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カテゴリー(2)親が子を想うということ~13

 幼い子どもが不幸にして病を得た場合、ある意味、本人より悲しい想いをするのはその親かもしれません。また、親に先立つ子どもと子を想う親との関係は、多くの人の胸を打ち、また、多くの人が自分のこととして感情移入することのできるものではないでしょうか。

 仏教では(少なくとも日本の仏教では)、親に先立つことを、親不孝の罪としているようです。親不孝の罪をおかすと、閻魔様によって天国に行けず、賽の河原で永久に石を積んでいなくてはならないのだそうです。それを救うのが、お地蔵様ということのようです。ただ、普通は、自ら望んで親より先に死ぬよりも、病気や災害や戦争などで死ぬわけですし(あるいは、親がとてつもなく長生きかもしれませんが)、その罪を子どものせいにするのは理不尽な気がします。人工妊娠中絶した場合、胎児自身がその罪を負うという理屈で、水子地蔵に供養するのだという話を聞くと、どうも違うのではないかという気がしたりします。親より先立つことによって、親を悲しませてはならない、というところから来た「罪」なのだと思いますが、やや親の身勝手という領域に入っているような気がします。ただ、「先立つ不幸をお許し下さい」というメンタリティは、日本人的には、とてもよく分かるところではあります。

 幼い子どもが不治の病に冒された場合、どうしても、少しでも長く生きて欲しいという親の想い、もうこれ以上子どもの苦しむ姿を見たくないという親の想いなど、様々な親の気持ちが錯綜するのだと思います。ただ、それが、医療というパワーを得た場合、苦痛を伴った延命や逆に「安楽死」を可能にすることを考えると、ややこしい話になってくると思います(もちろん、積極的な「安楽死」はオランダでもない限り認められていませんが)。

 一方で、子どもを救う途があるのであれば、親はなんだってするというのが、これまた親心です。ただ、それが、凶悪な犯罪ともなれば、それで傷つく人もいるわけで、これまた困った話になります。

 といったように、重い病気に冒された子を持つ親の話は、映画のテーマに事欠きません。ここでも、そういった映画を取り上げてみました。


 ↓こうしてみると、母と息子を巡る話が一番多いですね。母親が中心になりがちなのは、母性愛や子育てにおける母親の役割、あるいは、離婚した場合に母親が子どもを引き取ることが多いということなのでしょうか。つまり、背景に、固定的な性役割意識が隠されているということですね。また、エディプス複合で代表されるような母・息子の関係を想定すると、「母と息子」という組み合わせが特に多いのも理解することができましょう。
 特殊な場合ですが、「マイフレンドメモリー」のところで書いた「伴性劣性遺伝の母(保因者)→息子(発症者)関係における母の「罪意識」」ということもあるでしょう。伴性劣性遺伝の難病は、副腎白質ジストロフィー以外にも、血友病、ドゥシャンヌ型筋ジストロフィー、一部の運動ニューロン疾患、一部のライソゾーム病、腎性尿崩症(伴性劣性遺伝の腎尿細管の水再吸収不全を原因)などあり、神様も随分残酷なことをするものです。伴性劣性遺伝でなくとも、21番トリソミーのような染色体異常や、垂直感染するものも、母親は、自分を責める気持ちが生まれるのでしょうか。最も、垂直感染するものは、事前にそのリスクを想定できますし、予防したりリスクを避けることができるので、同じ枠で考えるのべきではないですね。

 それにしても、父・娘という組み合わせがないのは妙な感じがします。

【主として母と息子】
●トーマス・フラッド「ママ、泣かないで」(1983) 白血病
●ペニー・マーシャル「レナードの朝」(1990)脳炎後パーキンソン症候群
●ピーター・ホートン「マイフレンドフォーエバー」(1995)後天性免疫不全症候群
●ジム・エイブラハムズ「誤診」(1997)てんかん
●ピーター・チェルソム「マイフレンドメモリー」(1998)
●チャールズ・マクドガル「HEART」(1999)
●レア・プール「天国の青い蝶」(2004)脳腫瘍

【主として母と娘】
●ゲイリー・マーシャル「カーラの結婚宣言」(1999)知的障碍
●デビット・フィンチャー「パニック・ルーム」(2002)1型糖尿病

【主として父と息子】
●バーベット・シュローダー「絶体×絶命」 (1998)急性白血病
●ニック・カサヴェテス「ジョンQ/最後の決断」(2002)

【両親と子ども】
●野村芳太郎「震える舌」(1980)破傷風
●ロバート・マーコウィッツ「ニコラスの贈りもの」(1998)交通事故死


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# by harufe | 2005-07-05 11:22 | カテゴライズ

ヴァージン・フライト The Theory of Flight (1998/UK)

G12.2 運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)

【staffs】ポール・グリーングラス監督
ケネス・ブラナー(Richard)、ヘレナ・ボナム・カーター(Jane Hatchard)、ジェンマ・ジョーンズ(Anne)
【prises】
1999年ブリュッセル映画祭最優秀外国映画賞
【my appraise】★★★-(3 minus per5)
【prot】
 画家くずれのリチャードは、乗り越えられない自分を乗り越えるために、ビルの屋上から自作のグライダーで飛ぼとするが、あえなくダイブ。罪に問われた彼は、保護監察処分の代わりに120時間の社会奉仕活動を命じられる。
 彼が派遣された先は、MND(運動ニューロン疾患=ALS)で体の自由が奪われた車椅子のジェーン。身勝手で、リチャードに毒づく彼女だったが、自分を特別視しないリチャードに心を許すようになり、彼にヴァージンを捨てたいという望みを打ち明ける…。
【impression】
 実は、私は、劇場ではなく、しかも吹き替えVを見てしまったので、この映画を評価する資格はありません。
 ただ、エキセントリックな性格のリチャードを描くのが中途半端になっていて、結果的にジェーンの内面に十分触れることができない感じがします。リチャードのような性格を持ってこないと、この映画がお涙頂戴の陳腐なものになることは容易に想像できるのですが、それにしても、なんとなく不全感が残りました。
【staffs】
 若きALSの女性を演じるヘレナ・ボナム・カーターは、いかにもイギリス女優という印象を受けました。なんというか、演技に芯ががあって、シェークスピアとかやってそうな感じです。単に、日本でもヒットした『眺めの良い部屋』での演技(下写真)や、実際映画『ハムレット』に出演している(アメリカ映画だけど…)という先入観からきているのかもしれませんが。ただ、ティムバートンの『猿の惑星』にも出てたんですよね。確かに、サルメークは似合います。
  本作で共演しているケネス・ブラナーとは、私生活でもパートナーとのことです。むしろネガティブな影響が出ているような気もします。

【medical view】
 障碍を持った人を映画や本などで取り上げると、どうしても美しい感動的な話になりがちです。この映画は、そういった意味でかなり異色な映画といえましょう。
 障碍を持つことによって、純粋な心を持つことになる人もいるかもしれませんし、悟りを得る方もいらっしゃるかもしれません。しかし、大多数の方は、一般の人と変わらない欲望や欲求を持つのが当たり前なんであり、障碍をことさら美しく取り上げようとする側の方に問題がるように思います。私自身のことを考えると、今のところ若干の近視以外の障碍は持っていませんが、もともと薄汚れた心の持ち主であり、かりに生活がかなり制限されるような障碍を持ったとしたら、かえって相当ひねくれるのではないかと思います。
 この映画では、ジェーンが相当悪態をついていますが、決して、意固地になっているとか、ひねくれているというわけではありません。性に関する望みを口に出していても、歪んだ欲求ではなく、年相応の女の子が普通に考える素直で純粋な望みだと思います。それが映画になってしまうというのは、つまり、障碍を持つ人が普通の欲求を持つことが、特別なことに感じる人が多いということなんだろうなと思ったりします。三好春樹さんあたりが、この映画を感心して著書で取り上げたりしていますから、世の人のレベルも推して知るべしということなのでしょうか。

 「運動ニューロン疾患」という言葉は聞き慣れない病名かもしれませんが、代表的なものが「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と聞くと、分かる方がやや増えるでしょうか。ALSは、平たく言えば、運動する神経が変性し筋がやせ細り、体を動かしたり、べったり、飲み込んだり、呼吸したりが、徐々に出来なくなります。多くは発症から数年のうちに、人工呼吸器の助けを借りないと生存できなくなる…という大変困難を伴う病気です(この部分は、『打撃王』を書くときに詳しく書く予定です)。
 ALSは、介護保険の特定疾患にもなっているからお分かりのように、通常は、中年期以降に発症します。ジェーンの発症は10代後半ですから、ALS以外の運動ニューロン疾患も考えるところですが、その進行からみて、やはりALSの可能性が高いように思われます。
 実は、ALSの多くは、遺伝とは無関係に発症しますが、一部に家族性のものがあり、その中のいくつかは若年発症するのです。若年発症する家族性ALSには、常染色体優性遺伝するもの(父母のどちらかがALSなら子どもが全てALSを発症する)と常染色体劣性遺伝するもの(父母がどちらもALSなら子どもが全てALSを発症する)とがあります。ジェーンのお父さんが映画に出てきませんが、おそらくは、映画に出てきていないお父さんが家族性ALSを発症して(つまり、常染色体劣性遺伝)、ジェーンと同じく若くしてお亡くなりになったという設定が考えられます。そうすると、ジェーンのお母さんとの出会いや、ジェーンの誕生にも秘話がありそうです。
 なお、ALSは経過と共に筋肉がやせてきますので、役作りのためには、もっとやせているべきかもしれません。
【tilte, subtilte】
 The Theory of Flightという原題を、ヴァージン・フライトとするのは、やっぱり、相当変ですよね?

【books】
ノベライズが出版されていましたが、絶版です。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★
 レンタルはビデオのみ、置いてあるショップも余りありません。ただ、DVD、ビデオともに販売されていますので、興味のある方はそちらを。

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# by harufe | 2005-07-04 09:59 | ICD G00-G99神経系の疾患

ビューティフル・マインド beautiful mind (2000/US)

F20.0 妄想型統合失調症

【copy】
それは-真実をみつめる勇気 信じ続けるひたむきな心

【staffs】ロン・ハワード監督
ラッセル・クロウ(John Nash)、エド・ハリス(Parcher)、ジェニファー・コネリー(Alicia Nash)、クリストファー・プラマー(Dr. Rosen)
【prises】アカデミー賞作品賞受賞、監督賞(ロン・ハワード)受賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)ノミネート、助演女優賞(ジェニファー・コネリー)受賞、作曲賞(ドラマ)ノミネート
【my appraise】★★★★(4per5)
【prot】
 プリンストン大学大学院の数学科の学生ジョン・ナッシュは授業にも出ず、仲間からは変わり者と見られているが、彼の天才的な思考は画期的な理論を生んでいく。しかし、彼は同時に、統合失調症の病魔にも冒されていたのだった…。
 実在の天才数学者を描いたノンフィクションの映画。多数の映画賞に輝く。
【impression】
 ハリウッドの良い面がうまく表現され、凝縮した、まさに、映画らしい、映画。2000年にオスカーを争ったラッセル・クロウとエド・ハリスの共演にジェニファー・コネリーが華を添えている。
 製作会社イマジンが、ドリームワークスに出資を仰ぎ、更に資金が不足して、ドリームワークスの親会社のユニバーサルも出資したというから、資金的にも妥協しないで創ったのでしょう(もちろん、それだけ3社がヒットの可能性を信じたからだろうが)。
 娯楽映画でありながら、人の心を動かし、心に何か残すという作品です。
【staffs】
 ジェニファー・コネリーは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でデビューしたのが11歳、ダリオ・アルジェントの『フェノミナ』が翌年、デヴィッド・ボウイと共演した『ラビリンス 魔王の迷宮』がそのまた翌年、少なくとも日本での人気を決定的なものにした(実は、私はダリオ・アルジェントの大ファンです)。その後、しばらく作品に恵まれていなかったのですが(ですよね?)、本作で、晴れてオスカー獲得。
 助演女優賞というのが、やや微妙ではありますが(主演女優ではない)、彼女の献身は、統合失調症に係わる人には訴えることは間違いないでしょう。

【medical view】
 この映画では、エドハリス演ずるスパイを含め何人かの人が、「実は、ナッシュの幻覚でした」というところが、ポイントになっています。もちろん、お話として見た場合にも、相当肩すかしをくらう人がいて、評価の分かれるところと思いますが、疾病を表現するという点ではどうでしょうか。
 まずは、妄想の内容としてスパイが登場してきたり、被害的なものを主体とするというのは、統合失調症の特徴的な妄想であり、うまく描かれていると感じました。ただ、それが、映像で表現されているような形で現れるか、つまり、妄想の世界の人物が、あたかも存在しているかのように視覚化している点は、どうかと思います。
 統合失調症の幻覚は、幻聴を主体としており、「耳元で、誰かが、ささやく」とか「自分の悪口をうわさしている」(対話性幻聴)とか「組織が電波を使って命令してくる」と感じたりするとかが一般的で、この映画の映像で表現されているように、その対象が明確に人格化され幻視として現れることはまずないと考えられます。そもそも統合失調症の症状として幻視は希です(なお、実際にはないものが見える「幻視」や,実際にあるものが違って見える「錯視」は、アメリカの方が日本に比較して、やや頻度が高いそうです→統合失調症の症状の現れ方は国や文化によって相当異なります)。
 ただ、映像として表現するとすれば、どうしても、こういう形にならざるを得ないのだろうと思います。例えば、デビッド・クローネンバーグ「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする(2002/英・仏・カナダ)」でも同じような手法が使われています。
 ラッセル・クロウの演技自体は、統合失調症の患者さんに特徴的な、引きこもりがちで、人付き合いが苦手、そしてやや奇妙な印象を受ける点をうまく表現していると思いました。

 統合失調症と「創造性」の関係については、「天才と狂人は紙一重」の言葉に表されるように、人口に膾炙していします。確かに、創造性の高い人と統合失調症は似たところが多いといえましょう。思考方法、話し方、言葉の使い方がふつうではなく、孤独を好み、周囲からは変わり者と思われているといった点です。ただ、本格的に統合失調症の波に襲われてしまえば、尋常でない思考過程をコントロールすることができなくなり混乱しますから、かりに統合失調症と創造性が強く結びついていたとしても、病の渦のただ中にある際にはその創造性は発揮できないでしょう。
 したがって、天才的数学者ナッシュの場合も、本格的に統合失調症を発症するまでは、彼の創造性が病前性格と結びついていた可能性が高いですが、発症移行は、むしろ彼の創造性を奪っていたと考えるのが自然でしょう。

 ちなみに、経済学徒にノーベル経済学賞を挙げよと言われると、5番目以内にナッシュを挙げる人が多いと思います。ただ、彼が偉大な経済学者かと言われると微妙です。ナッシュがノーベル賞をもらった業績は、「非協力ゲーム理論における均衡理論の研究」。確かに経済学の一分野の研究を活性化したことは間違いないですが、経済学の本質をかえるような研究ではありません。この年(1994)のノーベル経済学賞がナッシュだと聞いて、当時の経済学徒の多くは、「ナッシュにまでノーベル賞経済学賞が回ってくるというのは、もうノーベル経済学賞を出すべき人がいなくなったってことだよなあ。」と思ったと思います(実際、経済学関連の雑誌で、そういう論調がみられた)。そもそも、ノーベル経済学賞は、他のノーベル賞とは異なり、ダイナマイトで財を成したノーベルの遺産(ノーベル賞基金)とは無関係で、スウェーデン国立銀行の記念事業として、1969年になって始められたもの(ただ、選考に当たるのが、物理学賞や化学賞と同じ、スウェーデン科学アカデミー。それから、授賞式は、他の賞(平和賞は別だけど)と同様、首都ストックホルムのコンサート・ホールで、毎年12月10日午後4時30分、ノーベルの逝った日の同時刻から行われる)。文学賞や平和賞は、サイエンスとしての賞ではない(文学賞といっても、学問としての文学ではなく、芸術としての文学が対象)が、経済学賞は、物理学賞や科学賞と同様、サイエンスとしての賞のはず。しかし、経済学がそもそも、サイエンスとしては、弱い。創設当初は、経済学に数学を駆使することによって「社会科学の中で最も自然科学に近い」存在した功績の人にあげれば良かったのだが、それも1990年のマルコビッツが「公共経済学」でネタ切れの印象が強い。
 決して、ナッシュの功績を腐すわけではないのでなくて、彼が、ノーベル経済学賞受賞者として有名ということに、やや納得がいかないのです。経済学徒でなくとも、ゲームの理論はあらゆる学問で必須の理論であり、「ナッシュ均衡」として名を残す彼の功績は、経済学の枠組みの中に留まらない、もっと偉大なものだと思うからです。
【tilte, subtilte】

【books】
 原作の方も名作で、ピュリッツァ賞(伝記部門)の最終候補や全米批評家協会(伝記部門)大賞などを受賞しているようです。
 統合失調症については、一般向けに書かれながらも専門家にも発見のあるEFトーリーの『分裂病がわかる本』が優れています。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★★
 どのショップにも置いてあるはずです。

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# by harufe | 2005-07-03 14:15 | ICD F00-F99精神及び行動の障害

風立ちぬ(1976/Jpn)

A16 呼吸器結核,細菌学的または組織学的に確認されていないもの

【staffs】 若杉光夫監督
山口百恵(水沢節子)、三浦友和(結城達郎)、芦田伸介(水沢欣吾)、河津清三郎(結城庸平)、斎藤美和(結城ふみ)、森次晃嗣(結城真次郎)、小夜福子(三補しの)、松平健(大浦茂春)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★+(2 plus per5)
【prot】
 太平洋戦争が激化し、世の中を暗い影が覆っていた昭和17年。外務官僚の娘水沢節子と結城達郎は、互いに密かな恋心を寄せる。出征を控え自分の心を打ち明けられない達郎は、節子の結核発症を知り、心を固める…。
 山口百恵&三浦友和文芸シリーズ第5段。
【impression】
 私は、山口百恵&三浦友和の映画、それから「赤いシリーズ」のドラマのどちらも見たことがなく、山口百恵さんの演技をみるのはこれが初めてなのですが、「意外にうまい」というのが正直な感想です。もちろん、期待しないで見た、というのが「意外性」の最大の理由かもしれませんが。とても、山口百恵の人気に便乗して作ったとは思えないくらい、まともにできあがっています。
 ひとつには、山口百恵さんが「薄倖を地で行ける」というところが良いのかもしれません。彼女はこれを地で演じられる最後の世代の最後の女優…とまで言うと言い過ぎでしょうか。まあ、「山口百恵を演じているだけ」と言われるかもしれませんし、言い意味でも、悪い意味でも、自分を演じていれば演技になると勘違いしている邦画の典型かもしれませんが。
 なお、山口百恵さん、ぷくぷくしていて、ヒポクラテスにも描かれた結核患者の「肌が白く透き通り、首が長く、ほおが紅潮し、目が大きくなってその瞳孔に光を帯びる」とは違いすぎて、とても結核で苦しんでいるように見えないです。これも含めて、戦争に向かう時代の不安や悲惨さとか、当時の時代の濃淡は描くことはできていないです。もちろん、そんなことまで拘ってとった映画ではないでしょうが。
 山口百恵の東宝文芸シリーズは、13段まであり(なんだか、いやな数でやめてるな)、第4段「エデンの海」(原作若杉慧 )以外は、全て三浦友和と共演(ちなみに、「エデンの海」は、南條豊 という「赤いシリーズ」御用達の男優と共演)。しかもテレビの赤いシリーズの6シリーズ中、3シリーズは共演と、嫌になるくらい一緒に仕事をして、更に結婚までして、まだ別れていないというのだから、たいしたものというか、なんというか…。これも含めて、むしろ、こういう人が芸能界で大活躍していたっていうのが不思議ですね。
 必見とまではとても言えませんが、見る価値はあります。

【medical view】
  百恵さん演じる水沢節子が入院した富士見高原療養所は、実在する病院で、当時、最高級のサナトリウム(結核の療養所をそう呼ぶ)の1つでした。この病院は、1926年地元の有志の出資する株式会社の総合病院(戦前は株式会社立の病院は普通だった)として、慶応大学から長野県出身の正木俊二を院長に迎えスタートし、28年に名称を富士見高原日光療養所に改め、正木の個人経営のサナトリウムにとして再スタート、36年には財団法人富士見高原療養所に組織を変更しています。
 富士見高原療養所は、この映画の原作者である堀辰雄や竹久夢二が療養していたことで有名ですが、横溝正史も一時期療養していたようです。堀辰雄は1回目の入院は自主退院しておいて、2度目は勝手に婚約者の矢野綾子と連れ添って入院をする訳ですが(綾子も結核に罹患していた)、結局、綾子は結核により当地で命を落とします。この経験をもとに、堀は「風立ちぬ」を書いたというわけです。
 この他、久米正雄の『月よりの使者』を映画化した際(1934年)、このサナトリウムを舞台としました。

 結核という病気は人類史に残る感染症の1つであり、少なくともヨーロッパにおいて、10~14世紀の天然痘、14~17世紀のペスト、15世紀~16世紀梅毒、17~19世紀の天然痘、18~19世紀の腸チフス、発疹チフス、コレラに続き、19~20世紀の主役となった感染症は結核といって良いでしょう。
 抗生物質のない時代、実に様々な妖しげな治療法が試みられたのですが、最後に、抗生物質が登場するまでの期間、治療法の主役を務めたのがこのサナトリウムだったのです。これは、田舎や海浜や高原地域に結核患者が少なかったという観察から、潮風や高原の空気が治療に効果があると考えられたためです(都会は感染が起こりやすかったというだけだと思うが)。トマスマン「魔の山」に描かれているように、欧州で「流行」したサナトリウムが、日本に持ち込まれたというわけです。
 日本の最初のサナトリウムは鎌倉、次いで須磨に作られました。つまり、最初は「海浜サナトリウム」から始まったわけですね。やがて、流行は「高原サナトリウム」にうつり、その嚆矢となったのが富士見高原療養所であったというわけです(富士見高原療養所では、日光療法も推奨されました)。
 ただ、医療保険は当然ない貧しい時代ですから、こういったサナトリウムに入れるのは、富裕層に限られました。そもそも結核という病気は、その悲劇的な予後と裏腹に、「佳人薄命」「天賦の才」「夭折」というロマンチックなイメージで語られていました(これは内外を問わずです)から、小説「風立ちぬ」も相当ハイソな舞台設定と考える必要があるのです。
 確かに文学者だけでも、結核に苦しんだのが、夏目漱石、正岡子規、森鴎外、高山樗牛、国木田独歩、鈴木三重吉、石川啄木、宮沢賢治、梶井基次郎、堀辰雄、中原中也、太宰治、新美南吉、福永武彦と並ぶのですから、結核に対するイメージも成る程と思わせます。しかし、太宰治の弟子である田中英光が、太宰のような才能を得たいと泥水を飲んでまで肺病になろうとした話とか、堀辰雄が、戦後ストレプトマイシンが入ってきても「僕から結核菌を追っ払ったら、あとに何が残るんだい?」といったという話とか(結局、堀辰雄の結核は快方に向かうのだけど)を聞くと、滑稽ですらあります。
 なお、当時の富士見高原療養所に関する資料を、北原文徳先生(長野県伊那市北原こどもクリニック:以前、新生富士見高原病院に勤務なさっていたようです)がクリニックのHPにアップしておられます。これをみると、治療成績も予想よりかなり良い水準です。これも、富士見高原療養所に入所する人たちが様々な面で相当恵まれた層にあることを示しているのかもしれません。
 富士見高原療養所は、1980年に厚生連の病院(簡単にいうと農協の病院)富士見高原病院として、現在では地域医療に貢献しており、ごく一般の方々が恩恵を受けています。富士見高原療養所については、厚生連富士見高原病院のページに詳しい解説がありますのでご覧下さい。
 なお、当時の本館が保存されており、見学することができます。私は外から見ただけで、中に入ったことがないのですけど。
【tilte, subtilte】
 「風立ちぬ」映画にも出てきますが、ヴァレリーの詩の訳とのことです。その先が、「いざ生きめやも」と続くのですが、以前から、「「生きめやも」って、頑張って生きようっていうより、生きるしかないかなあ、って聞こえるよなあ…」と思っていたのですが、このたびネット検索をしていて、私の感覚が正しかったことが確認されました。先ほど引用した北原文徳先生の文章や、トラックバック前半をお読み下さい。きっと貴方の謎もとけることでしょう。
 なお、「生きめやも」というのは、意図的な誤訳という説もあるのだそうです。ネットで探すといくつか出てきますので、ご参照を。

【books】
 原作は短編で格調高いです。が、私には好きになれません(まず、女性を「おまえ」と呼ぶのが、どうも…)。いずれにしても、この映画との落差に驚きます。

 ちなみに、今回の内容は、福田眞人氏「結核という文化」による部分が多くあります。この本は以前も紹介しましたが、とにかくお薦めです。
 それから、結核という病気、「過去の病気」とまではいかなくても、「年寄りの病気」と思っている人は多くないですか?実際には、若い人も感染しますし、しかも抗生物質が効かないやっかいな結核菌が増えているのです。若くして結核に罹患すると結構悲惨です。この当たりが書いてある斎藤綾子「結核病棟物語」が最高におもしろくてお薦めです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★★
 山口百恵主演作DVDが最近DVD&レンタルリリースされて、本作もDVDレンタルされています。ただ、どのショップでも置いてあるという状況ではないようです。
【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
レンタルはビデオのみ、置いてあるショップもまあまあ。素晴らしい映像を鑑賞するには、デラックス版のセルDVDがお薦めです。早くレンタルDVDが出て欲しいものです。

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# by harufe | 2005-07-02 22:29 | ICD A00-B99感染症及び寄生虫症

不滅の恋 ベートーヴェン Immortal beloved(1994/US)

H80.9 耳硬化症,詳細不明
T56.0 鉛およびその化合物の毒作用


【staffs】バーナード・ローズ監督
ゲイリー・オールドマン(Beethoven)、Isabella Rossellini イザベラ・ロッセリーニ(Countess Anna Marie)、ヴァレリア・ゴリノ(Julia Guicciardi)、ヨハンナ・テア・シュテーゲ(Johanna Van Beethoven)、ジェローン・クラッペ(Anton Schindler)、マルコ・ホーフシュナイダー(Karl Van Beethoven)
【prises】(not worth mentioning)
【my appraise】★★★+(3 plus per5)
【prot】
 ベートーヴェンの遺書に残された「私の楽譜、財産の全てを“不滅の恋人"に捧げる」の言葉。彼の秘書で友人でもあったシンドラーは、かつての恋人達のもとを訪ね、「不滅の恋人」を見つけ出すために、彼の心の暗闇を紐解いていく。
 聴覚障碍と心身の不調の中、次々と偉大な創作を続けるベートーヴェンが真に愛した女性とは誰だったのか…。
 ベートーヴェン研究者の永遠の謎である「不滅の恋人」をモチーフにしながら、豪奢な映像と音楽により、大胆なフィクションを展開する。
【impression】
 史実の解釈には相当無理があるようですが、映画としてはとてもよくできあがっています。映像と音楽とストーリーが重厚に重なり、映画ならではの豪華な表現となっています。
 ただ、「大音楽家の死後にその死のミステリーを探るべく彼の一生を溯る」という手法が、大ヒットした『アマデウス』に酷似しているため、どうしても割り引いて見られるのが残念です。
 ハンニバルやレオンで講演したゲイリー・オールドマンがベートーヴェン役をそつなくこなしています。ベートーヴェンの苦痛・苦悩みたいなものもなかなかうまく滲み出ているように思います。ただ、もう少し演じようによっては、更に映画の深みを増せるような気もしますが。
【staffs】
 大変個人的ですが、イザベラ・ロッセリーニの美しさ(当時42歳とはとても思えない)に心惹かれました。大恋愛の末、夫を捨てて、ロベルト・ロッセリーニと結ばれたイングリット・バーグマンの美しき娘だけあって、イングリットの透明さに艶やかで妖しい色を加えたような魅力があります。アンナ・マリー・エルデーティー伯爵夫人の役柄に最適。デビット・リンチと組んだ映画に定評がありますが、私は、密かに、この映画がイザベラの最大の当たり役だと思っています(多分、そんな人はいないと思うが)。しかしスコセッシ監督は、なぜ妻であるイザベラを一度も使っていないのだろうか(まだ離婚してないですよね?)。

【medical view】
 ベートーヴェンの視覚障害や腹痛、慢性的な不快感などについては、歴史的に様々な研究がなされてきたようですが、特に最近様々な発見があり、結論とまではいかないまでも、相当有力な説が得られています。
 まず、彼が20歳代後半から苦しんでいた聴覚障碍については、耳硬化症という説が有力なようです。この病気は、中耳から内耳の骨が大きくなり、人間が音を感じ取る経路である内耳の骨(あぶみ骨)が振動できなくなって、音が感じ取れなくなる病気です(しかし、それにしても、耳硬化症っていう病名は、「病名のイメージと症状や病態が全く違う病気ランキング」の相当上位にきそうですね)。この病気、音を聞く中枢自体にはダメージがありませんから、近くの音なら聞こえたりとか、骨伝導で聞き取ったりすることは可能です。ベートーヴェンが口に棒をくわえて、その棒をピアノに押し当てて音を聞いたというエピソードがあるそうで、それらをもとに1987年にウイーンの学者2人が耳硬化症と診断したということです。映画の中では、ベートーヴェンがピアノに耳をつけて弾いている場面がありましたが、あれも、伝音性難聴を表しています。
 ただ、それを正確に裏付けるような証拠が残っているわけではなく、メニエル病、発疹チフス、外傷、梅毒、骨ペイジェット病、自己免疫性感音性難聴、サルコイドーシスなど、ほとんど否定されている原因から、まだ有力な原因まで、色々とあるようです。
 一方、腹痛や下痢、慢性的な不快感の原因については、「鉛中毒」説が有力とされています。これは比較的最近ニュースやテレビ(日本テレビ「特命リサーチ」)で取り上げられたため、ご存知の方も多いでしょう。1994年、ロンドンのサザビーズで競売にかけられたベートーヴェンの遺髪を、ベートーヴェン研究家のアイラ・ブリリアントとアルフレッド・ゲバラが入手し、2000年にウィリアム・ウォルシュ博士に分析を依頼したところ、通常の百倍以上の高濃度の鉛が検出されたということです。鉛中毒の症状として知られているのは、頭痛、感覚の喪失、脱力、歩行困難、食欲不振、嘔吐、便秘、激しい腹痛、骨や関節の痛み、貧血、性欲減退、不妊、勃起機能不全があるそうで、いくつかの項目は、まさにベートーヴェンの苦痛を説明するのに相応しい症状です。ちなみに、鉛中毒になった理由は、当時のワインに甘味料として鉛化合物が大量に使われていたという理由が有力です(この映画でも描かれていますが、ベートーヴェンは、苦痛を抑えるために常にワインをたしなんでいたそうですから)。工業廃水で汚染されていたドナウ川の魚を食べたからという説もあるそうですが、これだとベートヴェン以外にも被害が広がっている必要がありますが、その証拠はないため、否定されているようです。
 この他、ベートーヴェンは梅毒でもあった可能性もあるため、梅毒そのものの症状が彼の苦悩をもたらしていたことも考えれてきました。また、当時、梅毒には水銀浴(樽に詰められた水銀に浸かる)が用いられ、病一般にも下痢を起こす薬物が処方され、塩化水銀などが多用されていましたから、水銀中毒による苦痛も想像されます。ただ、「天才と病」のところでも書きましたが、16世紀以降欧州は梅毒が席巻しており、梅毒やその「治療」の副作用だけで、ベートーヴェン特有の苦痛を説明するのは無理でしょう。
 こうした症状は、今後、科学の進歩によって、更に解明されていくことであり、ここに書いたこともそのうち、間違いとなるかもしれません。また、ベートーヴェンを苦しめた疾患は多岐にわたっており、複数の疾患の合併と考えた方が自然かもしれません。
 なおベートーヴェンの直接の死因は、肝硬変による全身症状の悪化であり、その他剖検によって、慢性膵炎、脾肥大、腎石灰化が確認されたそうです。
 いずれにしても、ベートーヴェンの名曲は、初期のピアノソナタ、初期のピアノ三重奏曲(大公など)、ピアノソナタ(テンペストなど)、初期の歌曲を除くと、ほとんど全てが、彼の苦痛と苦悩の中で生まれてきたという事実は今後も変えようがありません。
 ところで、ベートヴェンの苦悩が、耳硬化症と鉛中毒であったとすれば、耳硬化症は手術により相当な改善が可能ですし、鉛中毒は予防できるものです。また、梅毒はもちろん治療可能です。つまり、ベートヴェンが今の時代に生まれたとしても、その病は治療・予防されてしまい、彼は苦痛のない人生を送るということになります。そうした場合に、彼の音楽は、果たして存在し得ていたでしょうか?こう考えると、ベートヴェン個人の苦痛はともかく、彼が人類にもたらしてきた「感動」や「勇気」を考えると、病気というものも決して忌み嫌う一方ではフェアでないような気もします。
 もちろん、苦しみの果てに、治療を行っていたら、もっと違った「歓喜の歌」を作曲していたのではないかという想像は可能でしょうが(以前、日野原重明先生がそんなことを書いていたような気がします…)。

【books】
 ベートーヴェンや彼の恋愛に関する著作はいとまがありませんが、とりあえず2つだけ挙げておきます。
 ベートーヴェンの「不滅の恋人」に関する学術的な研究は、青木やおいさんの論文(国立音楽大学『音楽研究所年報』第15集(2001年度))がネット上で読めます。
 それから、ベートーヴェンの遺髪がなぜオークションされた理由や彼の生涯について書かれている、話題作「ベートーヴェンの遺髪(白水社)」がおすすめです。

【videos, DVDs入手しやすさ】★★★
 レンタルはビデオのみ、置いてあるショップもまあまあ。素晴らしい映像を鑑賞するには、デラックス版のセルDVDがお薦めです。早くレンタルDVDが出て欲しいものです。

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# by harufe | 2005-07-01 10:39 | ICD H60-H95 耳乳様突起の疾患