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溶ける糸 (1973/US)

I71.1 胸部大動脈瘤,破裂性

【staffs】脚本:シャール・ヘンドリックス、監督:ハイ・アヴァバック
出演: レナード・ニモイ(バリー・メイフィールド医師)、アン・フランシス(シャロン・マーチン看護師)、ウィル・ギア(エドモンド・ハイデマン博士)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★( per5)
【prot】
 胸部外科医メイフィールドは、ハイデマン博士の下で働くエリート医師。彼は、ハイデマン博士の胸部大動脈瘤の主治医でもある。
 最近、メイフィールドは、心臓移植の拒絶反応を抑える新技術の発表をあせっている。しかし、ハイデマン博士は慎重。他から共同研究者を呼ぶ手はずをすすめており、それを知ったメイフィールドを刺激する。
 ハイデマン博士の動脈瘤は手術を要し、メイフィールドの手により、手術は無事終わる。しかし、看護師シャロンは、その手術で「何か」に気づいてしまう。彼女が自分の疑問を確認する最中、シャロンはメイフィールドに殺害されてしまう…。
【impression】
 本作は初期コロンボの中でも「二枚のドガの絵」と並ぶ代表作とする人もいるようです。落ちは、エラリー・クイーンを引用しているらしいが、ミステリーとしてよくできているように思います。
初期シリーズの中で、1つの作品の中で三件も殺人(1件は未遂)があるのはこれだけです。その他の特徴としては、捜査中はおとぼけのコロンボが、犯人に向かって本気で怒るのは「自縛の紐」とこれくらいで、ベトナム戦争の陰があるのは、多分「第三の終章」とこれだけです。なにより、病院モノも、これだけでしょう(精神科関連では、他に2作ありますし、新コロンボでは歯科もありますが)。
【staffs】
 レナード・ニモイは、1960年代の『スター・トレック』のバルカン星人スポック役でオールドファンにはたまらない配役です。
 アン・フランシスは、5歳頃よりTVの子役スターで活躍し、「ソープ・オペラのお姫様」(ソープオペラとはいわゆる「昼メロ」のこと)と呼ばれたほどです。主にテレビで活躍し、「ハニーにおまかせ」のハニー・ウエスト役で、ゴールデン・グローブ賞を受賞しています(右の写真は、その頃の写真。キュートですね。)。コロンボシリーズには、「死の方程式」のベティ役(どら息子の主人公が勤める会社の秘書で主人公の恋人役)にも出ています。

【medical view】
 胸部大動脈瘤とは、その名の通り、胸部の大動脈が瘤(こぶ)のように膨らみそこが脆くなり、下手をするとそれが破裂して大出血を起こし、放っておけば死に至る病気です。 大動脈は、心臓のポンプから血液が直接流出する一番圧力が大きい場所です。動脈硬化によって血管が脆くなっていると、胸部あるいは腹部の特定の部分に、瘤が形成されてくるというわけです。動脈硬化を起こすような欧米流の食生活(脂肪・コレステロール・砂糖・果糖・アルコールの摂りすぎ、食物繊維・豆類・ビタミンE・β-カロチンを摂らない、早食い、食べ過ぎ)をできるかぎり慎み予防することが重要な病気ということです。詳しくは国立循環器病センターのHPを参照下さい(下図も同センターのHPより)。



 ところで、本作品のネタになった「溶ける糸」とは、吸収性の縫合糸=体内で異物と認識されて、マクロファージに分解される素材でできている手術用の糸です。糸が残るとそれが結石を作る危険性がある胆管や尿管では用いませんし、循環系特に心臓や大動脈で使うことはありえないでしょう。だから、この作品の一番のミステリーは、胸部大動脈瘤の手術に本当に吸収性縫合糸を使ったら、人を確実に殺せるのであろうか?ということ、更に、病理解剖をしてもそれが分からないのだろうか?ということです。この作品がつくられた30年前、どんな吸収性縫合糸があったのかということにもよるのでしょうが。

 さて、この作品は、医学の歴史からみても、大変興味深い内容となっています。というのも、作品内では明らかにされていませんが、メイフィールドが開発していたのは免疫抑制剤であることが想定され、1980年代に広く使われるようになった画期的な免疫抑制剤シクロスポリンを予測させるものとなっているからです。シクロスポリンの開発により、臓器移植は新時代に入り、心臓移植は一般的な医療技術となりました。
 心臓移植自体は、1967年12月3日南アフリカのバーナード医師のチームによって初めて行われました。バーナードはアメリカで教育を受けた心臓外科医ですが、アメリカではすでに心臓移植は心臓外科的には技術上の課題は解決され、よりよい免疫抑制剤を待っていた状態でした。実際、アメリカで最初の心臓移植を手がけると多くの専門家に思われていたスタンフォードのノーマン・シャムウェイは、1961年から心臓移植の準備を整えていました。したがって、バーナードの心臓移植は、免疫の問題が片づかないうちに相当な無茶をやったと言ってよいでしょう。実際、彼の最初の心臓移植の患者ルイス・ウォシュカンスキーは、術後18日生きたにすぎません。しかし、バーナードの無謀なトライアルの後、1968年は「移植の年」と呼ばれるほど、多くの無謀な心臓移植(105件)が行われました。その結果、19人が手術中に死に、24名が3か月、2名は6~11か月、1名が約1年生存したに過ぎません。

 現在では、心臓移植や肝臓移植は、ごくありふれた技術の1つとなっていますが、脳死判定をはじめ倫理的な問題が解決したわけでありません。
 これらについては、今後『21グラム』『ハート』『コーマ』『ボディバンク』『ニコラスの贈り物』でもとりあげるつもりです。
【tilte, subtilte】
 原題“A Stitch in Crime”は、ことわざ“A Stitch in Time (Saves Nine)”(すぐ一縫いしておけば後の9針はいらなくなる)にかけたタイトルということです。「溶ける糸」という訳もサスペンスっぽくて良いタイトルですが、ややネタバレっぽいですね。

【books】
 今回も、町田暁雄氏「刑事コロンボ読本」を全面的に参照させていただきました。
 心臓移植については、グレゴリー・E・ペンス「医療倫理2」を参照しました。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★

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by harufe | 2005-07-22 22:10 | ICD I00-I99循環器系の疾患


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