生物

【copy】
世界で一番美しい神秘の蝶に会いたい。
余命わずかな少年に残された
たった一つの最後の願いが 奇跡を起こす。

キラキラと輝く青い天使が、
ちいさな心に舞い降りた。

【staffs】レア・プール監督
ウィリアム・ハート(アラン・オズボーン)、パスカル・ブシェール(テレサ・カールトン)、マーク・ドネイト(ピート・カールトン)、ラオール・トゥルヒロ(アレホ)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★(per5)
【prot】
 余命数ヶ月と宣告された末期の脳腫瘍の少年。彼は、病から、車いすを使う状態であるが、奇跡の青い蝶に憧れ、それを紹介した昆虫学者に懇願し、コスタ・リカの熱帯雨林へと出かける…。
 1987年にカナダで起きた実話をもとに、コスタ・リカの美しい映像を女性監督の感性で捉える。
【impression】
 悲劇の方が「感動モノ」にして映画にはしやすいのだと思いますが、この監督の感性でうまくとっています。ただ、こういった映画でこういう演技をしがちな、ウイリアム・ハートに辟易する方はいるかもしれません。
 この映画は、モデルとなった昆虫学者(愛好家?)のジョウジュ・プロッサールに言わせれば、80%は実話とのこと(映画パンフレットより)。
【staffs】
 「母が病気の息子を想う」というタイプの映画の中では、際だって母親を美しく描いた作品と想います。普通、女性の前に母親であるという人間像で描きがちですが、この映画ではお母さんが、とても艶っぽくて素敵です。パスカル・ブシェールの魅力なのか、監督が女性の感性なのかは分かりませんが…。
 →パスカル・ブシェール、この写真も素敵ですが、上の写真のような普通っぽいのも良いですね。彼女は、カナダの映画(特にフランス語映画)を中心に活動しており、今年、カナダのアカデミー賞といわれるジニー賞で主演女優賞(「Ma vie en cinemascope」)を受賞しています。もっと、英語圏の映画でも活躍して欲しいところです。
【tilte, subtilte】

【medical view】
 末期がんの少年ピートには《奇跡》が起こり快方へと向かったことになっていますが、実際にピートのモデルとなったダビット・マランジェさんも奇跡的に治癒したそうです。映画が日本で封切られた時点では22歳で、この映画が日本で上映するに当たって、来日なさっています。
 奇跡ってあるんですよね。勇気づけられますね。…としか、言いようがないですね。こういうのを、変に説明しようとすると、かえっていかがわしいか(希望による免疫機構がどうしたこうした…とか)、夢が無くなる(誤診だったとか…)のでやめておくべきですよね。
 ただ、医療側は、悪くなって死を迎える人は確実にフォローしますが、奇跡的に回復して病院に来なくなった人はフォローしていない場合も多い。これは、「医者の悲観的な感覚」を形成しているだけでなく、統計をとっても同じ傾向になる可能性が高い。つまり、どんな悲惨なことを宣告されても、少なくとも医療側の感覚よりは、現実は、若干楽観的な可能性があります。だから、現代医学以外の治療法もトライしてみるべき…とは思わないです。ただ、現在の治療の妨げにならないのであれば、医師も、患者・家族の気が済むように何かやるのにトライすることは止めることはしないでしょう。
【books】
 ノベライズが発表されています。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 DVDもビデオもレンタル&セルでリリースされています。最近の作品なので、ほとんどのショップに置いてあると思います。

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# by harufe | 2005-07-06 16:10 | ICD C00-D48新生物

カテゴリー(2)親が子を想うということ~13

 幼い子どもが不幸にして病を得た場合、ある意味、本人より悲しい想いをするのはその親かもしれません。また、親に先立つ子どもと子を想う親との関係は、多くの人の胸を打ち、また、多くの人が自分のこととして感情移入することのできるものではないでしょうか。

 仏教では(少なくとも日本の仏教では)、親に先立つことを、親不孝の罪としているようです。親不孝の罪をおかすと、閻魔様によって天国に行けず、賽の河原で永久に石を積んでいなくてはならないのだそうです。それを救うのが、お地蔵様ということのようです。ただ、普通は、自ら望んで親より先に死ぬよりも、病気や災害や戦争などで死ぬわけですし(あるいは、親がとてつもなく長生きかもしれませんが)、その罪を子どものせいにするのは理不尽な気がします。人工妊娠中絶した場合、胎児自身がその罪を負うという理屈で、水子地蔵に供養するのだという話を聞くと、どうも違うのではないかという気がしたりします。親より先立つことによって、親を悲しませてはならない、というところから来た「罪」なのだと思いますが、やや親の身勝手という領域に入っているような気がします。ただ、「先立つ不幸をお許し下さい」というメンタリティは、日本人的には、とてもよく分かるところではあります。

 幼い子どもが不治の病に冒された場合、どうしても、少しでも長く生きて欲しいという親の想い、もうこれ以上子どもの苦しむ姿を見たくないという親の想いなど、様々な親の気持ちが錯綜するのだと思います。ただ、それが、医療というパワーを得た場合、苦痛を伴った延命や逆に「安楽死」を可能にすることを考えると、ややこしい話になってくると思います(もちろん、積極的な「安楽死」はオランダでもない限り認められていませんが)。

 一方で、子どもを救う途があるのであれば、親はなんだってするというのが、これまた親心です。ただ、それが、凶悪な犯罪ともなれば、それで傷つく人もいるわけで、これまた困った話になります。

 といったように、重い病気に冒された子を持つ親の話は、映画のテーマに事欠きません。ここでも、そういった映画を取り上げてみました。


 ↓こうしてみると、母と息子を巡る話が一番多いですね。母親が中心になりがちなのは、母性愛や子育てにおける母親の役割、あるいは、離婚した場合に母親が子どもを引き取ることが多いということなのでしょうか。つまり、背景に、固定的な性役割意識が隠されているということですね。また、エディプス複合で代表されるような母・息子の関係を想定すると、「母と息子」という組み合わせが特に多いのも理解することができましょう。
 特殊な場合ですが、「マイフレンドメモリー」のところで書いた「伴性劣性遺伝の母(保因者)→息子(発症者)関係における母の「罪意識」」ということもあるでしょう。伴性劣性遺伝の難病は、副腎白質ジストロフィー以外にも、血友病、ドゥシャンヌ型筋ジストロフィー、一部の運動ニューロン疾患、一部のライソゾーム病、腎性尿崩症(伴性劣性遺伝の腎尿細管の水再吸収不全を原因)などあり、神様も随分残酷なことをするものです。伴性劣性遺伝でなくとも、21番トリソミーのような染色体異常や、垂直感染するものも、母親は、自分を責める気持ちが生まれるのでしょうか。最も、垂直感染するものは、事前にそのリスクを想定できますし、予防したりリスクを避けることができるので、同じ枠で考えるのべきではないですね。

 それにしても、父・娘という組み合わせがないのは妙な感じがします。

【主として母と息子】
●トーマス・フラッド「ママ、泣かないで」(1983) 白血病
●ペニー・マーシャル「レナードの朝」(1990)脳炎後パーキンソン症候群
●ピーター・ホートン「マイフレンドフォーエバー」(1995)後天性免疫不全症候群
●ジム・エイブラハムズ「誤診」(1997)てんかん
●ピーター・チェルソム「マイフレンドメモリー」(1998)
●チャールズ・マクドガル「HEART」(1999)
●レア・プール「天国の青い蝶」(2004)脳腫瘍

【主として母と娘】
●ゲイリー・マーシャル「カーラの結婚宣言」(1999)知的障碍
●デビット・フィンチャー「パニック・ルーム」(2002)1型糖尿病

【主として父と息子】
●バーベット・シュローダー「絶体×絶命」 (1998)急性白血病
●ニック・カサヴェテス「ジョンQ/最後の決断」(2002)

【両親と子ども】
●野村芳太郎「震える舌」(1980)破傷風
●ロバート・マーコウィッツ「ニコラスの贈りもの」(1998)交通事故死


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# by harufe | 2005-07-05 11:22 | カテゴライズ

ヴァージン・フライト The Theory of Flight (1998/UK)

G12.2 運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)

【staffs】ポール・グリーングラス監督
ケネス・ブラナー(Richard)、ヘレナ・ボナム・カーター(Jane Hatchard)、ジェンマ・ジョーンズ(Anne)
【prises】
1999年ブリュッセル映画祭最優秀外国映画賞
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 画家くずれのリチャードは、乗り越えられない自分を乗り越えるために、ビルの屋上から自作のグライダーで飛ぼとするが、あえなくダイブ。罪に問われた彼は、保護監察処分の代わりに120時間の社会奉仕活動を命じられる。
 彼が派遣された先は、MND(運動ニューロン疾患=ALS)で体の自由が奪われた車椅子のジェーン。身勝手で、リチャードに毒づく彼女だったが、自分を特別視しないリチャードに心を許すようになり、彼にヴァージンを捨てたいという望みを打ち明ける…。
【impression】
 実は、私は、劇場ではなく、しかも吹き替えVを見てしまったので、この映画を評価する資格はありません。
 ただ、エキセントリックな性格のリチャードを描くのが中途半端になっていて、結果的にジェーンの内面に十分触れることができない感じがします。リチャードのような性格を持ってこないと、この映画がお涙頂戴の陳腐なものになることは容易に想像できるのですが、それにしても、なんとなく不全感が残りました。
【staffs】
 若きALSの女性を演じるヘレナ・ボナム・カーターは、いかにもイギリス女優という印象を受けました。なんというか、演技に芯ががあって、シェークスピアとかやってそうな感じです。単に、日本でもヒットした『眺めの良い部屋』での演技(下写真)や、実際映画『ハムレット』に出演している(アメリカ映画だけど…)という先入観からきているのかもしれませんが。ただ、ティムバートンの『猿の惑星』にも出てたんですよね。確かに、サルメークは似合います。
  本作で共演しているケネス・ブラナーとは、私生活でもパートナーとのことです。むしろネガティブな影響が出ているような気もします。

【medical view】
 障碍を持った人を映画や本などで取り上げると、どうしても美しい感動的な話になりがちです。この映画は、そういった意味でかなり異色な映画といえましょう。
 障碍を持つことによって、純粋な心を持つことになる人もいるかもしれませんし、悟りを得る方もいらっしゃるかもしれません。しかし、大多数の方は、一般の人と変わらない欲望や欲求を持つのが当たり前なんであり、障碍をことさら美しく取り上げようとする側の方に問題がるように思います。私自身のことを考えると、今のところ若干の近視以外の障碍は持っていませんが、もともと薄汚れた心の持ち主であり、かりに生活がかなり制限されるような障碍を持ったとしたら、かえって相当ひねくれるのではないかと思います。
 この映画では、ジェーンが相当悪態をついていますが、決して、意固地になっているとか、ひねくれているというわけではありません。性に関する望みを口に出していても、歪んだ欲求ではなく、年相応の女の子が普通に考える素直で純粋な望みだと思います。それが映画になってしまうというのは、つまり、障碍を持つ人が普通の欲求を持つことが、特別なことに感じる人が多いということなんだろうなと思ったりします。三好春樹さんあたりが、この映画を感心して著書で取り上げたりしていますから、世の人のレベルも推して知るべしということなのでしょうか。

 「運動ニューロン疾患」という言葉は聞き慣れない病名かもしれませんが、代表的なものが「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と聞くと、分かる方がやや増えるでしょうか。ALSは、平たく言えば、運動する神経が変性し筋がやせ細り、体を動かしたり、べったり、飲み込んだり、呼吸したりが、徐々に出来なくなります。多くは発症から数年のうちに、人工呼吸器の助けを借りないと生存できなくなる…という大変困難を伴う病気です(この部分は、『打撃王』を書くときに詳しく書く予定です)。
 ALSは、介護保険の特定疾患にもなっているからお分かりのように、通常は、中年期以降に発症します。ジェーンの発症は10代後半ですから、ALS以外の運動ニューロン疾患も考えるところですが、その進行からみて、やはりALSの可能性が高いように思われます。
 実は、ALSの多くは、遺伝とは無関係に発症しますが、一部に家族性のものがあり、その中のいくつかは若年発症するのです。若年発症する家族性ALSには、常染色体優性遺伝するもの(父母のどちらかがALSなら子どもが全てALSを発症する)と常染色体劣性遺伝するもの(父母がどちらもALSなら子どもが全てALSを発症する)とがあります。ジェーンのお父さんが映画に出てきませんが、おそらくは、映画に出てきていないお父さんが家族性ALSを発症して(つまり、常染色体劣性遺伝)、ジェーンと同じく若くしてお亡くなりになったという設定が考えられます。そうすると、ジェーンのお母さんとの出会いや、ジェーンの誕生にも秘話がありそうです。
 なお、ALSは経過と共に筋肉がやせてきますので、役作りのためには、もっとやせているべきかもしれません。
【tilte, subtilte】
 The Theory of Flightという原題を、ヴァージン・フライトとするのは、やっぱり、相当変ですよね?

【books】
ノベライズが出版されていましたが、絶版です。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルはビデオのみ、置いてあるショップも余りありません。ただ、DVD、ビデオともに販売されていますので、興味のある方はそちらを。

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# by harufe | 2005-07-04 09:59 | ICD G00-G99神経系の疾患

ビューティフル・マインド beautiful mind (2000/US)

F20.0 妄想型統合失調症

【copy】
それは-真実をみつめる勇気 信じ続けるひたむきな心

【staffs】ロン・ハワード監督
ラッセル・クロウ(John Nash)、エド・ハリス(Parcher)、ジェニファー・コネリー(Alicia Nash)、クリストファー・プラマー(Dr. Rosen)
【prises】アカデミー賞作品賞受賞、監督賞(ロン・ハワード)受賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)ノミネート、助演女優賞(ジェニファー・コネリー)受賞、作曲賞(ドラマ)ノミネート
【my appraise】★★★★(4per5)
【prot】
 プリンストン大学大学院の数学科の学生ジョン・ナッシュは授業にも出ず、仲間からは変わり者と見られているが、彼の天才的な思考は画期的な理論を生んでいく。しかし、彼は同時に、統合失調症の病魔にも冒されていたのだった…。
 実在の天才数学者を描いたノンフィクションの映画。多数の映画賞に輝く。
【impression】
 ハリウッドの良い面がうまく表現され、凝縮した、まさに、映画らしい、映画。2000年にオスカーを争ったラッセル・クロウとエド・ハリスの共演にジェニファー・コネリーが華を添えている。
 製作会社イマジンが、ドリームワークスに出資を仰ぎ、更に資金が不足して、ドリームワークスの親会社のユニバーサルも出資したというから、資金的にも妥協しないで創ったのでしょう(もちろん、それだけ3社がヒットの可能性を信じたからだろうが)。
 娯楽映画でありながら、人の心を動かし、心に何か残すという作品です。
【staffs】
 ジェニファー・コネリーは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でデビューしたのが11歳、ダリオ・アルジェントの『フェノミナ』が翌年、デヴィッド・ボウイと共演した『ラビリンス 魔王の迷宮』がそのまた翌年、少なくとも日本での人気を決定的なものにした(実は、私はダリオ・アルジェントの大ファンです)。その後、しばらく作品に恵まれていなかったのですが(ですよね?)、本作で、晴れてオスカー獲得。
 助演女優賞というのが、やや微妙ではありますが(主演女優ではない)、彼女の献身は、統合失調症に係わる人には訴えることは間違いないでしょう。

【medical view】
 この映画では、エドハリス演ずるスパイを含め何人かの人が、「実は、ナッシュの幻覚でした」というところが、ポイントになっています。もちろん、お話として見た場合にも、相当肩すかしをくらう人がいて、評価の分かれるところと思いますが、疾病を表現するという点ではどうでしょうか。
 まずは、妄想の内容としてスパイが登場してきたり、被害的なものを主体とするというのは、統合失調症の特徴的な妄想であり、うまく描かれていると感じました。ただ、それが、映像で表現されているような形で現れるか、つまり、妄想の世界の人物が、あたかも存在しているかのように視覚化している点は、どうかと思います。
 統合失調症の幻覚は、幻聴を主体としており、「耳元で、誰かが、ささやく」とか「自分の悪口をうわさしている」(対話性幻聴)とか「組織が電波を使って命令してくる」と感じたりするとかが一般的で、この映画の映像で表現されているように、その対象が明確に人格化され幻視として現れることはまずないと考えられます。そもそも統合失調症の症状として幻視は希です(なお、実際にはないものが見える「幻視」や,実際にあるものが違って見える「錯視」は、アメリカの方が日本に比較して、やや頻度が高いそうです→統合失調症の症状の現れ方は国や文化によって相当異なります)。
 ただ、映像として表現するとすれば、どうしても、こういう形にならざるを得ないのだろうと思います。例えば、デビッド・クローネンバーグ「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする(2002/英・仏・カナダ)」でも同じような手法が使われています。
 ラッセル・クロウの演技自体は、統合失調症の患者さんに特徴的な、引きこもりがちで、人付き合いが苦手、そしてやや奇妙な印象を受ける点をうまく表現していると思いました。

 統合失調症と「創造性」の関係については、「天才と狂人は紙一重」の言葉に表されるように、人口に膾炙していします。確かに、創造性の高い人と統合失調症は似たところが多いといえましょう。思考方法、話し方、言葉の使い方がふつうではなく、孤独を好み、周囲からは変わり者と思われているといった点です。ただ、本格的に統合失調症の波に襲われてしまえば、尋常でない思考過程をコントロールすることができなくなり混乱しますから、かりに統合失調症と創造性が強く結びついていたとしても、病の渦のただ中にある際にはその創造性は発揮できないでしょう。
 したがって、天才的数学者ナッシュの場合も、本格的に統合失調症を発症するまでは、彼の創造性が病前性格と結びついていた可能性が高いですが、発症移行は、むしろ彼の創造性を奪っていたと考えるのが自然でしょう。

 ちなみに、経済学徒にノーベル経済学賞を挙げよと言われると、5番目以内にナッシュを挙げる人が多いと思います。ただ、彼が偉大な経済学者かと言われると微妙です。ナッシュがノーベル賞をもらった業績は、「非協力ゲーム理論における均衡理論の研究」。確かに経済学の一分野の研究を活性化したことは間違いないですが、経済学の本質をかえるような研究ではありません。この年(1994)のノーベル経済学賞がナッシュだと聞いて、当時の経済学徒の多くは、「ナッシュにまでノーベル賞経済学賞が回ってくるというのは、もうノーベル経済学賞を出すべき人がいなくなったってことだよなあ。」と思ったと思います(実際、経済学関連の雑誌で、そういう論調がみられた)。そもそも、ノーベル経済学賞は、他のノーベル賞とは異なり、ダイナマイトで財を成したノーベルの遺産(ノーベル賞基金)とは無関係で、スウェーデン国立銀行の記念事業として、1969年になって始められたもの(ただ、選考に当たるのが、物理学賞や化学賞と同じ、スウェーデン科学アカデミー。それから、授賞式は、他の賞(平和賞は別だけど)と同様、首都ストックホルムのコンサート・ホールで、毎年12月10日午後4時30分、ノーベルの逝った日の同時刻から行われる)。文学賞や平和賞は、サイエンスとしての賞ではない(文学賞といっても、学問としての文学ではなく、芸術としての文学が対象)が、経済学賞は、物理学賞や科学賞と同様、サイエンスとしての賞のはず。しかし、経済学がそもそも、サイエンスとしては、弱い。創設当初は、経済学に数学を駆使することによって「社会科学の中で最も自然科学に近い」存在した功績の人にあげれば良かったのだが、それも1990年のマルコビッツが「公共経済学」でネタ切れの印象が強い。
 決して、ナッシュの功績を腐すわけではないのでなくて、彼が、ノーベル経済学賞受賞者として有名ということに、やや納得がいかないのです。経済学徒でなくとも、ゲームの理論はあらゆる学問で必須の理論であり、「ナッシュ均衡」として名を残す彼の功績は、経済学の枠組みの中に留まらない、もっと偉大なものだと思うからです。
【tilte, subtilte】

【books】
 原作の方も名作で、ピュリッツァ賞(伝記部門)の最終候補や全米批評家協会(伝記部門)大賞などを受賞しているようです。
 統合失調症については、一般向けに書かれながらも専門家にも発見のあるEFトーリーの『分裂病がわかる本』が優れています。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★★
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# by harufe | 2005-07-03 14:15 | ICD F00-F99精神及び行動の障害

風立ちぬ(1976/Jpn)

A16 呼吸器結核,細菌学的または組織学的に確認されていないもの

【staffs】 若杉光夫監督
山口百恵(水沢節子)、三浦友和(結城達郎)、芦田伸介(水沢欣吾)、河津清三郎(結城庸平)、斎藤美和(結城ふみ)、森次晃嗣(結城真次郎)、小夜福子(三補しの)、松平健(大浦茂春)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★+(2 plus per5)
【prot】
 太平洋戦争が激化し、世の中を暗い影が覆っていた昭和17年。外務官僚の娘水沢節子と結城達郎は、互いに密かな恋心を寄せる。出征を控え自分の心を打ち明けられない達郎は、節子の結核発症を知り、心を固める…。
 山口百恵&三浦友和文芸シリーズ第5段。
【impression】
 私は、山口百恵&三浦友和の映画、それから「赤いシリーズ」のドラマのどちらも見たことがなく、山口百恵さんの演技をみるのはこれが初めてなのですが、「意外にうまい」というのが正直な感想です。もちろん、期待しないで見た、というのが「意外性」の最大の理由かもしれませんが。とても、山口百恵の人気に便乗して作ったとは思えないくらい、まともにできあがっています。
 ひとつには、山口百恵さんが「薄倖を地で行ける」というところが良いのかもしれません。彼女はこれを地で演じられる最後の世代の最後の女優…とまで言うと言い過ぎでしょうか。まあ、「山口百恵を演じているだけ」と言われるかもしれませんし、言い意味でも、悪い意味でも、自分を演じていれば演技になると勘違いしている邦画の典型かもしれませんが。
 なお、山口百恵さん、ぷくぷくしていて、ヒポクラテスにも描かれた結核患者の「肌が白く透き通り、首が長く、ほおが紅潮し、目が大きくなってその瞳孔に光を帯びる」とは違いすぎて、とても結核で苦しんでいるように見えないです。これも含めて、戦争に向かう時代の不安や悲惨さとか、当時の時代の濃淡は描くことはできていないです。もちろん、そんなことまで拘ってとった映画ではないでしょうが。
 山口百恵の東宝文芸シリーズは、13段まであり(なんだか、いやな数でやめてるな)、第4段「エデンの海」(原作若杉慧 )以外は、全て三浦友和と共演(ちなみに、「エデンの海」は、南條豊 という「赤いシリーズ」御用達の男優と共演)。しかもテレビの赤いシリーズの6シリーズ中、3シリーズは共演と、嫌になるくらい一緒に仕事をして、更に結婚までして、まだ別れていないというのだから、たいしたものというか、なんというか…。これも含めて、むしろ、こういう人が芸能界で大活躍していたっていうのが不思議ですね。
 必見とまではとても言えませんが、見る価値はあります。

【medical view】
  百恵さん演じる水沢節子が入院した富士見高原療養所は、実在する病院で、当時、最高級のサナトリウム(結核の療養所をそう呼ぶ)の1つでした。この病院は、1926年地元の有志の出資する株式会社の総合病院(戦前は株式会社立の病院は普通だった)として、慶応大学から長野県出身の正木俊二を院長に迎えスタートし、28年に名称を富士見高原日光療養所に改め、正木の個人経営のサナトリウムにとして再スタート、36年には財団法人富士見高原療養所に組織を変更しています。
 富士見高原療養所は、この映画の原作者である堀辰雄や竹久夢二が療養していたことで有名ですが、横溝正史も一時期療養していたようです。堀辰雄は1回目の入院は自主退院しておいて、2度目は勝手に婚約者の矢野綾子と連れ添って入院をする訳ですが(綾子も結核に罹患していた)、結局、綾子は結核により当地で命を落とします。この経験をもとに、堀は「風立ちぬ」を書いたというわけです。
 この他、久米正雄の『月よりの使者』を映画化した際(1934年)、このサナトリウムを舞台としました。

 結核という病気は人類史に残る感染症の1つであり、少なくともヨーロッパにおいて、10~14世紀の天然痘、14~17世紀のペスト、15世紀~16世紀梅毒、17~19世紀の天然痘、18~19世紀の腸チフス、発疹チフス、コレラに続き、19~20世紀の主役となった感染症は結核といって良いでしょう。
 抗生物質のない時代、実に様々な妖しげな治療法が試みられたのですが、最後に、抗生物質が登場するまでの期間、治療法の主役を務めたのがこのサナトリウムだったのです。これは、田舎や海浜や高原地域に結核患者が少なかったという観察から、潮風や高原の空気が治療に効果があると考えられたためです(都会は感染が起こりやすかったというだけだと思うが)。トマスマン「魔の山」に描かれているように、欧州で「流行」したサナトリウムが、日本に持ち込まれたというわけです。
 日本の最初のサナトリウムは鎌倉、次いで須磨に作られました。つまり、最初は「海浜サナトリウム」から始まったわけですね。やがて、流行は「高原サナトリウム」にうつり、その嚆矢となったのが富士見高原療養所であったというわけです(富士見高原療養所では、日光療法も推奨されました)。
 ただ、医療保険は当然ない貧しい時代ですから、こういったサナトリウムに入れるのは、富裕層に限られました。そもそも結核という病気は、その悲劇的な予後と裏腹に、「佳人薄命」「天賦の才」「夭折」というロマンチックなイメージで語られていました(これは内外を問わずです)から、小説「風立ちぬ」も相当ハイソな舞台設定と考える必要があるのです。
 確かに文学者だけでも、結核に苦しんだのが、夏目漱石、正岡子規、森鴎外、高山樗牛、国木田独歩、鈴木三重吉、石川啄木、宮沢賢治、梶井基次郎、堀辰雄、中原中也、太宰治、新美南吉、福永武彦と並ぶのですから、結核に対するイメージも成る程と思わせます。しかし、太宰治の弟子である田中英光が、太宰のような才能を得たいと泥水を飲んでまで肺病になろうとした話とか、堀辰雄が、戦後ストレプトマイシンが入ってきても「僕から結核菌を追っ払ったら、あとに何が残るんだい?」といったという話とか(結局、堀辰雄の結核は快方に向かうのだけど)を聞くと、滑稽ですらあります。
 なお、当時の富士見高原療養所に関する資料を、北原文徳先生(長野県伊那市北原こどもクリニック:以前、新生富士見高原病院に勤務なさっていたようです)がクリニックのHPにアップしておられます。これをみると、治療成績も予想よりかなり良い水準です。これも、富士見高原療養所に入所する人たちが様々な面で相当恵まれた層にあることを示しているのかもしれません。
 富士見高原療養所は、1980年に厚生連の病院(簡単にいうと農協の病院)富士見高原病院として、現在では地域医療に貢献しており、ごく一般の方々が恩恵を受けています。富士見高原療養所については、厚生連富士見高原病院のページに詳しい解説がありますのでご覧下さい。
 なお、当時の本館が保存されており、見学することができます。私は外から見ただけで、中に入ったことがないのですけど。
【tilte, subtilte】
 「風立ちぬ」映画にも出てきますが、ヴァレリーの詩の訳とのことです。その先が、「いざ生きめやも」と続くのですが、以前から、「「生きめやも」って、頑張って生きようっていうより、生きるしかないかなあ、って聞こえるよなあ…」と思っていたのですが、このたびネット検索をしていて、私の感覚が正しかったことが確認されました。先ほど引用した北原文徳先生の文章や、トラックバック前半をお読み下さい。きっと貴方の謎もとけることでしょう。
 なお、「生きめやも」というのは、意図的な誤訳という説もあるのだそうです。ネットで探すといくつか出てきますので、ご参照を。

【books】
 原作は短編で格調高いです。が、私には好きになれません(まず、女性を「おまえ」と呼ぶのが、どうも…)。いずれにしても、この映画との落差に驚きます。

 ちなみに、今回の内容は、福田眞人氏「結核という文化」による部分が多くあります。この本は以前も紹介しましたが、とにかくお薦めです。
 それから、結核という病気、「過去の病気」とまではいかなくても、「年寄りの病気」と思っている人は多くないですか?実際には、若い人も感染しますし、しかも抗生物質が効かないやっかいな結核菌が増えているのです。若くして結核に罹患すると結構悲惨です。この当たりが書いてある斎藤綾子「結核病棟物語」が最高におもしろくてお薦めです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 山口百恵主演作DVDが最近DVD&レンタルリリースされて、本作もDVDレンタルされています。ただ、どのショップでも置いてあるという状況ではないようです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
レンタルはビデオのみ、置いてあるショップもまあまあ。素晴らしい映像を鑑賞するには、デラックス版のセルDVDがお薦めです。早くレンタルDVDが出て欲しいものです。

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# by harufe | 2005-07-02 22:29 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症

不滅の恋 ベートーヴェン Immortal beloved(1994/US)

H80.9 耳硬化症,詳細不明
T56.0 鉛およびその化合物の毒作用


【staffs】バーナード・ローズ監督
ゲイリー・オールドマン(Beethoven)、Isabella Rossellini イザベラ・ロッセリーニ(Countess Anna Marie)、ヴァレリア・ゴリノ(Julia Guicciardi)、ヨハンナ・テア・シュテーゲ(Johanna Van Beethoven)、ジェローン・クラッペ(Anton Schindler)、マルコ・ホーフシュナイダー(Karl Van Beethoven)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 ベートーヴェンの遺書に残された「私の楽譜、財産の全てを“不滅の恋人"に捧げる」の言葉。彼の秘書で友人でもあったシンドラーは、かつての恋人達のもとを訪ね、「不滅の恋人」を見つけ出すために、彼の心の暗闇を紐解いていく。
 聴覚障碍と心身の不調の中、次々と偉大な創作を続けるベートーヴェンが真に愛した女性とは誰だったのか…。
 ベートーヴェン研究者の永遠の謎である「不滅の恋人」をモチーフにしながら、豪奢な映像と音楽により、大胆なフィクションを展開する。
【impression】
 史実の解釈には相当無理があるようですが、映画としてはとてもよくできあがっています。映像と音楽とストーリーが重厚に重なり、映画ならではの豪華な表現となっています。
 ただ、「大音楽家の死後にその死のミステリーを探るべく彼の一生を溯る」という手法が、大ヒットした『アマデウス』に酷似しているため、どうしても割り引いて見られるのが残念です。
 ハンニバルやレオンで講演したゲイリー・オールドマンがベートーヴェン役をそつなくこなしています。ベートーヴェンの苦痛・苦悩みたいなものもなかなかうまく滲み出ているように思います。ただ、もう少し演じようによっては、更に映画の深みを増せるような気もしますが。
【staffs】
 大変個人的ですが、イザベラ・ロッセリーニの美しさ(当時42歳とはとても思えない)に心惹かれました。大恋愛の末、夫を捨てて、ロベルト・ロッセリーニと結ばれたイングリット・バーグマンの美しき娘だけあって、イングリットの透明さに艶やかで妖しい色を加えたような魅力があります。アンナ・マリー・エルデーティー伯爵夫人の役柄に最適。デビット・リンチと組んだ映画に定評がありますが、私は、密かに、この映画がイザベラの最大の当たり役だと思っています(多分、そんな人はいないと思うが)。しかしスコセッシ監督は、なぜ妻であるイザベラを一度も使っていないのだろうか(まだ離婚してないですよね?)。

【medical view】
 ベートーヴェンの視覚障害や腹痛、慢性的な不快感などについては、歴史的に様々な研究がなされてきたようですが、特に最近様々な発見があり、結論とまではいかないまでも、相当有力な説が得られています。
 まず、彼が20歳代後半から苦しんでいた聴覚障碍については、耳硬化症という説が有力なようです。この病気は、中耳から内耳の骨が大きくなり、人間が音を感じ取る経路である内耳の骨(あぶみ骨)が振動できなくなって、音が感じ取れなくなる病気です(しかし、それにしても、耳硬化症っていう病名は、「病名のイメージと症状や病態が全く違う病気ランキング」の相当上位にきそうですね)。この病気、音を聞く中枢自体にはダメージがありませんから、近くの音なら聞こえたりとか、骨伝導で聞き取ったりすることは可能です。ベートーヴェンが口に棒をくわえて、その棒をピアノに押し当てて音を聞いたというエピソードがあるそうで、それらをもとに1987年にウイーンの学者2人が耳硬化症と診断したということです。映画の中では、ベートーヴェンがピアノに耳をつけて弾いている場面がありましたが、あれも、伝音性難聴を表しています。
 ただ、それを正確に裏付けるような証拠が残っているわけではなく、メニエル病、発疹チフス、外傷、梅毒、骨ペイジェット病、自己免疫性感音性難聴、サルコイドーシスなど、ほとんど否定されている原因から、まだ有力な原因まで、色々とあるようです。
 一方、腹痛や下痢、慢性的な不快感の原因については、「鉛中毒」説が有力とされています。これは比較的最近ニュースやテレビ(日本テレビ「特命リサーチ」)で取り上げられたため、ご存知の方も多いでしょう。1994年、ロンドンのサザビーズで競売にかけられたベートーヴェンの遺髪を、ベートーヴェン研究家のアイラ・ブリリアントとアルフレッド・ゲバラが入手し、2000年にウィリアム・ウォルシュ博士に分析を依頼したところ、通常の百倍以上の高濃度の鉛が検出されたということです。鉛中毒の症状として知られているのは、頭痛、感覚の喪失、脱力、歩行困難、食欲不振、嘔吐、便秘、激しい腹痛、骨や関節の痛み、貧血、性欲減退、不妊、勃起機能不全があるそうで、いくつかの項目は、まさにベートーヴェンの苦痛を説明するのに相応しい症状です。ちなみに、鉛中毒になった理由は、当時のワインに甘味料として鉛化合物が大量に使われていたという理由が有力です(この映画でも描かれていますが、ベートーヴェンは、苦痛を抑えるために常にワインをたしなんでいたそうですから)。工業廃水で汚染されていたドナウ川の魚を食べたからという説もあるそうですが、これだとベートヴェン以外にも被害が広がっている必要がありますが、その証拠はないため、否定されているようです。
 この他、ベートーヴェンは梅毒でもあった可能性もあるため、梅毒そのものの症状が彼の苦悩をもたらしていたことも考えれてきました。また、当時、梅毒には水銀浴(樽に詰められた水銀に浸かる)が用いられ、病一般にも下痢を起こす薬物が処方され、塩化水銀などが多用されていましたから、水銀中毒による苦痛も想像されます。ただ、「天才と病」のところでも書きましたが、16世紀以降欧州は梅毒が席巻しており、梅毒やその「治療」の副作用だけで、ベートーヴェン特有の苦痛を説明するのは無理でしょう。
 こうした症状は、今後、科学の進歩によって、更に解明されていくことであり、ここに書いたこともそのうち、間違いとなるかもしれません。また、ベートーヴェンを苦しめた疾患は多岐にわたっており、複数の疾患の合併と考えた方が自然かもしれません。
 なおベートーヴェンの直接の死因は、肝硬変による全身症状の悪化であり、その他剖検によって、慢性膵炎、脾肥大、腎石灰化が確認されたそうです。
 いずれにしても、ベートーヴェンの名曲は、初期のピアノソナタ、初期のピアノ三重奏曲(大公など)、ピアノソナタ(テンペストなど)、初期の歌曲を除くと、ほとんど全てが、彼の苦痛と苦悩の中で生まれてきたという事実は今後も変えようがありません。
 ところで、ベートヴェンの苦悩が、耳硬化症と鉛中毒であったとすれば、耳硬化症は手術により相当な改善が可能ですし、鉛中毒は予防できるものです。また、梅毒はもちろん治療可能です。つまり、ベートヴェンが今の時代に生まれたとしても、その病は治療・予防されてしまい、彼は苦痛のない人生を送るということになります。そうした場合に、彼の音楽は、果たして存在し得ていたでしょうか?こう考えると、ベートヴェン個人の苦痛はともかく、彼が人類にもたらしてきた「感動」や「勇気」を考えると、病気というものも決して忌み嫌う一方ではフェアでないような気もします。
 もちろん、苦しみの果てに、治療を行っていたら、もっと違った「歓喜の歌」を作曲していたのではないかという想像は可能でしょうが(以前、日野原重明先生がそんなことを書いていたような気がします…)。

【books】
 ベートーヴェンや彼の恋愛に関する著作はいとまがありませんが、とりあえず2つだけ挙げておきます。
 ベートーヴェンの「不滅の恋人」に関する学術的な研究は、青木やおいさんの論文(国立音楽大学『音楽研究所年報』第15集(2001年度))がネット上で読めます。
 それから、ベートーヴェンの遺髪がなぜオークションされた理由や彼の生涯について書かれている、話題作「ベートーヴェンの遺髪(白水社)」がおすすめです。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
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# by harufe | 2005-07-01 10:39 | ICD H60-H95 耳乳様突起の疾患